第二十三話
「早速ですが、どんなデザインやお色がお好みか、またはご希望はありますか?」
ミーナ様の言葉に、私とエリアス様は顔を見合わせる。
デザインの方はお任せしようと事前に話し合って決めていたため、エリアス様が口を開いた。
「それなんだが、俺もアリスも流行を含めてファッションには疎いから、相談しようと思っていたんだ」
「まあ、私共のおすすめでよろしいのですね」
ミーナ様がそう口にすると、クッキーを食べた妖精さん達が私達の前にやってきて言った。
「私のおすすめは、やはり今流行りのペアルックですわね」
「ペアルック?」
妖精の言葉にエリアス様が首を傾げたのを見て、私は答える。
「ペアルックとは、カップルや夫婦などがお揃いで着るものですよ」
「お揃い??」
更に首を傾げてしまった彼に対し、ミーナ様が丁寧に説明してくださる。
「お揃いというのも、お色味やデザインなど、ワンポイントのみでも同じにするということです。
つまり、周囲に仲良しアピールをするということですわね」
「仲良しアピール……」
彼がその言葉に反応したのを見て、契約内容を思い出す。
(そうね、確かにペアルックは彼の言う仲良しアピールに最適だと思うわ。けれど)
「私は、ペアルックはあまり好みませんの」
「「えっ?」」
二人がこちらを見たのを確認して、言葉を続ける。
「だって、ペアルックってきっと目立ちますでしょう? 私にとってデビュタント以来初めての夜会ですから……、少し、恥ずかしいなと思いまして」
「!?」
そう言って、チラッと彼を見て困ったように笑う。
そんな光景を見てミーナ様は、声を上げた。
「まあ! アリス様は恥じらう姿も可愛らしいですわね! それに、仲睦まじくいらっしゃって良いですわ〜」
ミーナ様の予想通りの反応に、私はよし、と心の中でほくそ笑む。
(思った通りの反応ね。だって、ペアルックって難易度が高いでしょう?
二人でお揃いというのは、逆に周囲の目を引いてしまうから、契約結婚としても少々やり過ぎな気がするのよね。
それに、これは彼のためでもあるわ)
夜会には、当然彼の想い人であるヴィオラ様がいる。
そんな彼女を目の前にして、ペアルックでラブラブアピール♡だなんて真似は嫌でしょう?
そう思い、彼を見やれば……。
(あれ? 何だか不服そう)
こちらは思っていた反応と違うと思いながら首を傾げると、彼が口を開いた。
「いや、やっぱりワンポイントだけペアルックにしてくれるか?」
「そうですわね……、あ、それなら、お互いの瞳の色をワンポイントにするというのが定番ですよ」
そう言うと、彼女はスケッチブックのような物とペンを取り、呟いた。
「妖精さん、力を貸して」
すると。
「えっ……!」
妖精達からミーナ様が持っているペンに向かって、魔法の光が走る。
そして、ミーナ様のスケッチブックに向けられた瞳が、淡く輝きを放ち始めた。
その幻想的な光景に言葉を失っている間に、彼女は筆を滑らせ、ものの数十秒で彼女の瞳もペンも元通りになる。
そして、私達に描いたスケッチブックを手渡して言った。
「こんな感じでいかがでしょう?」
「「……!!」」
見せられたその二人分のデザイン画に、私とエリアス様は息を呑み、釘付けになる。
そのデザインを見て驚きを隠せずにミーナ様を見やると、彼女は笑って言った。
「今のが妖精の力なのですわ。私も主人も、いつもこうやって力を借りて衣装をお作りするのですよ」
「……っ、すごい……」
思わず感嘆の声を漏らす。
エリアス様も大きく頷き、笑みを浮かべて言った。
「やはり、君もファビアンも凄いな。学生時代からただものではないと思っていたが」
「学園で一、ニを争う魔法の実力者にそう言って頂けて嬉しいですわ。
まあ、私共の力は限られておりますから、集中力はすぐに切れてしまうのですけどね」
その言葉に、私は目を見開き口にする。
「だから、このお店は選ばれた者にしか買えないと?」
「それもありますけれど、珍しいからと私共が精魂込めて作った品物を転売されては困りますから。
私共が信頼をおける方、且つ妖精が認めた方にしかご提供致しませんの」
「なるほど……」
プチット・フェにそんな裏があったとは。
それでは小説中で、いくら彼らと友人であるエリアスといえど、エリアスからの信頼が皆無のアリスが買えるはずがないわよね、と心の中で苦笑していると。
「デザイン画は出来たか?」
そう言って現れたのは、緩い作業着らしきものを着た男性だった。
(この人が、例の)
そう思ったのも束の間、ミーナ様が怒る。
「ちょっとファビアン! 久しぶりにお客様がいらっしゃったのだからその格好で出ないでと、あれほど言ったでしょう!?」
「まあまあ。作業に思ったより時間がかかったから、このままでないとお二人に会えないかと思って」
「……もう!」
ミーナ様がそう言って顔を背けている間に、その男性は胸に手を当て口を開いた。
