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第二十一話

 契約結婚から12日目。

 今日は夜会の準備のため、城下へ買い物に行くという約束の日を迎えた。


「アリス様とエリアス様のデートということで、張り切って準備させて頂きました!」

「それはどうも……」


 デートではないと説明したいのを何とか堪え、苦笑いでそう返せば、ララが笑って言った。


「そんなに恥ずかしがらずとも良いと思いますよ。夫婦となられるのですから普通のことです」

「あはは……」


(いえ、恥ずかしがっているわけでもない上に形ばかりの期間限定夫婦なのよ……)


 とは言えず、漏れ出そうになったため息を喉奥で押し止め、鏡に目を向けた。


(……本当、転生して言うのもなんだけど、アリスって可愛らしい顔をしているのよね)


 魔法が使えないといえど、黙っていれば彼女もモテただろうに、と鏡を見てそんなことを考えてしまう。

 今日のコーデは、桃色の髪を緩くお団子に、お洋服はデート服だからとララが意気込んで選んだ、水色のお忍び用のワンピース(実家から贈られてきたもの)にした。


(ちなみに水色というのはエリアス様の瞳の色だということがポイントです!とか言われたわ。

 後できちんと彼に誤解を解かなければ)


 私と彼との間で誤解が生じては大変だもの、と小さく息を吐きながら立ち上がると、玄関へと向かう。

 約束の時間より早めに出たはずなのに、既にエリアス様は玄関ホールにいて。


「エリアス様」

「!」


 階段の上からエリアス様に声をかけると、彼はこちらを見上げた。

 私はそんな彼の元まで歩み寄ってから謝る。


「ごめんなさい、お待たせしてしまって」

「……」


 謝罪にしたのにも関わらず、返事が返ってこない。

 どつやら彼の視線の先にあるのは、私の着ているドレスのようで。


(あ、もしかしてこの色(薄い青)だということに気を悪くさせてしまったのかも)


 気付いたものの、契約結婚のことを知らない侍従達の前で弁明するのは良くないと、呆然としている彼の手を取る。


「!?」


 私の行動に対し、ようやくハッとしたように彼の瞳が私と繋がれた手とを交互に見たところで、にこりと笑って口を開いた。


「時間もないことですし、早く行きましょう?」

「あ、あぁ」


 なぜか挙動不審気味に目を彷徨わせる彼に対し違和感を覚えたものの、きっとこのドレスのせいだろうと結論付け、半ば私が引きずる形で公爵邸を後にして馬車に乗り込む。


 そして、静かに馬車の扉が閉められ、発車したところでようやく息を吐きながら言った。


「ごめんなさい。ララが今日のお出かけをデートだと勘違いして聞かなくて。

 否定したかったのですけれど、それでは契約上不自然かと思いましたので、言いなりになっていたらこんな感じになってしまいました。

 お気を悪くさせていたらすみません」

「……」

「エリアス様?」


 とにかく不自然にずっと黙っている彼に対し、顔を覗き込めば、向かいの席に座っていた彼はズザッと後ろに飛び退いたのと同時に、ゴンッという鈍い音と共に彼が頭を壁にぶつける。


