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閑話-黒猫の夢②

本日二話更新をもちまして、本編完結となります!

最後までお読みいただけたらとっても嬉しいです。

「……あ、あ、あー、まだ本調子じゃねぇな……」


 夜。アリスが寝たのを見計らい窓から外に出て庭園へと向かった俺は、自分の魔力がどれくらい戻ったかを試していた。


『ソール。貴方の力は私の魔法と同じくらい希少で強大なものなの。

 だから貴方自身が使いこなせないようならば、その魔力を没収するしかなくなってしまうわ』


 アリスと同じ色を持つ女神であり、“運命”を司る俺を生み出した女神はそういうと、俺から根こそぎ魔力を奪った。

 そして、黒猫になってしまった俺の前でしゃがむと言ったのだ。


『貴方は今、人間不信に陥ってしまっている。

 まずは神としてではなく猫として、人間界を見てきなさい。

 そうすればきっと、貴方も力を分け与えたいと思う誰かに巡り会えるはずだわ』


「……はは、皮肉だな」


 力を分け与えたいと初めて思った奴がまさか、俺を生み出し罰と称して魔力を奪った女神の娘とは、誰が想像出来ただろうか。


(……アリス)


 もうすぐだ。もうすぐ本来の姿を取り戻せる。

 そうしたら、俺は……。


「……とりあえず帰るか」


 夜は冷える。それに、万が一アリスが起きて俺を探していたら大変だと部屋へ戻ろうとしていた、その時。

 静寂な夜に似つかわしくない口論が聞こえてきた。


(なんだ……?)


 邸に走り寄ってみたものの、先ほどまで続いていた声が不意に止んだため、部屋のどこから聞こえてきたのかも分からない。

 だが、何だか嫌な予感はした。

 “運命”を司る俺の予感は、百発百中。


(……まさか)


 やはりその嫌な予感は当たってしまっていた。

 いつも見慣れたあの桃色の花弁のような髪が、彼女の部屋から外に躍り出て風にたなびく。

 そして、アリスの身体が傾いだ。

 空中に投げ出された彼女の身体は庭先にある薔薇園にまっしぐら、遅れて窓から手を伸ばしたのは、言わずもがな彼女が四六時中慕っていたエリアス。


「ッ、アリス!!!」


 アリスを助けようと魔法を発動したが、まだ未回復の俺の魔法では彼女を助けることは出来ない。

 それは、顔を驚愕と絶望の色に染めたエリアスでさえも……。


(……さない)


 アリスが死ぬなんてそんなこと。


「俺は、許さない……!」


 まだ回復しきれていない魔力が暴走する。

 その魔力が身体中で暴れて、そして、意識を手放した―――





(ん……)


 落ち着く花の香り。よく知る場所に来たことだけは分かっていても、目を開ける気力もない。


(目を開けたところで、アリスは、もう……)


 彼女がいない世界に生きる意味などない。


『……そう。あなたはそれほどまでに彼女を大切に想ってくれているのね。

 それなら、私がほんの少しだけ手助けをしましょう。

 彼女の魂は、すでに新たな地で違う人生を送っている。私では彼女を救うことが出来ない。

 だから、ソール。あなたと彼女には重い運命を背負わせてしまうけれど。

 どうか……、どうか、あの子を』


 救って―――






 そうして次に目が覚めたのは。


(な……)


 なんだ、ここは。

 見たことのない地。見たことのない景色。建物。そして、大勢の人間たち……。


(どこなんだ、ここは!? 今まで俺が見てきた世界とはまるで異次元じゃねぇか……!)


 異次元、と思ってから霞がかった意識の中で告げられた言葉を思い出す。


 ―――彼女の魂は、すでに新たな地で違う人生を送っている


(チッ、そういうことかよ……!)


 アリスは神々の“試練”に失敗した。

 その結果、魂だけが彷徨い、今までいた世界とは全く別の、この世界に辿り着いたのだとしたら。


(また、アリスは一人ぼっちじゃねぇか……)


 誰よりも繊細で、誰よりも孤独で、誰よりも愛情に飢えていたアリス。

 救えるのは。


(この俺だけだ)





 またもや魔力が底をついていた俺は、黒猫姿で必死にアリスを探した。

 この世界は元の世界よりもまだ居心地が良い。

 確かに不思議な服を着た人間に捕まりそうになったり、鳥や同じ猫に襲われそうになったりということはあったものの、何人もの人間が自ら餌や水をくれることもあった。

 その度に思い出すのは、やはり“アリス”で。


(……あいつも、こんなふうに親切にされているんだろうか)


 一刻も早く見つけて確認しなければ、と少しずつ魔力が回復してからは捜索範囲を広げ、くまなく探していたところで……。


(っ、アリス…………!!!!)


