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第十六話

「まさかあのクレールさんがお花を譲って下さったとは……! さすがです、アリス様!」


 バラの花を一輪花瓶に入れると、それを見ていたララが言った。

 私はそんな彼女に向かって言葉を返す。


「私も、まさかこんなに早く頂けるとは思わなかったわ。

 それに、クレールって何だか不思議な人ね」

「そうですね、昔からあんな感じです。花にしか興味を示さないといいますか。

 ただ、御祖父様が庭師だった時は切り花を譲って下さいましたが、亡くなってクレールさんが継いでからは、一輪も頂けなくなりました」

「そうなの? 一体何があったのでしょうね」


 私の言葉にララは首を傾げる。


(まあ、十中八九御祖父様との間で何かあったからでしょうけど)


 それにしても、と花瓶に生けられたバラを見つめ、自然と笑みを溢す。


「本当に素敵なバラね。華やかで、太陽の光を浴びるとまるで輝いているようにも見えるわ。

 こんなに綺麗な花、今まで見たことがない」

「御祖父様の代から花が綺麗だと評判でした。確か御祖父様も祝福を受けていらっしゃったようですから、やはり妖精に愛されているからなのでしょうか」


 ララの言葉に少し考えた後口にした。


「そうね……、それもあるかとは思うけど、やはり彼自身が花を愛しているというのが大きいのではないかしら。

 でなければ、こんなに生き生きとお花が輝くことはないと思うもの」


 それに、と口には出さず思い出す。


(庭園を歩いていると、たまに小さな光が飛んでいることがある。

 あれがもし妖精なのだとしたら、正真正銘彼も、もちろん花も愛されているのよ)