「〜〜〜」

「だ、大丈夫ですか? 調子が悪いのでしたら、また別の日にでも」

「い、いや、大丈夫だ……」

「そうですか?」


 顔は真っ赤だし、瞳は潤んでいてとても大丈夫そうには見えないけれど、まあ、彼が大丈夫と言っているなら良いかと思いながら口を開いた。


「そうですわ、エリアス様。魔法で手のひらサイズの氷は出せますか?」

「で、出来るが」


 今度は怪訝そうな顔をする彼に、とりあえず出して頂くよう促せば、彼は渋々手のひらに氷を出現させる。

 それを見て思わず呟いた。


「今のは無詠唱なのですね」

「あぁ。大した魔法ではないからな」

「無詠唱というだけでも凄いとお聞きします。さすがですわ」


 小説の内容を思い出して口にすると、彼は目を見開きサッと俯いた。ちなみに、銀色の髪から覗く耳まで真っ赤だ。

 私は「ありがとうございます」と礼を言うと、バッグに入っている道中食べようと思っていたクッキーをハンカチに出し、空になった袋の中に氷を入れる。

 そして、氷を入れた袋をもう一枚のハンカチで包み、戸惑う彼に向かって差し出して言った。


「氷嚢です。頭に当てていれば、痛みも熱も冷めるかと」

「! お、俺のためなのか?」

「はい、そうですが」


 彼は氷嚢を受け取ると、じっと見つめる。

 頭に当てるのですよ、と声をかけようと思ったけれど、あぁ、と閃きそっと彼の隣の椅子に移動する。


「な、何を」

「膝、お貸ししましょうか」

「……!?」


 今度こそ彼は目を瞠り、凍りついたように固まってしまった。

 私は言葉を続ける。


「きっとお疲れが出たのでしょう。街までは少し距離があるでしょうし、馬車の移動くらいゆっくり休まれては?」

「い、いや、それは、ちょっと……」


 いつまでも渋る彼を見て、私は苛立ち呟いた。


「……面倒くさい」

「へ……っ!?」


 私は彼の手を引き、頭を自分の膝に押し付けるようにして頭を置かせると、口を開いた。


「もう意固地になっていないで早く寝てくださいな! 幼子でもぐずらず早く寝ましたわ!」

「お、幼子と比べられているのか、俺……」

「はい、とっとと寝る!」


 私は彼の手から氷嚢を奪い取るようにして、こめかみあたりに置く。

 ギャーギャー喚いていた彼は、あっという間に静かになり、そのうち寝息を立て始めた。


(……やっぱりお疲れだったのね)


 体調管理くらいきちんとして欲しいものだわ、全く。と嘆息しながら、氷嚢をずらして彼の寝顔を覗き込んだ。

 端正な顔立ちは相変わらずだけど、寝ている姿はあどけなくも見える。

 顔にかかってしまっていた彼の銀色の髪を耳にかけながら、前世養護施設にいた時のことを思い出す。

 その時にお世話をしていた幼児達と重ね、仕方がない人ねと彼のさらさらの髪をそっと撫で、笑みを溢したのだった。





「ん……」

「おはよう、アリス」

「っ!?」


 危うく心臓が止まるかと思った。

 耳元で囁かれた信じられないほどの美声と視界に飛び込んできた美貌に、反射的に飛び退こうとした私だったが、それをいつの間にか背中から腕にかけて回された彼の腕が許さなかった。

 そして、彼はため息交じりに言う。


「危ないだろう、急に立ち上がったら」

「い、いきなり驚かせる方が悪いのですし、先ほど同じことをした貴方が言える立場ではないでしょう!?」


 頭を強打したことを指摘すれば、彼はコホンと咳払いして口にした。


「痛かったから君を同じ目に遭わせたくないんだ」

「!? そ、そうですか、お気遣いをどうも……」


(彼はあれね。ストレートに物を言ってしまうから無自覚に女性にモテてしまうのではないかしら? そして彼も、それに気付いていないと)


 ましてや人形さながらの美貌で言われたらね……と遠い目になりそうになりながらも、ふと視線を移せば、彼との距離が近いことに気が付いて。


(もしかして)


「私、貴方の肩をお借りして寝てしまいましたか?」

「そうだな。いや、俺が起きた時、君が寄りかかれるように体勢を変えたんだ。

 君は器用に座ったまま寝ていたからな」

「……も、申し訳ありません」


 体勢を変えたって何!? ということにはあえて突っ込まず、謝罪だけに止めておけば、彼はふっと微笑んで言った。


「いや、俺の方こそ。お陰で疲れが取れた。

 膝枕をしてくれてありがとう、アリス」

「……!」


 膝枕。

 彼の口から発せられた言葉に引っかかり、咄嗟に反応が遅れてしまう。

 そんな私の反応を見た彼は、すぐさま気付いて悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


「アリス、顔が赤いが?」

「〜〜〜気の所為です!」

「氷、出すか?」

「……わざとやっているでしょう!?」


 揶揄われていることに気付き少しだけ怒ってみせれば、彼はまるで少年のように笑って言った。


「先程のお返しだ」





 そんなこんなで馬車に揺られること一時間、ようやく城下に辿り着いた。

 街とは少し離れた場所で馬車から下り、そこから歩いて街に向かった私の目の前に飛び込んできたのは。


「っ、わぁ……!」


 高台から下り坂に向かって連なるように建つ、御伽話の中のような色とりどりの屋根の家々、その正面には青い海が広がっている。


「綺麗……!」

「そうか、君は城下を訪れるのは初めてなのか」

「はい!」


 景色から目を離さず答える私に、彼はクスクスと笑って言った。


「本当、君はよく顔に出るな。分かりやすくて良い」

「なっ……、!?」


 文句を言おうとして、その言葉が詰まる。

 それは、彼に急に手を繋がれたからだ。

 え、と顔を見上げれば、彼は前を向き口にした。


「ここからは逸れるといけないからな。君はすぐ、迷子になりそうだし」

「!? 子供扱いしないでください!」

「人のことを言えないだろう」


 そんな彼の拗ねたような声に、私は怒りを忘れてクスクスと笑ってしまう。

 彼もまた、笑みを浮かべて口を開いた。


「ではアリス、行こうか」

「はい!」


 そう返事をして、私は彼に導かれるように城下に足を踏み入れたのだった。

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