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閑話-黒猫の夢①

―――――

―――


 彼女との出会いは、偶然なのか、必然なのか、それとも運命なのか。


「……黒猫?」

(っ……)





 女神から天罰と称して魔法を奪われ、ゼロの状態で人間界へと下ろされた。

 その上この貧弱な身体は食事を欲したため、食べられそうなものを見つけると手当たり次第食べていたのだが、数度人間に見つかりその度に怒声を浴びせられ、投げられ、蹴られ。

 雨に打たれ、空腹や怪我を負ったままおぼつかない足取りで辿り着いた先は、運悪く人間の棲家である庭だった。

 またそれは、()()()()()花の香りに導かれた結果だった。


(もう、終わりだ)


 魔法が使えない俺は、神ではなくただの猫であり、それも今では薄汚い猫であることは鏡を見なくても分かっている。

 脳裏では、そんな俺の姿を見た人間達の罵倒が頭からこびりついて離れない。

 特に、この目の前にいる身なりの良い人間は、明らかに貴族。

 逃げようにも魔法が使えないから逃げられない……。

 今度こそ殺されるとギュッと目を瞑ると。


「貴方は、一人なの?」

(え……)


 声も出せずに倒れていた俺の元へ来た女がしゃがみ込み、俺の顔を覗き込んだことで、ぼやけていた視界が鮮明に彩られる。

 その髪の色と瞳の色は、まるで花と葉の色……って。


(もしかしなくてもコイツ、花の女神の……!?)


 瓜二つのその容姿を見紛うはずもない。

 間違いなく目の前にいる女は、女神から聞かされていた“試練”を受けている女神の娘であり、名前は……。


 ―――……アリス


「貴方ボロボロじゃない。どうしたらこんな怪我をするの?」


(うるせぇ。余計なお世話だ)


 呆れたようなその物言いに、心の中で反論するがあいにく“ニャー”の一言も声も出せないほどに弱りきっていた。

 今では意識を保つのもギリギリというザマだ。

 そんな俺に、アリスは辺りを見回して言う。


「……やっぱり親はいなさそうね。野生は野生のまま、一匹で強く生きていくべきだと思うけれど……」


(……なんだよ)


 アリスはじっと俺を見つめると、何を思ったかヒョイと抱えた。


(!?)


 驚いた俺が最後の力を振り絞って暴れようとすると。


「良いから大人しくして!」


 猫相手に容赦ない大声で怒った彼女の剣幕に怯む。

 彼女は服に汚れがつくのも厭わずに俺を抱き抱えたまま、歩き出しながら言った。


「そんな怪我をしていたら生きてはいけないでしょう?

 その怪我が治るまで私のところにいたら良いわ。エリアス様には私からお尋ねしてみる。

 エリアス様ならきっと、許してくれるわ」

(……なんで)


 どうしてそこまでして俺を助ける?

 今の俺は、神でも話せもしない、薄汚い野良猫なのに。

 そんな思いでいながらも、既に限界を迎えていた俺は、彼女の温かな腕に揺られ簡単に意識を手放した。






 次に目が覚めた時には、俺の身体は包帯でぐるぐる巻きにされ、水や肉などの餌まで用意されていた。

 そうしてその後もアリスは、物言わぬ俺の世話を続けながら、いつしか彼女の相談相手(一方的な聞き役)になっていた。


「エリアス様ってとても凄い方なのよ。魔法が二種類も使えるんですって。……見たことはないけれど」


(俺だって魔法は二つと言わず“運命”にまつわるものならいくらでも使える。何せ神だからな)


「エリアス様は今日も帰りが遅くなるみたい。いつ帰ってくるのかしら」


(そんなの知るか)


