表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/160

第二十六話

 翌日。


「……はぁ」

「どうしたんですか?」


 盛大にため息を吐いた私の声を聞いて、花の剪定をしているクレールが声をかけてきた。

 それに対し、私は再度息を吐きながら言う。


「公爵夫人って、こんなに居心地が悪いものなの?」

「え?」


 私は顔を上げると、クレールの方を見る。

 クレールの周りには相変わらず、妖精の光が漂っていて。

 それに目を向けながら言葉を続ける。


「昨日まで“アリス様”だったのに、今日からは“奥様”と呼ばれるのよ?

 何だが聞き慣れないというのと、皆と距離を置かれている気がして嫌だわ」

「まあそれは、実際そうですからね」

「しまいには、ララまで“奥様”と言い始めるからやめてと懇願しておいたけれど」

「……」

「人の話、聞いていないでしょう?」


 クレールが沈黙を貫き花を見つめている姿を見てムッとすると、彼は今度はこちらに目を向けて言った。


「……その口振りだとまるで、公爵様との結婚を喜んでいない、みたいな感じですね」

「!?」


 クレールの鋭い指摘に反射的に返せず息を呑むと。


「アリス! ごけっこんおめでと〜!」

「「「おめでと〜!」」」

「わ!?」


 突然光が弾け現れた花の妖精達に驚き固まっていると。


「アリス様。上を」

「え……、!」


 クレールに言われ見上げた先に、ふわりふわりと何かが舞い降りてくる。

 それを手に取ると、キラキラと光る花弁だということに気が付いて。


「お花……?」

「ふらわーしゃわーっていうんだって! けっこんしきでやるんだよね!」

「でもこうしゃくさまいそがしいから、けっこんしきないでしょ?」

「だから、アリスによろこんでほしくて、きょうよういしたの!」

「よろこんでくれた?」


 その言葉に、驚き目を瞠る。

 私は手の平に載っている花弁を見て、呟いた。


「これを、私のために?」

「そうだよ!」


 私の呟きに、一人の妖精が元気よく答える。

 続けてクレールも、補足するように口を開いた。


「彼らがアリス様を祝いたいと、自分達で調べて考えていました」

「皆……」

「きにいってくれた?」


 妖精達が恐る恐ると言ったふうに私を見る。

 その姿を見て、心からの笑みを浮かべ頷いた。


「えぇ、とっても! フラワーシャワーなんて生まれて初めて」


 それに。


「貴方達の魔法の光も入っているのね。とてもキレイ。嬉しいわ」

「アリスわらってる! わたしもうれしい!」

「アリスはえがおもはなみたい! すてき!」


 その言葉に少し恥ずかしくなりながらも、クレールに向かって小声で尋ねた。


「このフラワーシャワーも庭園のお花なの?」

「そうですが、今回はきちんと形を整えるために切った花にしてもらったので、大丈夫です」

「そう、安心したわ」


(この前みたいに大量にお花を切ってもらってしまって、クレールが顔面蒼白になっていたのは本当に申し訳なかったから)


 私は「クレールもありがとう」と礼を述べると、彼は頷き言った。


「そういえば、妖精達が切ったカーネーション、邸の者達に配ったそうですね」


 その言葉に、私は頷き答える。


「えぇ。私一人であんなに素敵な花を独り占めするのは勿体なく思って。

 玄関ホールに飾ることも考えたのだけど、あまり多くの花を花瓶に入れてしまうと、上手く水を吸収出来ずに長く保ち続けることは難しいでしょう?

