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第十九話

(何をしているの私……!)


 やってしまった、とベッドの中で頭を抱える。

 思い出されるのは、昨晩の自分の失態の数々。


(あんなことを言うつもりも、ましてや泣くつもりなんてなかったのに!)


 しかも怖いことに、あの後の記憶が全くない。

 ということはつまり、泣くだけ泣いて寝落ちしてしまったということになる。


「弱みを見せることだけはしたくなかったのに〜!」

「おはようございます、アリス様」

「うわっ!?」


 突如降ってきた声に驚き、ベッドから飛び上がる。

 そんな私を見て、ララはにこにこと微笑んで……、いや、嬉しそうに笑っている。


(嫌な予感)


「お、おはよう、ララ」


 ぎこちない笑みでそう返すと、ララが口を開いた。


「昨晩は公爵様と仲睦まじくデートをされたとのこと、大変嬉しく思います」

「デ……!? ち、違う違う! エリアス様は散歩のついでだと仰っていたわ!」


 その言葉に、ララがキョトンと首を傾げる。


「ついで? 公爵様はアリス様のために御公務を早めに切り上げてお時間を作られたと、カミーユさんからお聞きしました」

「え……?」


 それは本当なの、とはどうしてか聞けなかった。

 そんな私に、ララは続ける。


「それに、公爵様がどなたかのために……、ましてや女性のために魔法をご使用になられることは初めてのことなのです」

「それは嘘よ!」


(だって彼にはヴィオラ様が)


 またも口にしかけた言葉を喉奥で留めた私に、ララは言う。


「あんなに公爵様が楽しそうにしていらっしゃったのは、全てアリス様がおいでになってからです。

 使用人を代表して感謝申し上げます。

 本当にありがとうございます」


 そう言って頭を下げたララに対し、私が何も返せなくなっていると、彼女は顔を上げ、私をじっと見つめて言った。


「是非これからも、公爵様のことを末永く宜しくお願い申し上げます」


 そう言った彼女の瞳には、まるで全てを見透かされているような気がして。

 私は返す言葉を失ってしまったのだった。






「昨晩は大変ご迷惑をおかけいたしました」


 そう言って頭を下げれば、執務机に向かっていた彼が顔を上げる。

 そして、微笑を浮かべて言った。


「昨日はよく眠れたか」

「はい、お陰様で。……私、あのまま眠ってしまったのですよね」

「あぁ。そうだな」

「運んで下さったのも、エリアス様ですか?」


 その言葉に、エリアス様は慌てたように言う。


「そうだが安心しろ、君の部屋には入っていない。魔法を使ったからな」

「そうでしたか。何から何までお手数をおかけいたしました」


 頭を下げた私に、エリアス様は「いや」と口にし、手元にあったカップに口を付ける。

 そんな彼に向かって尋ねた。


「あの、ララから聞いたのですけど」

「何だ?」

「エリアス様はヴィオラ様のために魔法をお使いになられたことはないのですか?」

「っ!?」


 エリアス様が盛大に咽せる。


「だ、大丈夫ですか」


 幸いコーヒーは飲み込んでいたようで、彼は何度か咳をした後答えた。


「一体何の話をしているんだ!?」

「女性のために魔法をお使いになるのが、私が初めてだと言われたので……、さすがにそれは嘘ですよね、という確認です。

 ヴィオラ様にも空中散歩を共にされていたのでしょう?」


 そう口にした途端、エリアス様が苦虫を噛み潰したような顔をする。

 その顔を見て何かあったんだなと直感する私に、彼は重々しく口を開いた。


「ヴィオラ嬢のために魔法を使ったことは一度もない」


 その言葉に思わず目を見開き口にする。


「え!? なぜ!? 空中散歩に連れて行ってあげたりしなかったのですか!?」


 私の言葉に、彼は呆れたようにため息を吐いた。


「君は何かと俺とヴィオラ嬢の過去を知りたがるな。

 まあ、噂を作ってしまったのは俺だが。

 それはともかく、彼女はそもそも高所恐怖症とまではいかないが、高い場所が苦手だ。

 それに、彼女は魔法に優れているからな、俺の魔法如きで喚くような女性ではない」

「あ……」


 その言葉で、冷水を浴びせられたような気持ちになる。


(そうか、魔法を使えず学園へ入学していないのは(アリス)だけなんだ)


