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第二十二話

 城下を歩くこと20分。

 私達は、街の賑わいから少し離れた場所にひっそりと佇む、隠れ家的な店へと辿り着いた。


「ここが仕立屋ですか?」

「あぁ、学園時代の友人が経営している店で、腕は確かだ」


 その言葉に何気なく看板を見て……、思わず目を瞠り叫んだ。


petite fée(プチット・フェ)!?」

「何だ、知っているのか?」

「し、知っているも何も、凄く有名ですよね!?」


 小説の中で、度々登場する王家御用達とされている“プチット・フェ”。“小さな妖精”を意味するその店は、店主が気難しい人で、選ばれた方でないと貴族といえど購入することは出来ないという、幻の洋服店だ。

 小説中では、例の如くエドワールがヴィオラにプレゼントし、ヴィオラが夜会で着用するのがお決まり。

 夜会の度に違うドレス、それも全て幻の“プチット・フェ”のドレスということから、当然アリスが嫉妬し、彼女に嫌がらせをするまでがワンセット。


(本当に何から何まで首を突っ込むアリス……)


 それはともかく。


「わ、私に“プチット・フェ”のドレスなんて分不相応です!」

「何を言っているんだ。もう店主に事前に話して予約はしているし、それに」


 彼は看板を指差して言った。


「君に看板が()()()()()時点で、君は()()()()んだ」

「??」


 何を言っているのかさっぱり分からず、首を傾げた私に対し、エリアス様は「入れば分かる」と口にし、その扉を開けた。

 彼に先に入るよう促され、一歩足を踏み入れた私の目の前を、小さな光が横切る。


(……あっ)


 それは紛れもない、花の妖精と同じ妖精の類の光で。

 その光がいくつも店内を漂っている様を目で追っていると。


「いらっしゃいませ、エリアス・ロディン様、アリス様。

 ようこそ、“プチット・フェ”へ」


 そう言って現れたのは、三つ編みになっている亜麻色の髪に同色の瞳を持つ、眼鏡をかけた同世代の女性の姿だった。


(仕立て屋さんってこんなに若いの?)


 と驚く私に、エリアス様が声をかける。


「久しぶりだな、リンデル夫人。ファビアンは元気か?」

「はい、おかげさまで。今作業に追われているため、後程ご挨拶をしたいと申しておりました。

 ……それから」


 今度は彼女の亜麻色の瞳が私に向けられる。

 私は慌てて口を開き、淑女の礼をした。


「お初にお目にかかります、私はエリアス様の婚約者のアリス・フリュデンと申します」


 その言葉に、彼女は目を輝かせると……、手を叩いて言った。


「まあ、貴女があのロディン様に選ばれたご結婚相手の方!

 フリュデン家といえば、侯爵家でしょう?」

「はい」

「なるほど、凄く可愛らしい方ですわね!

 ロディン様、見る目がありますわ!」

「だろう?」


 彼が笑顔でそう返答したのを聞き、私は小さく目を見開く。


(なるほど、エリアス様も凄い演技力ね。彼の場合は見る目があるのではなく、都合が良かったの間違いなんだけれども……、まあ彼がそれを顔に出さないだけ良いのでしょう)


 私はそんな彼女に笑みを返すと、彼女は慌てたように言った。


「そうよ、勝手に話が盛り上がってしまったけれど、自己紹介がまだでしたわ」


 彼女もまた淑女の礼をすると、笑みを浮かべて言った。


「私はミーナ・リンデルと申します。ロディン様とは学園時代の友人ですわ」

「学園時代の……」


 その言葉に私は驚いてしまう。


(意外だわ、エリアス様にヴィオラ様以外に仲の良い女性がいたなんて)