 容姿が全くの別人となった黒髪の、丁度アリスと同じくらいの歳の少女を見つけた。


(間違いない、姿は変わっても魂はアリスそのものだ)


 良かった、アリスはちゃんと生きている。

 自分の足で立っているんだ。

 そう思うと、心から安堵しつつ、さて、と考える。


(今の俺がアリスに出来ることは……)


 彼女がこの世界で幸せに暮らしているかどうかを見届けることだ。




 その日から、アリスを監視する日々は始まった。

 少しずつ魔力が回復しているおかげで、アリスの監視をしている時だけは姿を消せるようになっていた。

 じゃないと我ながら気持ち悪ぃわと苦笑いしてしまいながら、今のアリスを取り巻く環境を分析していく。


 今のアリスは、オンボロな家の一角で一人暮らし。

 毎日堅苦しそうなスーツを着て、朝早く出掛けて夜遅く帰ってくる。

 それが前の世界でいう“公務”のようで、とてもじゃないが顔色は毎日良いとは言えなかった。


(今のアリスも、前の世界と同じく不幸じゃねぇか……!)


 これはまずい。

 そう思っていた矢先、アリスが今までに見たことのない晴々とした顔をして“公務”から帰ってきた。

 どうやら毎日行っていた“公務”をやめたらしく、“公務”をしていた時と同じような服を着ることがあっても、毎日違う場所へ赴き帰ってくる。

 それがどれも、花絡みの行き先であることが分かった時には思わず笑みが溢れた。


(やっぱりアリスは何も変わってねぇ)


 もう神としての縛りはないはずなのに、花が好きで花を見ている時は柔らかな顔をする。

 嬉しそうに、幸せそうに。

 その表情を見て、俺は心から安堵したのと同時に思った。


(アリスは多分、この世界にいた方がアリスらしく生き生きと暮らしていける)


 もう、大丈夫そうだ。

 彼女を見ているだけで離れがたく名残惜しかったが、後少しで魔力が回復したら俺は元いた世界へ戻ろう。

 そう、思っていたのに。





(っ、なんでだ……!!)


 なぜ、こんなことになった。

 目の前には、いつも遠くから見守っていたはずのアリス。

 そのアリスが、力なく横たわり、その身体から血を流して倒れている……。

 また、彼女が俺を助けた。

 それも、今度は身を挺して。

 助けられた俺は、無傷で……。


『私達、お互い一人と一匹同士、仲良くなれると思うの』


(……あ)


 アリスは、俺を助けてくれた。

 そして、助けを求めた。


(それなら、俺は……!!)


 今度こそ、魔力が暴走する。

 この前とは違い、意識を手放さないように必死に抗い繋ぎ止めながら、アリスの手に黒猫の手である自分の手を重ねて呪文を唱える。


「運命の神、ソールが命じる。

 ……魔力が全部無くなっても良い。今後一切魔法が使えなくなっても……、いや、俺の存在が消えても良い。

 っ、だから! だから、アリスを……」



 ―――アリスが望む世界へ、連れて行ってくれ……





―――

―――――





「……ル、ソール」

「っ……」


 ハッと目が覚める。

 そこには、夢で見た少女と同じ容姿を持つ人の姿があった。


「……なんだ、女神サマか」


 思わず呟いた俺の腹に、無言で振り下ろされる杖。


「いってぇ! 何すんだよ!?」

「それはこちらのセリフよ。失礼しちゃうわ。

 今日は大事な日だから遅刻するのはまずいのではないかしらと思って起こしてあげたというのに」

「そうか、もうそんな時間か……」


 今日は彼女にとって最も幸福で、最も待ち望んだ日。


(……まさかまたアイツを選ぶなんてな)


「……本当、バカだよなぁ」


 思わず口にしてからハッとする。

 彼女の悪口を言おうものなら、すかさず女神サマの杖が飛んでくるから咄嗟に身構えたが、女神サマは踵を返し氷の騎士を伴って歩き出しながら言った。


「天界のお花、持って行ってあげて。彼女をちゃんと祝ってあげてね」

「はいはい」

「頼んだわよ」


(……言われなくても)


 俺が立ち上がると、花の妖精たちが寄ってくる。

 彼らに祝いの花束を任せて、俺は青空を見上げて伸びをした。


「さて、祝いに行ってやるか」


 誰よりも繊細で、救いようがないほどお人好しな花のお姫サマの元へ。

 彼女も、多分俺も夢見ていた世界を()()()()見届けるために。

本日夜20時頃の更新で最終回です…!

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