 私が知っているのは、あくまで小説に書かれている内容だけ。

 だから知った気になっていたけれど、実際にこの世界で生きている人達のことを知っているのは、ほんの僅かな上辺だけでしかないんだ。


(それに)


「……申し訳ありません」

「? なぜ君が謝る」


 私はギュッと服の裾を掴むと、俯き加減で口にした。


「昨日は、みっともない姿をお見せしてしまいました」

「みっともない?」


 エリアス様が首を傾げる。

 私は自嘲するように笑って言った。


「私、ここへ来て実際に魔法を見るのが初めてなのです。

 だから、過剰に魔法を見て年甲斐もなくはしゃいでしまうし、二人きりだからとどうでも良いことをお話ししてしまうし」

「アリス」

「昨日のことは忘れてください。全部、無かったことにしてください」


 今になって、より一層昨日の自分が恥ずかしく思えて、早くこの場から逃げ出したくなった私は、エリアス様の言葉を待たずに部屋を後にしようとしたその時。


「アリス!」

「!」


 パシッと手を掴まれる。

 反射的に顔を上げて目に飛び込んできたのは、焦ったような顔をしているエリアス様だった。

 そしてエリアス様ははっきりと口にした。


「無かったことになんて出来ない」

「忘れて下さい」

「無理だ」

「どうして」


 頑なな彼に苛立ちを隠さず尋ねた私に、彼はポツリと呟くように言った。


「嬉しかったからだ」

「え……」


 驚き彼の顔を見上げる。逆に、私の視線に気付いた彼はふいっと顔を背けるが、その耳元が赤いことに気付く。

 そんな私に彼はそのまま言った。


「初めて魔法を間近で見せた時言っただろう? 君の反応は新鮮だと。

 俺は、君が俺の魔法で目を輝かせてくれているところが嬉しかった」

「え……」

「ついでだと言ったのもあれは嘘だ。そう言わなければ、君が誘いに応じてくれないと思ったからそう言っただけで、」

「!?」

「魔法を使ったら君が喜んでくれるだろうかと……、少しでも君の気晴らしに、それから恩返しにもなるかと思ったんだ」

「……!」


 エリアス様の口から飛び出る言葉の数々に、驚いてしまう。

 私も、何とか口を開いた。


「……では、昨日のは全て私のため?」

「あぁ」

「……っ」


 迷いなく頷かれたその言葉に、私は面食らってしまう。

 そんな私に、彼は言った。


「俺の方こそ、君のこととなると自分でも驚いてしまうくらい思ってもみない言動を取ってしまう」

「!?」


 そういうと、彼は私との距離を少しだけ詰め、私の顔を覗き込む。

 そして、呟くように弱々しい声で言った。


「どうしてくれる」

「っ!? そ、そんなの私も知りません!」

「あ、おい!」


 近付いた彼の身体をぐいっと押し、今度こそ、逃げるようにその場を後にする。

 部屋を飛び出し、廊下を足早に歩きながら、脳裏でグルグルとエリアス様の言葉が蘇る。


『俺は、君が俺の魔法で目を輝かせてくれているところが嬉しかった』

『俺の方こそ、君のこととなると自分でも驚いてしまうくらい思ってもみない言動を取ってしまう』


 そして……。


『どうしてくれる』


「……っ、どうしてくれるも何も、それはこちらのセリフよ」


 それらの言動が実は私のためでした、とか知らないし、知りたくもない。

 だって私は、私がここにいる意味は。


「貴方を、利用するためなのだから」


 そう呟いた声は、ひんやりとした朝の風にさらわれていったのだった。

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