 だから、皆に配ったの」


 そう、エリアス様だけでなく、邸で働いている侍従達全員に配ったのだ。

 日頃の感謝をこめてというのもあるけれど、何より皆にここの花を見てほしいと思ったから。


「……」


 そんな私の言葉に、クレールは何も答えなかった。

 不安になった私は、恐る恐る尋ねる。


「……駄目だったかしら?」

「……いや、公爵夫人であるアリス様がお決めになったことなので、大丈夫です」


 その言葉に私は眉を顰める。


「そういう言い方、私は嫌いよ」

「え?」


 私は彼の緑色の瞳をまっすぐと見据えると、彼に向かってはっきりと口にした。


「私が公爵夫人である以前に、貴方は公爵家に仕える庭師なのよ。

 庭師が管理している花を、私が勝手にどうこうする権利はないわ」

「!」

「だからもし、私に何かされたくないこと……、特に花のことで何かあったら遠慮なく言ってちょうだい。

 私はそれで怒ることはしないし、嫌なところがあるなら直すから」


 それを聞いて、クレールが目を見開く。

 それを聞いていた妖精達が飛び回りながら口にした。


「クレールにやさしい、アリスすき」

「アリス、いいひと」

「クレールも、アリスにほんとうのこと、はなしたほうがいいよ?」

「本当のこと……?」


 私が首を傾げると、クレールは苦笑いして言った。


「……本当、貴女は不思議な方ですね。

 花の妖精からこんなに好かれるなんて。

 でも、何となく分かる気がします」


 クレールはそう言うと、花に目をやって言った。


「俺は、幼い頃からここで育ちました。実家にいることよりも、庭師の祖父と花が好きで。無理を言って、ここに泊め置いてもらっていました」


 そう言って語られるのは、彼の過去の話。

 庭師のお祖父様と彼の二人で、この庭園を管理していた時のこと。


「祖父も花の妖精の祝福持ちで、祖父の背中を追っていたら俺も祝福を受けて。妖精達の力を借りながら花の手入れをしていたある時、急に花が折れたり無くなったりすることが起きるようになったのです」

「! どうして……」

「その時は、俺達も分からず戸惑っていました。祖父はきっと、花が好きな人がいるんだろうって笑いながら話していましたが……、裏では悲しんでいることを知っていました」


 話を聞いて、心が痛む。


(自分が大切にしていたものを取られたり無くなったりするのは、誰だって悲しいわ。

 ましてやそこでしか生きられない花を、何の了承もなく取っていくなんて)


 話を聞いているだけで憤りまで込み上げてくるが、クレールは言葉を続ける。


「結局、祖父はその後すぐ亡くなってしまい、俺が跡を継ぎました。

 それから間も無くして犯人が分かったのです」

「誰だったの!?」


 その言葉に、クレールは顔を怒りに滲ませ、口にした。


「邸の侍女でした」

「どうして、分かったの?」

「夏は日中ではなく、涼しくなった夜に水を上げるようにしていたので、その侍女と偶然鉢合わせしたのです」

「……なんてこと」


 クレールはギュッと拳を握り言った。


「ただ俺は、侍女が自分のために花を持って行っているのなら、まだ注意するだけで止められたかもしれません。

 ……ですが、彼女は俺と亡き祖父が育てた花を売っていたのです」

「!?」


 衝撃のあまり、言葉を失う。

 彼は近くで咲いていた花にそっと手を添え、こちらに向けて言う。


「アリス様もお分かりの通り、この庭園にある全ての花は、花の妖精達の祝福を得ている花です。

 ……つまり、侍女はその希少性を知っていて、外部に高値で売っていたのです」

「っ、ひどい……」

「侍女は解雇となりここを去りました。ですが、未だに思い出しては腹が立つのです。

 亡き祖父が悲しそうにしていたことも、大事な花を冒涜したことも」


 彼の震えた声に、心からの怒りが伝わってきて。それによってララの言っていたことを思い出す。


(だから彼は、一切誰にも花を渡さなくなったんだ)


「……ごめんなさい」

「!? なぜアリス様が謝るんです?」

「そうだよ! アリス、なにもわるいことしてない!」


 私が謝罪の言葉を口にすると、クレールも妖精も驚いたように声を上げる。

 私は首を横に振ると、口を開いた。


「私、そんなことを知らずに花を欲しいと言ったり、勝手に侍従達にあげたりしたから」


 その言葉に、妖精達が口々に騒ぐ。


「それはわるいことじゃない!」

「そうだよ! なにもしらなかったんだもん!」

「じじゅうたち、よろこんでた! アリス、いいことした!」


 黙って聞いていたクレールも口を開く。


「アリス様に悪意があると思っていません。

 むしろ、アリス様になら花を託せると、今では思います」

「え……」


 彼の言葉に驚き目を見開けば、彼に同調するように妖精達も口々に言った。


「そうだよ! アリス、おはなだいすき!」

「アリスはぜったいおはなをたいせつにする!」

「いまでもカーネーション、へやにかざってある!」

「そうなんですか?」


 妖精の言葉に、クレールが驚いたように言う。

 私は頷き、「当たり前よ」と言葉を続けた。


「皆から頂いたものだもの、大切に飾っているわ」


 その言葉に、皆が嬉しそうに手を叩く。


「アリス、やっぱりいいひと!」

「おはな、アリスにならあげる!」

「クレールも、きょうあげたいんだっていってた!」

「! そうなの?」


 その言葉にクレールを見やれば、彼は頷き言った。


「俺からも、御結婚をお祝いしたかったので」

「クレール……」

「アリス、すきなおはなえらんで!」

「ぼくたち、きる!」

「わたしも!」


 その言葉に、私は「ありがとう」とお礼を述べると、欲しい花を口にしながらお願いした。


「妖精さんたち、どの花も()()()()()()()お願いね」

「わかった!」

「まかせて!」


 そう言うと、彼らはこの前より慎重に魔法を使い始める。

 その光景を見て、私とクレールは顔を見合わせ、思わず笑ってしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