第二十四話
契約結婚から17日目。
私は今日も、日課となっている庭園を訪れていた。
日課は日課なのだけど、最近少しずつ変わっていることがある。それは。
(……なんか日を追うごとに、飛び交う妖精の数が多くなっているのは気のせい?)
クレールがいないからなのか、光の中から姿を現すことはないけど、それでも妖精の放つ光が毎日増えている気がするのだ。
最初のうちは一日に一人見ることが出来ればラッキー、的なところがあったのにも関わらず、今なんて見渡せば至る所に光が見える。
私はその光景を見て首を傾げるばかり。
(特に話しかけられるということもないけれど、なぜ増える一方なのかしら。
クレール伝にお話ししてから私への親近感が湧いたとか?)
まあそれはそれで良いことなのかしら。
花の妖精が飛び交っているところを見られるということは、私も花が好きだということを認めてもらえたということにもなるし。
ふふ、と笑みを溢し、青空を見上げてふと思い出す。
(……そういえば、本来今日って)
「アリス!」
「!」
突然声をかけられて振り返れば、焦って走ってきた様子のエリアス様の姿があって。
「エリアス様!? 本日は王城への御公務では」
「あぁ、すぐ行く。それよりも、君を探していたんだ」
「私を?」
あのエリアス様が髪を振り乱してまで私に用事とは一体、と首を傾げると、彼は少し緊張した様子で息を吸い、言葉を発した。
「今夜、時間はあるか」
「は、はい、ありますけど」
「帰りが遅くなってしまうかもしれないが……、待っていてほしい。話があるんだ」
「!」
そう言った彼は、真剣な面持ちをしていて。
(そ、そんなに重要な案件なのかしら)
何だろうと戸惑いながらも頷けば、彼はふわりと笑って口にする。
「ありがとう」
そう言って立ち去る彼を見て……、声をかけた。
「エリアス様!」
「!」
驚いたように振り返る彼を見て、私は歩み寄ると、持っていたハンカチを取り出し彼の額に滲んでいた汗を拭う。
そして、口を開いた。
「エリアス様、いけませんわ。いくらお話があったといえど、御公務の前に走られては」
「す、すまない」
「私への言伝は、緊急でなければ侍従達に任せることも出来ますでしょう?」
そう注意をしながらハンカチで汗を拭っていると、その手を不意に掴まれた。
驚いている間に、握られた手に少しだけ力が込められる。
そして、彼が私をじっと見て小さな声で言った。
「直接、君に伝えたかったんだ」
「……!」
そう呟かれた声は、辛うじて聞き取れたくらいの小さな声で。
息を呑んでしまう私に彼は手を離すと、私の頭に軽く手を載せてから言葉を紡いだ。
「行ってきます」
その言葉に、私は咄嗟に返すことが出来ず、ただ、彼の背中が見えなくなるまでその姿を目で追うのだった。
彼との約束通り公務が終わるのを待っていたけれど、一向に帰ってくる気配はなくて。
「アリス様、そろそろ寝るお支度を」
「……そうね、もうこんな時間だものね」
時計の針は既に、普段ならとっくに眠りについている時間帯を指している。
(お話は明日でも良いかしら? 約束をしたといえど、こんなに夜遅くまで御公務から帰ってこないということは、彼もきっとお疲れでしょうし)
そう思い、エリアス様にその旨をお伝えするよう、言伝を頼んでから寝支度を始めた。
それから一時間ほどして、ようやく寝ようとベッドに腰掛けたところで、扉が控えめにノックされ、エリアス様が帰ってきたんだろうということを予感する。
(律儀に帰りを伝えにきたということかしら)
そういうところも本当に真面目よね、と思わず笑ってしまいながら、ガウンを羽織って扉を開ける。
案の定彼がそこにはいて、私はなぜか固まってしまっているエリアス様に向かって声をかけた。
「お帰りなさいませ、エリアス様」
「……」
「エリアス様?」
反応なしの彼の顔を覗き込めば、いつかと同じように彼が後ろに飛び退いた。
(デジャヴ……)
そんなことを考えてしまう私に対し、彼はほんのり頬を染めて言った。
「ちょ、ちょっと薄着すぎやしないか? 風邪を引くぞ」
「ガウンを羽織っておりますし、ここは暖かいので大丈夫ですわ」
「こ、これを羽織れ、今すぐ」
「人の話を聞いていらっしゃいます?」
暖かいと言っているのに、上着を脱いで寄越してくる。
受け取れないと拒否すると、彼は問答無用とばかりに私の肩にその上着を羽織らせた。
そして、呻くように呟いた。
「……おかしいな。これでは逆効果だぞ」
「は?」
「何でもない」
焦ったように口にする彼に対し、私は上着から覗く薄着の格好を見て、あぁ、と気付き謝罪する。
「申し訳ございません、お見苦しい格好をお見せてしてしまい」
「そ、そんなことはない! ふ、夫婦なのだから当たり前、だ……」
そう言いながら顔をより一層赤くさせる彼に、心の中で突っ込む。
(いや、夫婦といえどお飾りなのだけど)
あぁ、侍従達がいるから演技をなさっているのね、と気付き、彼のために話題を変える。
「御公務は無事に終わりましたか?」
その言葉に、彼は一瞬にして渋面した表情を浮かべ、息を吐く。
「……いや、今日の案件はいつまで経っても解消されない問題だから、結局会議は平行線のまま、何の解決にもならなかった」
「そうですか」
エリアス様がこんなに難しい顔をされるということは、相当な難題を抱えられているのでしょうね、と結論付け口にする。
「お疲れのところお越し頂きありがとうございます。
というわけでエリアス様、もう夜も遅いのでお話は明日伺おうと思うのですが、いかがでしょう?」
「そうだ、話!」
そう言った彼は、慌てたように懐中時計を取り出して言う。
「時間がない! アリス、急ぐぞ」
「は? ……きゃっ!?」
何を血迷ったか、彼が私を横抱きにした。
所謂お姫様抱っこという、物語の中でしか見ることがなかった現状に、頬に熱が集中するのが分かり慌てて口を開く。
「な、何をっ」
「説明は後だ。しっかり掴まってくれ」
「は……!?」
あまりの速さに、思わず悲鳴を上げそうになる。
それは淑女としてどうかと思われたため、グッと我慢しながらも、あまりの怖さに風魔法で足が速くなる魔法でも使ってるんじゃないかと思いながら、力一杯彼の首にしがみつく。
そして、連れてこられた場所はいつもの執務室だった。
彼はようやくそこで私をストンと下ろすと、短く息を吐き尋ねた。
「大丈夫か?」
そんな彼の言葉に、私はキッと睨みつけ口を開く。
「これが大丈夫なように見えますか? おかげで精神的にドッと疲れましたわ」
「ご、ごめん」
申し訳なさそうにしている彼を見て私も息を吐くと、腕組みをして言った。
「それで? 時間をお気になさるほど重要なお話とはなんでしょう?」
どうでも良い内容だったら承知しません、という圧を込めて笑みを浮かべれば、彼は少し視線を彷徨わせた後、どこか緊張した面持ちで頷いた。
「あぁ。俺達の契約に関わることだ」