「ファビアン・リンデルと申します。お出迎えするのが大変遅くなってしまい、申し訳ございません」
「いや、忙しい時に来て悪かった。久しぶりだな、ファビアン」
エリアス様が気さくに話しかけると、ファビアンという方もまた笑顔で口にする。
「おう、久しぶり。元気にしていたか?」
「あぁ、おかげさまでな」
「……確かに、見違えたな? やっぱり婚約者殿がいると人は変わるのか?」
そう言ってこちらに向けられた視線に、私は淑女の礼をして返す。
「初めまして。私はエリアス様の婚約者のアリス・フリュデンと申します。以後宜しくお願い致します」
「エリアスから事前に聞いてはいたが、まさかフリュデン家の方だとは。
こちらこそ、宜しくお願い致します……と、友人であるエリアスの婚約者殿ということで、堅苦しいのは抜きにしても良いか? 身分はこちらの方が格下だから申し訳ないが」
思いがけない言葉に、私は思わずクスッと笑ってしまいながらも頷いて言った。
「えぇ、もちろんですわ。ただし、私はこちらの方が話しやすいので敬語を使ってしまいますが、どうかお気になさらず」
「ありがとう、アリス嬢」
その言葉に笑みを返すと、エリアス様が何故か私の前に立ち口を開く。
「デザイン画の件についてなんだが、もう少し練っても良いだろうか?」
「お、なんだ?」
彼らが何やら話し始めている間に、ミーナ様と目が合い話しかけられる。
「アリス様は本当に、ロディン様から愛されていらっしゃいますのね」
「え?」
私が驚いていると、ミーナ様は言った。
「ご存知かと思われますが、ロディン様は氷公爵と呼ばれ、女性に対する反応も薄い方でした。私にはファビアンがおりますから何とか話しておりましたけれど、今ほど表情が豊かに変えられるところを見たのは、これが初めてですわ」
「そうなのですか?」
「えぇ。……こう言ってはなんですけれど、ヴィオラ様といらっしゃるより貴女様といらっしゃる方がずっと、生き生きしていらっしゃるようにお見受けします」
その言葉にまさか、と思った。
だって彼は、何年も彼女を想い続けた人。
それに、私と彼は契約結婚なのだから、そんなことはないはず。
そう思いつつも、契約上そう返せないため作り笑いを浮かべれば、彼女はこそっと耳打ちした。
「お気付きになられましたか? 先程も主人とアリス様がお話しされていた時、ロディン様は言葉を遮り、そして貴女様を隠すようにしていらっしゃいました。
おかげで、良いところを見られましたわ」
そう言って、うふふと彼女は笑うけれど、私達は実際彼女が考えているような間柄ではない。
勘違いしてくれているのは本来ありがたいことなのだろうけど、何だかモヤモヤとした気持ちに苛まれたのだった。
「何か食事をして行かなくて良かったのか?」
プチット・フェからの帰り道、馬車の中で彼に尋ねられ、私は口にする。
「えぇ。ララや侍従達が心配しているでしょうから」
日が沈みかけ暗くなってきた今、これ以上帰りが遅くなってしまったらララが心配するだろうと思った私は、寄り道をすることなく街を後にした。
「心残りなのは、侍従達にお土産を買って帰れなかったことですわね。今度行った時は必ず買わなければ。
……エリアス様?」
何故かクスクスと笑い出す彼に向かって首を傾げれば、彼は言葉を返した。
「いや、君は本当に人のことばかりだと思って。だから、妖精に好かれるんだろうな」
「私、知りませんでした。妖精は基本、人の前に姿を現さないだなんて」
「俺は逆にそう思っていたから、今回君の話を聞いて驚いた。
……だが、一応君も用心した方が良い」
「え?」
私が首を傾げれば、彼は言った。
「妖精が視えるという君の力は、間違いなく特別な力だ。ただし、君は祝福を得ていないから、魔法は使えない。
よって、それを悪用しようと近付いてくる輩がいるかもしれない」
「……つまり、あまり口に出さない方が良いと、そういうことですね?」
私の言葉に、彼は慎重に頷いた。
「あぁ。君の身の安全のためにも、その話は控えておくに越したことはないだろう。
幸い、リンデル夫妻は口が堅いから吹聴されることはないだろうが、気を付けるに越したことはない」
(妖精が視えるのは、特別な力だなんて)
そんなこと、アリスの設定では確かになかったはず。
それは多分、私と小説の中のアリスとが食い違ってきているという証。
私はエリアス様に対し頷き、答えた。
「分かりました」
その言葉に、彼は「まあ」と微笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。
「何があっても俺が君を守る。必ずな」
「……!」
その言葉に、いつもだったら何か言葉を返したはずなのに、その時ばかりは、彼の表情を見て何故だか胸が詰まってしまって。
言葉にすることが出来ず、ただ頷いたのだった。