 アリスの口から飛び出るのは、いつもいつだって“エリアス様”。

 耳がタコになるくらい聞かされる話に、俺はうんざりしていたのだが、一緒に過ごせば過ごすほど彼女のことを知り、そして“エリアス”のことも知る。


 エリアスは公爵サマで、氷属性の魔法と風の祝福を受けた魔法使い。

 求婚したのはエリアスの方からで、何の前触れもなかったものの、アリス自身もそれに対して疑問を抱かずに嫁いだらしい。

 そして……。


「……エリアス様には好きな方がいらっしゃるそうなの。

 王太子殿下の婚約者様なんですって」


 俺を寝かしつけようとしながら、ある日そんなことをポツリと呟いたアリス。

 月明かりに照らされた彼女がとても幻想的で、思わず見惚れてしまう自分がいたが、その瞳から涙が溢れ落ちたことに気が付きハッとする。

 アリスもまた気が付いたらしく、頬に手をやってから天を仰いで言った。


「あー、情けないわ。そんなことも知らず、私を妻に選んでくれたことに浮かれていた自分が馬鹿みたい。

 やっと……、やっと、こんな私でも愛してくれるかもと思っていたところなのに」


(こんななんて言うな)


 薄汚い猫を拾って、看病して、餌を与えて、世話をしてくれたのは出会った中でアリス、ただお前一人だけだった。

 見返りを求めずに俺を世話してくれた、誰よりも優しくて心が綺麗なのは……。


「……ニャー(アリス)」

「……!」


 アリスがハッと息を呑む。そして。


「っ、あなた、声が出るようになったのね……!」

「ニャッ!?」


 アリスが不意に俺を持ち上げる。

 そして、ギュッと抱きしめ頬ずりをされた。


「良かった……! 元気になったのね!」

「ニャ、ニャー……(苦しい、離せ……)」


 アリスが頬ずりをしたことで、まだその頬が濡れていることに気が付く。

 そして俺を抱きしめたまま、アリスは弱々しい声で口にした。


「……もう、これでお別れよね」

「……ニャ?(え?)」


 言葉は通じていないはずなのに、アリスは答えるように言った。


「だって、これ以上いたら離れがたくなってしまうもの。

 さすがにあなたも、一匹で生きていけなくなってしまうわ」

「…………」


 アリスの言葉に思わず口を噤む。


(そうだ、本来俺は神で、神々の出した試練中の彼女とは関わってはいけない。

 そもそも一緒にいる方がおかしい。……なのに、どうして)


 ―――こんなにも、彼女のそばは居心地が良いのだろうか。


「……やっぱりここに残って。良いでしょう?

 私達、お互い一人と一匹同士、仲良くなれると思うの……」


 弱々しい、アリスの声。懇願するような切実なその言葉に、俺は彼女の温かな腕の中で我ながらどうかしていると思いながら、そっと目を閉じた。





 アリスと、黒猫である俺の生活は楽しかった。

 アリスも黒猫として俺を可愛がってくれるようになったし、心からの笑顔も徐々に増えていった。

 ただし、いつも不思議に思っていたのは、アリスが夫であるというエリアスには素を見せないこと。

 まるで媚を売るような真似をして、自分を取り繕って無理をしているように見えるのだ。


(そうか。アリスは、エリアスからの愛情を願っている……、好かれようとしているのか)


 だが俺の目には、それは逆効果のように映った。

 アリスを見るエリアスの目は、いつも厳しく凍てついていたからだ。

 信用していないというような、そんな目でエリアスは彼女を見ていた。

 まるで彼女が()()()()()()()()()()()()()()()()ような顔をして。


(もうすぐ……、尽きていた魔力が声を出せるほどまでには戻る。

 その時に俺の正体を明かす……のはマズイから、とりあえず喋れる猫ってことにして伝えてみるか)


 ここまで世話をしてくれた彼女に感謝を伝えたい。

 それから、彼女のためになることをしたい。

 そんなことを漠然と考えていた。

 あの悲劇が、起こるまでは。





黒猫の俺様神様視点は、次話まで続きます。

そして、来週26日木曜日は朝、夜と2話更新をさせていだき、夜の更新で完結予定です…!

是非最後まで、お読みいただけたら嬉しいです!

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