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第二十話

「やっぱり、自然とここへ来てしまうのよね」


 そう呟き、花を前に小さく笑みを溢す。

 今日は最初にララと訪れた場所である季節の花を見に来た。


「うん、良い香り……」


 花の前にしゃがみ、大きく深呼吸することで花の香りに包まれ、心を落ち着かせる。

 それが私の前世からの憩いの時間だった。


(今日も生き生きと花が輝いて見えるわ。

 さすがクレール。 どの庭園を見ても枯れていたり萎れていたりするお花が一つも見当たらない)


「こんなに朝早くから、珍しいですね」

「! クレール」


 帽子から覗く緑色の瞳を見上げ、名を呼べば、彼は私の隣に来るとしゃがんで言った。


「何か悩み事ですか?」

「え……」


 何故分かったのかを尋ねるよりも先に、彼は口を開く。


「花の妖精が気にしています。元気がないって」

「花の妖精……?」


 そう呟いた私とクレールの間を、ふわりと光が舞う。


(あっ)


 その光がパッと私の前で弾ける、そして……。


「はじめまして、アリス!」

「あ、ずるい! わたしもおはなしする〜」


 驚き言葉が出てこない私の周りに、他の光も同じように集まって来ては弾け、小さなニ頭身の妖精となってこちらを見て口々に話し始める。


「わー! やっぱりアリスのかみ、おはなみたい!」

「かわいい! きれい!」

「めもはっぱのいろ〜!」


 目の前で繰り広げられる怒涛の会話の嵐と非現実的な光景が信じられず、呆然としてしまっていると。


「皆、アリス様が驚いてる」

「「「あっ……」」」


 クレールの言葉に、皆が一斉に話をやめてこちらを見る。

 そして、驚いている私と目を合わせると、声を揃えて言った。


「「「はじめまして! わたしたち、はなのようせいでーす」」」

「……!」


 妖精。

 彼らはそれぞれの属性の神に仕える、神が住む天界と人間界を行き来できる唯一の存在。

 そして、彼らは気に入った人間に自分達の魔力を貸すことで、その人間は祝福の力を授かることが出来る。


 そんな存在が、まさか私の目の前に現れるなんて。

 目を瞠る私に、クレールは言った。


「ずっと、貴女と話したがっていたのです」

「わ、私と……?」


 クレールの言葉に返答すれば、妖精達がパァッと顔を輝かせて口にした。


「わあ! アリスがしゃべった!」

「かわいい!」

「ねー!」


 少し声を発しただけで妖精達が喜んでくれているようで、何だか恥ずかしくなってしまう。

 それでも、こちらも返さなければと笑みを浮かべて口を開いた。


「初めまして、妖精さん。私はアリス。

 このお邸の女主人になるの。皆よろしくね」


 その言葉に、皆が顔を見合わせ、あぁ!と笑顔で言った。


「そっか! こうしゃくさまのおよめさんなんだね〜」

「こうしゃくさまもおはな、たまにみにきてるよね」

「いや、おはなよりも、クレールとおはなししてることがおおいかな〜」

「そうなの?」


 エリアス様がこちらに? とクレールを見て尋ねると、彼は頷いて言った。


「公爵様は、よく来られますよ。最近は特に、貴女の話を聞いてきます」

「……!?」


 確かに彼もそう言っていたけれど、まさか私のことを二人して話しているとは思わず、驚いていると。


「アリス、かおあかーい」

「なんで〜?」

「あ、赤くなんてないわ!」


 妖精達の言葉に顔を背ければ、クレールの噛み殺したような笑い声が聞こえてくる。


(クレール……)


 私がじとっと彼に視線を向けている間に、妖精達は悲しそうに言った。


「でもアリス、おはなをみにきてるときって、いつもなにかかんがえごとしてるよね」

「きょうはとくに、かおがくらかったー」

「!」


 妖精達にまでバレてしまっている。

 返答に困った私がクレールの顔を見れば、彼は口にする。


「俺がいない方が話しやすいですか?」

「……いえ、せっかくだし貴方にも聞いてもらおうかしら」


 私は息を吐くと、花を見つめて言った。


「私、ここへ来てからなんだかおかしくて」

「おかしい?」


 妖精の言葉に小さく頷くと、花に目を向けたまま言葉を続ける。


「自分で思っていることと、違うことをしてしまう時がしょっちゅうあって戸惑っているの。

 今までこんなこと、一度だってなかったのに」


 どうすれば良いのか、分かりかねている。

 自分の言動に、自信を持てずにいる。

 それが今の……、特にエリアス様を前にした時の、私の悩みだ。

 そんな私に対し、妖精達は声を上げた。


「かんがえすぎだよ〜アリス」

「え……」


 彼らは私の周りを飛びながら答える。


「もっとちからをぬいてみたら?」

「力を……?」

「うん。アリス、ここへきてがんばってるから、きっとつかれたんだよ〜」

「そうだよ〜だってゆーれいやしき、ずいぶんあかるくなったもんね」

「!」


 妖精の言葉に私は目を見開き、思わず笑ってしまいながら答える。


「ふふっ、そうなの。ここへ来てから、幽霊屋敷の名前を払拭したくて頑張っていたの。

 ……そうよね、力が入りすぎてしまっていたのだわ」


 妖精達の言葉で、少し心が軽くなる。


(そうだわ、公爵邸に契約結婚として来たことで気を張って、疲れてしまったのかもしれない)


