第一話
新作、連載開始いたします!
楽しんでお読み頂けたら幸いです。
―――どうして、愛してくれないの?
長く美しい桃色の髪が、座り込む彼女の周りの床に、まるで花のように広がっている。
そんな愛らしい見目をしている彼女の口から出た言葉に対し、彼は凍てつくような薄い青の瞳を細め、問い返す。
「そんなことも分からないのか」
彼の問いかけに、彼女は暫しの沈黙の後訴える。“私は努力した”、“私は完璧なはず”だと。
信じて疑わない彼女の様子を見て、彼は怒りを露わにした。
「それが君の答えか」
と。彼の怒りに、強気な彼女の黄緑色の瞳から、初めて想いが溢れ出す。
彼女の泣く姿を見て、彼は心配するどころか呆れたように呟く。
「今度は弱者のフリか」
彼女はその時、何もかもが分からなかった。
どうして自分は、今泣いているのか。
どうして自分は、こんなに苦しい思いをしているのか。
どうして自分は、何のために努力をしているのか。
どうして自分ばかり。
どうして……。
彼女の願いは、今も昔もただ一つ。
しかしそれは、いくら足掻いても到底彼女には叶えられないものであった。
なぜなら、彼女は“知らない”からだ。
そうして今度は、彼女に向かって彼は残酷な言葉を突きつけた。
「君は悪女なのだから、誰からも愛されることはない」
彼の言葉に、彼女は弾かれたように顔を上げた後、狂ったような笑い声を上げた。
その姿を見て眉根を寄せた彼に対し、彼女は笑みを湛えたまま口にする。
「そうね、その通りよ。……けどね」
そう言って彼女は立ち上がると、ゆっくりと彼の目の前まで歩み寄り、彼の胸元に手を添えて囁いた。
「誰からも愛されないのは、貴方も一緒でしょう?」
彼女の言葉に、普段顔色一つ変わらない彼の目が、初めて大きく見開かれる。
彼女はその顔を見られただけで満足だった。
そして妖艶に笑うと、窓辺に近付き……、窓枠に腰掛けた。
そんな幻想的であり危うい光景を見た彼が、焦ったように口を開く。
「おい、何を」
「邪魔な嫌われ者の悪女は、物語から退散するのが鉄則よ」
言葉の意図は伝わったようで、彼は息を呑んでしまう。
彼女は窓の外、眼下に広がる月明かりに照らされた薔薇の園を見て、薄く笑った。
「……散るなら花のように、美しくなければね」
「っ、アリス!!」
彼の口から初めて紡がれた彼女の名に、彼女が驚いたのは一瞬のこと。
刹那、彼女の身体は空中に投げ出され、真っ逆さまに落ちていく……最中、彼女が口にした言葉は。
「……エリアス」
他でもない、彼の名前であった……―――
『永遠の愛を、魔法に込めて』第七巻より
(夢ではない、のね)
私は鏡に映る自身の姿を見て嘆息した。
桃色の髪に黄緑色の瞳……、紛れもない私が読んでいた小説に出てくる登場人物であると、その姿を一目見て確信した。
その登場人物とは、アリス・フリュデンという少女であり、彼女に与えられた役割は“悪役令嬢”。
響きの通り、ヒロインをいじめる傲慢で愛に飢えた孤独な令嬢、それが彼女に与えられた役回りだ。
そんな彼女には結婚相手がいた。
エリアス・ロディン……、物語内では当て馬役のキャラクターである。
彼はヒロインの幼馴染であり、ヒロインに一途な役どころであるが、ヒロインに告白し玉砕、そしてヒーローとなる王子に命令され、アリスと仕方なく結婚する……というのが物語の流れ。
ゆえに、ヒロイン一途なエリアスに、アリスが愛されるなど微塵もないということ。
それでも、アリスはめげずにありとあらゆる手を使って……、例えば華美な衣装を着るだとか、媚を売りまくるだとか、とにかくエリアスにしつこく付き纏ったのだ。
当然、エリアスから愛情を向けられるはずもなく、アリスはその怒りの矛先をヒロインに向ける。
その結果、エリアスの逆鱗に触れてしまい、失望したアリスは自ら命を断つことを決意し、亡くなってしまうのだ……多分。
(アリスが自殺を図ったその後どうなったのか、読む前に転生してしまったようね)
そこでもう一度、鏡に映った自分……、アリス・フリュデンの姿を見て首を傾げる。
(私、どうしてここにいるのかしら)
「それは俺が説明してやるよ」
「!?」
一人のはずの部屋に突如男性の声が聞こえてきたため、驚き振り返ると、そこには小さな黒猫がチョコンと座っていた。
(……あっ)
その姿を見て思い出す。
私の前世の最期であろう出来事を―――
私は前世、日本という国で暮らしていた。
高校を卒業後、一般企業に就職し、育った施設を出て一人暮らしを始めた。
20代になり、仕事に違和感を感じ始めた私は、すぐに会社を辞職、貯金を切り崩している間に新しい職業を見つけ、無事に就職しようとしていた矢先のこと。
夕飯を買いにコンビニへ向かっていたところで、ボロボロの黒猫がフラフラと横断歩道を渡ろうとしているのが見えた。
その信号は赤い色の光を放っている。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
黒猫を持ち上げると、なるべく遠くへ歩道に向かって投げた。
その無事を確認する間もなく、クラクションの音と眩しいばかりの車のライトに照らされ……、身体に衝撃を受ける前に意識を手放した―――
「思い出したみてぇだな」
黒猫はそう言って、私の目の前まで歩み寄ってくる。その姿を見て、尋ねた。
「一体これはどういうこと?」
どうして私が、前世で読んでいた小説……、『永遠の愛を、魔法に込めて』の世界の悪役令嬢になっているの?
「決まってるだろ」
黒猫はそう言うと、私の目の前に座り、まっすぐとこちらを見上げ口にした。
「お前はあの事故で亡くなり、転生した。……俺の魔法を使ってな」