「だから何としても、一日数本花を譲ってほしい……!」

「アリス様は本当に、お花のことになると熱くなりますね」

「ふふっ」


 私はララの言葉に笑みを溢したその時、扉をノックする音が聞こえてきた。


「誰かしら?」


 ララと顔を見合わせてから、「はい」と返事をすると、扉が開き現れたのは、エリアス様の従者のカミーユだった。


「あら、またエリアス様から呼び出しかしら?」

「はい、それが……」


 カミーユの戸惑った様子に首を傾げると、後ろからエリアス様が顔を出した。


「アリス。君に見て欲しいものがある」

「私に?」

「君への贈り物だそうだ。……君が喜ぶかは分からないが」


 そんなエリアス様の含みのある言い方に、まさかと口を開く。


「……お父様からですか」


 エリアス様が沈黙したことで肯定の意と捉えた私は、思わず頭を抱えてしまう。


「頭が痛いわ」

「君に話すのを迷ったんだが、量が量でな」

「量が量」

「手紙と一緒に馬車五台分の洋服類が送られてきた」

「馬車五台分の洋服」

「……大丈夫か?」


 エリアス様の言葉を反芻しながらしゃがみ込んだ私は答える。


「……これを見て大丈夫だとでも?」


 私の言葉に、彼は困ったように言う。


「送り返すか?」

「……いえ」


 私は立ち上がると、彼を見て言った。


「物に罪はないと思うから、見て決めさせて頂きますわ。気に入らない物は、全て突き返して差し上げます」

「……怖」


 彼の口から飛び出たその一言に、彼を一睨みした後、カミーユに向かって口を開く。


「とりあえず、悪いけれど馬車の荷物を私の部屋まで……、いえ、応接室まで運んでくれるかしら」

「かしこまりました」

「ララは私とドレスの選定をお願い。流行を知りたいのと貴女の意見を参考にさせてもらうわ」

「はい、お任せ下さい!」


 そう命令し、カミーユ、ララと共に部屋を後にしようとした私に向かって、エリアス様は口を開いた。


「それと、手紙も届いていたんだが」

「ビリビリに破いて燃やしてはいかが? まあ、薪に焚べても何の足しにもならないでしょうけど」

「辛辣」

「……ララ、悪いけど先に行っていて」


 先を歩いていたララにそう告げると、エリアス様と二人部屋に残る。

 そして、エリアス様に向かって言った。


「手紙、申し訳ないですけど読んで頂けますか?」

「え、俺が!?」

「えぇ。私が読めば、あまりの胸糞の悪さからその辺の物に八つ当たりして何かを破壊する自信しかありません」

「怖」


 エリアス様の本日2回目の失礼な言葉に、完璧な笑みを浮かべれば、彼は慌てて手紙を懐から出して、恐る恐る尋ねた。


「……読み上げれば良いのか?」

「いえ、時間が惜しいので一言で要約をお願いいたします」

「一言」

「えぇ」


 それは無理だ、という顔をする彼に向かって笑顔という圧を返すと、彼は渋々手紙を目で追ってから言った。


「……君への謝罪とお詫びの印にドレスを、そして」

「まさか“会いたい”なんていう言葉は書かれておりませんよね?」

「! ……」


 またも沈黙が肯定となり、私は笑顔で返した。


「お父様に、こうお返事頂けますか?」


 そこで言葉を切ると、スッと笑みを消して言った。


「二度と話しかけんな」


 その言葉に、氷公爵は名前通り凍りついたように動かなくなってしまう。

 それには構わず、部屋を後にしながら思う。


(あれだけアリスと関わり合いになろうとしなかったくせに、絶縁宣言したら媚を売ってくるなんて一体どういう神経をしているの?)


 小説内でアリスを自殺に追い込んだのは、元はといえばフリュデン家のせいでもある。彼女に十分な愛を与えることがなかったからだ。


(お金や贈り物を与えれば、言うことを聞くとでも?)


 確かに、小説中のアリスはその度に馬鹿みたいに喜んで、使用人達に自慢していた。


(側から見れば、なんて哀れで滑稽だったでしょうね)


 だから私は、期待しない。人に心を許さない。


(あぁ、そうね)


 もし、それでも接触を試みてくるようなら、()()してやれば良い。


(お金でもドレスでも装飾品でも。ただ受け取って嘲笑っていれば良い)


 誰にも心を許さず、前だけを向いて笑え。

 皆が望んだ“悪女”のように、美しく堂々と。


(私の人生は私が決める)


 ハッピーエンドにするためには、それしか方法がないのだから。





「……ふぅ。これで選定は終了ね。ありがとう、ララ」


 お父様から贈られてきたドレスの山を仕分けし終えた私は、彼女に礼を述べると、ララは戸惑ったように答えた。


「い、いえ……、しかしよろしかったのですか? 不要な洋服は売却し、さらには私にまで洋服を下さって……」


 ララの言葉に私は微笑み頷く。


「良いのよ。こんなに贈られたって全て着られる自信がないもの。ララはお忍び用に……、そうね、好きな方とのデートの時にでも使って」

「デ!? い、いませんいませんそんな方!!」

「あら、そう? 残念」


 私の言葉に、ララが「そんなことよりも!」と慌てて話題を変える。


「アリス様は確か、こちらにお越しになる時にお洋服をほぼ全て売却されたのですよね?

 そんなアリス様のためにと清楚な物から華やかな物、更には最先端のドレスまで贈って下さるとは、さすがアリス様ですね! 愛されていらっしゃいます!」

「……愛?」


 そんなララの言葉に呟くように尋ねれば、彼女は笑顔で頷いた。


「はい! でなければこんなに沢山のお洋服をお贈りになられることはないかと思います!

 きっと、フリュデン侯爵様はアリス様のことを思って」

「愛はお金で買えるもの?」

「……え?」

 自分の口から不意に出た言葉とララの驚いたような表情を見てハッとし、私は笑みを取り繕って言う。


「なんて。確かにこれだけあれば、夜会用のドレス以外は買わずに済んだから、楽で良いわね」


 そう言って、笑顔の奥に“虚しい”という感情を隠した。





(……私、何を言っているのかしら)


 はあ、と一人ベッドに座りため息を吐く。

 思い出すのは、ララとの会話。


(私とお父様が仲が悪いということは、エリアス様以外には話していないというのに)


 いや、きっと優秀な侍従達であるから、エリアス様から話を聞いて知らぬフリをしてくれているのだろう。

 それでも、わざわざ誰かに言うつもりはない。


(余計な気を遣われても、同情されても面倒だもの)


 まあ、良いわ。寝る支度を整えて、今日は早めに寝ましょう。

 そう考え、サイドテーブルにあったベルを鳴らすため手を伸ばそうとした時、ノックの音が耳に届いた。


(ララ? それともカミーユかしら)


 私はベッドから立ち上がり、自ら扉を開けるとそこにいたのは。


「……エリアス様!?」


 こんな時間に何の用があるというのか。

 尋ねるよりも先に、彼は薄い青い瞳で私を見下ろし、口を開いた。


「アリス、今から出掛けるぞ」

「…………は?」

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