 そして、黙って聞いていたクレールも口を開く。


「自分の思うように、好きなことをすれば良いと思います」


 その言葉に顔を上げれば、クレールが微笑んでいて。

 彼は「なんて」と口にすると、言葉を続けた。


「これも、公爵様の受け売りなんですけどね」

「エリアス様の……」


 確かに昨夜、彼は言っていた。


『君はこれからは、君の思うように自由に生きたら良い』


(だったら、私は)


 決意を新たにしたその時、一人の妖精が口にする。


「じゃあ、アリスをおうえんするためにおはなをあげよう!」

「「「さんせい!」」」

「え? お花ってここのお花のことよね? それはダメでしょう?」


 クレールをチラリと見て慌てて口にすれば、彼は少し間を置いてから言った。


「……いえ、ここは妖精の庭でもあるので、妖精達の意向を優先します」

「だって、アリス! よかったね!」

「え、えぇ」


 予期せぬことだけれど、お花を頂けることになり、自然と笑みが溢れる。

 その途端、妖精達の瞳が光ったような気がしたのも束の間、彼らは私に物凄い勢いで迫ってくると口にした。


「じゃあアリス! おはなをえらんで!」

「すきなおはな! なにがいい!?」

「わわ、えっと……」


 何が良いかを聞かれ、咄嗟にある花の名前を口にすれば。


「わかった!」

「じゃ、ぱぱっときっちゃお〜!」

「「「おー!」」」

「え!?」


 何だか嫌な予感がして止めようとした時には時既に遅し。

 十数人はいる妖精達が一斉に魔法を使い始め、妖精が使う魔法に見惚れる間もなく、綺麗な切り花がポンポン私の腕の中に落ちてくる。

 その数の多さに、私は思わず叫んだ。


「よ、妖精さんたち! そんなにお花を切ってしまったらお花が全部なくなってしまうわ!」

「アリス、こまってる!」

「みんな、ここまで〜!」


 その声に皆が一斉に魔法を使うのをやめる。

 幸いそのお花はまだまだ沢山残ってはいたけれど、思わず見上げたクレールの顔は真っ青を通り越して真っ白だった。

 そんな彼を見て謝る。


「ご、ごめんなさいね、クレール」

「…………いえ、アリス様のせいではない、です」


 そう言いつつもショックを受けているのは手に取るように分かって。

 私は慌ててその花束と化した花々を両腕で抱え、言葉を発した。


「せ、責任を持って大切に保管させていただくから!! ありがとう、クレール、妖精さんたち」

「アリスにおれいいってもらった!」

「うれしい! わーい」

「アリスがえがおだと、みんなうれしい」


 その言葉に胸の奥がジンとなる。

 私はもう一度、「ありがとう」と笑みを浮かべ、その花々を大事に抱え込んだのだった。





 そして私は、その花を持ってある場所を訪れた。

 それは、言わずもがな。


「エリアス様!」

「!」


 ノックをすることも忘れ、いきなり現れた私に、彼は驚きのあまり固まった。

 そんな彼に向かって歩み寄ると、私は彼の胸の中に桃色の花を数本押し付けるようにして渡す。


「エリアス様、私からのお礼です。受け取ってください!」

「きゅ、急にどうしたんだ、アリス」


 そう言いながらも花を受け取ってくれる彼に対し、私は口を開いた。


「あれから私、考えましたの。自分の今後について」

「今後……?」


 その言葉に頷くと、笑みを浮かべて言った。


「私、貴方の言う通り、自由に生きたいと思います!

 そのために、あまり物事を深く考えずに、自分の信じた道を貫くと決めました」

「そうか」


 そう言って彼は笑う。


「あら、驚きませんのね」

「君が決めたことだからな」


 その言葉に、私は小さく目を見開く。

 受け取った花に視線を落としている彼に向かって、私は言葉を紡いだ。


「また空中散歩、連れて行っていただけますか」

「え……」


 今度はエリアス様が目を見開く。

 そんな彼に向かって笑みを浮かべて言った。


「貴方の気分転換の()()()で構いませんので」

「……!」

「それでは。お仕事中失礼いたしました」




 そう言って部屋を後にした私の背中を目で追っていたエリアスは、手に持っている桃色のカーネーションを一輪持ち上げて呟いた。


「……そんなの、いくらでも連れて行ってやる」


 君が喜んでくれるのなら。

 そうしたら君は、


「またこの花のような笑顔を、見せてくれるだろうか」


 そう言って、その花にそっと唇を寄せたのだった。



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