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第十七話

「アリス、今から出掛けるぞ」

「……は?」


 予期せぬ言葉に目が点になっていると、エリアス様は私の格好を見て言った。


「まだ着替えていないな。丁度良い。そのまま行くぞ」

「ちょ、ちょっとお待ち頂けます!?」

「……何だ」


 勝手に話を進めようとする彼に向かって、慌てて口を開く。


「今何時だかお分かりになります!?」

「九時半だが」

「夜の、ですわよね!? そんな時間から私とどこへ行こうと仰るんですの!?」

「……付いてくれば分かる」

「説明するのを面倒くさがってるだけですよね!?」

「あぁ、もう!」


 エリアス様は渋る私に苛立ったように言った。


「気分転換に散歩でもどうかと思ったんだ!」

「散歩……?」


 思いがけない言葉に目を見開く私に、彼は続ける。


「ずっと邸にこもってばかりだろうから、たまには違う景色でもと思ったんだ。

 ……君なら、喜んでくれると思ったんだが」

「! ……もしかして、私のため、ですか?」


 私の言葉に彼が息を呑む。

 気分転換に散歩なら、一人で行った方が断然落ち着くはず。なのに、私をわざわざ誘ってくれたということは。


(まさか、今日お父様のことがあったから?)


「勘違いするな」

「!?」


 彼は私の考えを一蹴すると、腕組みをして言った。


「あくまで俺が散歩したいだけであって、君は()()()に誘っただけだ。

 それで行くのか? 行かないのか?」


 仁王立ちでそう尋ねてくる彼に向かって、私は言葉を返した。


「……行かないと言ったら?」

「!?」

「ふっ、ふふふ」


 私の言葉に分かりやすく動揺した彼の顔が面白くて、耐えきれずクスクスと笑ってしまうと、彼はムッとしたような表情をする。

 そんな彼に向かって、私は口を開いた。


「……私、誰かに同情されるのが嫌いなんですけれど」

「!」


 私は一歩彼に歩み寄ると、彼の顔を見上げて言葉を発した。


「私のことは、あくまで()()()に連れて行って下さるのでしょう?」


 その言葉に、彼もまたクスッと笑みをこぼすと、その笑みを湛えたまま言った。


「あぁ。連れて行くからには退屈させない」

「期待して良いということですか?」

「君なら必ず喜んでくれるはずだ」

「……凄い自信ですね」

「来れば分かる」


 彼はそう言うと、踵を返して歩き出す。

 そんな彼を慌てて制した。


「お待ちください! 今上着を」

「いや、必要ない」

「え……?」


 散歩は外ではないの? と目を丸くする私に対し、エリアス様は私の元まで戻ってくると……、私に向かって手を差し伸べた。


「!?」


 何故エスコートを、と断ろうとした私に彼は言う。


「こうしないと、魔法を使えないんだ」

「魔法……」

「見たくないか?」


 そう言った彼は、まるで少年のように笑っていて。


(……なるほど、だから私が喜ぶはずだと言っていたわけね)


 悔しいけれど当たっている。

 私はその手に自分の手を差し出しながら口を開いた。


「見てみたい、です」

「そうこないとな」

「……!」


 その手にキュッと力を込めた彼は、そのまま手を下ろした。

 互いの手は、自然と重ねられたまま。


(あ、あれ?)


 ただ手を繋いだだけなのに。

 握手だってしたことがあるのに、なんで。


「アリス、寒くないか……って、顔が赤いぞ?」

「き、気の所為です! 気の所為!」


 誤魔化そうとしたけれど、彼は悪戯っぽく笑って言った。


「もしかして、手を繋ぐことに慣れていない、とか?」

「〜〜〜!」


 その言葉に、パッと彼の手を離すと、腰に手を当てて言った。


「そうですよ! 悪いですか!? 私は貴方と違って、異性との交流がありませんの!

 揶揄うために連れ出したのなら帰りますわ!」


 腹が立って、勢いのまま元来た道を歩き出そうとした私の手首を彼が掴む。


「……まだ何か」


 不機嫌さ全開でそう口にすれば、エリアス様は一言口にした。


「すまない」

「エリアス様はいつも、謝れば許されると思っていませんか」

「……本当にごめん」


 ふんっと顔を背ける私に、彼は言い訳のように言葉を続けた。


「俺も、慣れていないんだ」

「は?」

「俺も、エスコートをすることは愚か、女性と手を繋いだことも成人になってからは一度もないから」


 その言葉に、私は驚き口にする。


「え、だって貴方にはヴィオラ様が」

「ヴィオラ嬢とはただの幼馴染だ。……彼女の心には、既に殿下がいたからな」

「! そう、だったんですか」


 小説の設定を忘れていた私の言葉に頷き、彼は更にいつもより早口で言葉を続ける。


「だから、俺も君を揶揄うほど女性慣れしていないし、むしろ先程揶揄ったのは何か言わないとと思ったからで」

「え」

「何か言わなければ意識してしまうというか」

「は」

「君の手があまりにも小さいから、潰してしまわないか心配で」

「ストーーーップ!!ちょっっっと待ってください!?」

「?」


 私が慌てて止めに入れば、彼はキョトンとした顔をする。


(……待って、この顔で自覚なし!? は!? ありえないんですけど!!)


 私は目頭を押さえて言った。


「……エリアス様、貴方今何を口走っていたか、自覚はあります?」

「……」


 彼は顎に手を当て、暫しの沈黙後……、頬をほんのり赤らめ、小さく口にした。


「……本当に、すまない」


 その言葉にため息を吐き、私は言った。


「良いですか。そんな言動をしたら、女性に勘違いされてしまいますよ?

 貴方が一番恐れている事態のはずです」

「……そうだな」

「私が貴方の(契約)結婚相手で良かったですね。私には一切そういう心配はありませんので」

「心配?」


 彼の言葉に私は頷き、腕を組んで言った。


「私が貴方の言動で勘違いする心配はない、ということです」

「……!」


 当たり前のこと、それも契約内容に当てはまることを言ったはずなのに、何故か彼は目を見開いたまま固まってしまった。

 それを疑問に思い、首を傾げて言った。


「だって、私達はあくまでそういう約束でしょう?」

「っ、あぁ、そう、だな……」

「?」


 怪訝な顔をして彼を見上げていれば、エリアス様はそうだよな、ともう一度小さく口にする。


(……変なの)


 よく分からないと思いながらも、助け船を出すために尋ねる。


「それで、今日のお散歩というのは連れて行って下さるのですか、下さらないのですか」

「……是非、エスコートさせて欲しい」


 考え込んだ末にそう口にした彼に対し、また変なの、と思いつつも私は手を差し出した。


「手を繋がなければ、魔法が使えないのでしたよね?」

「あ、あぁ。そうでなければ、君にも術がかからないからな」


 なるほど、手を繋ぐ意味はそういうことだったのねと納得した私は、戸惑っている彼の手を取り繋いだ。

 そんな私の行動に驚いた彼に向かって問いかける。


「目的地はどこですか? 時間も遅いので早く行きましょう」

「……君の方こそ、〜〜〜」

「?」


 何を言っているのか聞き取れず、首を傾げた私に対し、彼はガシガシと乱暴に頭を掻き、口にした。


「何でもない! 行くぞ!」

「あ、ちょっと!」


 彼は私の手を引くと、スタスタと歩き始めてしまう。

 その速さに付いて行くので必死な私には聞こえなかった。


「……君の方こそ、自覚はあるのか」


 そう、彼が顔を赤くさせて呟いたことを。

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