 一切小説には描かれていない描写だわ、と驚いていると、彼女は笑みを浮かべて言った。


「元々は私の旦那……ファビアンと言うのですけれど、彼とロディン様が仲が良くて。

 彼が私に声をかけることを躊躇った結果、ロディン様も巻き込まれたというのがきっかけですわ」

「……つまり、エリアス様は恋のキューピット役になったということですか?」

「えぇ、実質そうなりますわね」


 そう言って上品に笑った彼女を見て、思わずエリアス様の顔を見上げる。

 彼は「本当に巻き込まれただけだ」と言った後、咳払いをして言った。


「それよりも、衣装の話をしに来たんだが」

「あぁ、ごめんなさいね、私ったら。ロディン様が、まさか御婚約者様を連れて来て下さるとは思わず、つい。

 では、こちらへどうぞ」


 そう言って通されたのは、奥の広い部屋だった。

 応接室のようで、長机を挟んで長椅子が二席置かれている。

 私とエリアス様は隣り合って座り、ミーナ様は向かいの席に座った。

 彼女が座ると、その周りに光が集まってきたため、私は思わず尋ねた。


「あの、その光は妖精さん達、ですよね……?」


 私の言葉に、ミーナ様は笑みを浮かべて頷いた。


「えぇ、そうですわ。彼女達は私のお友達で、仕事仲間でもありますの」

「仕事仲間?」


 首を傾げた瞬間。

 ポンッポンッと、花の妖精と同じように光が弾け妖精が現れた。

 その妖精は、花の妖精とは違い、一人一人違う色々なデザインの洋服に身を包んでいる。

 そんな彼女達は声を上げた。


「ごきげんよう。わたくしたちはデザインの妖精です。

 あなた方は私達に選ばれた大切なお客様。お好きな服をイメージしてお伝え頂ければ、デザインいたしますわ」

「!?」


 花の妖精とは違う大人びた口調、そして、仕事内容を上品に話す妖精に、私が驚いていると、一人の妖精が声を上げた。


「あなたはやはり、お花のイメージが強いですわね。さすが、花の妖精に愛された方」

「「そうなのか!?/そうなんですの!?」」


 一人の妖精の言葉に、エリアス様とミーナ様の二人が反応する。

 私は慌てて口にした。


「あ、愛された方と言っても、庭師伝にお会いしただけですが」

「普通妖精は、余程気に入った者の前でないと現れないぞ」

「そ、そうなのですか!?」


 私の言葉に、ミーナ様もまた戸惑ったように口にする。


「え、えぇ。彼女達はプライドも高いですし、選り好みしますから……、そうですわね、よっぽど貴女が妖精から愛される体質なのでしょう。

 この子達も、人前に現れるのはファビアンと私以外におらず、お客様としては貴女様が初めてですから、驚きました」

「!?」


 そうなの!? と驚きエリアス様を見れば、彼も頷き戸惑ったように口にする。


「あぁ。俺も、祝福相手以外に妖精が光の中から姿を現すのは初めて見たな……」


(ど、どうして私の目の前に!?)


 間近で見ることが出来て嬉しいけど、と驚く私をよそに、妖精達が騒ぎ始める。


「ところでアリス様、先程から良い匂いがしますわ」

「甘いお菓子の匂いですわね」

「甘いお菓子って……、これのことかしら?」


 先ほど馬車の中でハンカチに包んでおいたクッキーを取り出せば、妖精達の瞳が輝く。

 その姿を見て、私は恐る恐る口を開いた。


「さ、差し上げましょうか?」

「良いんですの!?」

「て、手作りだからお口に合うかは分からないけれど……」

「手作り!?」


 その言葉は隣にいたエリアス様から発せられた言葉で。

 思わずギョッとして彼を見やると、彼はハッとしたように居住まいを正した。

 その光景を見ていたミーナ様は、コロコロと笑って言った。


「ロディン様のそんなお姿、初めて拝見しましたわ。主人にも伝えなくては」

「伝えるな!」


 そんなやりとりを見ていた私に、ミーナ様は言った。


「ごめんなさいね。申し訳ないけれど、五枚ほど妖精達にいただけるかしら?

 この子達は甘い物に目がなくて、また、甘い物を食べると仕事に力が入るの」

「お、お仕事というのは先ほど言っていた……」


 ミーナ様はその言葉に頷き、笑みを浮かべて言った。


「えぇ。このお店では、デザインから洋裁まで、私と主人とで妖精の手を借りて、一から衣装をお作りしますわ」

「……!」


 妖精の手を借りて作る衣装。


(だから、“プチット・フェ”……小さな妖精という店名なのね)


 そして彼女は、言葉を続けた。


「このお店は、妖精達に選ばれた者しか立ち入ることは出来ない。

 つまり、貴方方は妖精に選ばれたお客様なのですわ」


 そう言って、彼女は手を叩くと言葉を続けた。


「ここにご来店頂けたことも、妖精が直接顔を見せた初めてのお客様ということも、これは正しく何かのご縁。

 というわけで私、張り切ってお二人の衣装を作らせて頂きますわ!」

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