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第五十七話

ついに最終編となります…!少し長めです。

 澄み渡る青空の下。

 パチン、パチンとお花の茎を花鋏で切る音だけが静寂の中で響く。

 そして。


「出来ましたわ!」

「私も出来ました!」

「私も。見ていただけるかしら?」


 ミーナ様、フェリシー様、ヴィオラ様の言葉に、私は笑顔で頷いた。





 あの日……、魔物達と闘い、女神様とお話をして、祝福を受けてから二ヶ月ほどが経とうとしている。

 あの日一日で起きたことがあまりにも多くありすぎて、この二ヶ月は後始末に追われていた。

 後始末といっても、女神様のお力のおかげで戦場となった城下や辺境の地で損傷を受けた箇所は元通り以上に綺麗になっており、また人々が戦いで負った怪我もなかったことのように治っていたらしい。

 そのため、戦後の後処理というよりは、主に私達の周囲の環境整理を行っていたら、怒涛の日々が過ぎていった。




「大変だったわね、この二ヶ月間」


 いけばなを終え、改めてお茶会を始めると、ヴィオラ様が一息吐きながら口にした言葉に、ティーテーブルを囲った皆がどこかゲッソリとした顔をし、ミーナ様が言葉を受け継ぐように言葉を発する。


「そうですわね。私は神々からの祝福は受けておりませんけれど……」

「「「ごめんなさい」」」

「い、いえ、お謝りになることではないのですよ!? むしろ喜ばしいことですわ!

 皆様のお披露目のお衣装をお作り出来るという、これ以上ない名誉をいただいたのですから」


 ミーナ様の口から飛び出た“お披露目”という言葉に、私は思わず天を仰ぐ。

 それを見たヴィオラ様はふふ、と笑って言った。


「アリス様は今、時の方よね。あの女神様のお力を受ける御夫人は何者だと、貴族だけでなく平民の方々もあなたに興味津々のようだわ」

「あのお披露目と称した一日だけは忘れません……」


 そう、この二ヶ月の間で一度だけ、祝福を受けた五人の名誉を称え、お披露目をするという盛大な式典とパレード、そして夜会が行われた。

 その日一日だけ、私は公の場に姿を現したのだけど……。


「前もってエリアスからも注意されていたので、常にエリアスの側から離れないようにしていたのですが……、想像以上、でしたね……」


 私が公の場に姿を現した瞬間、あっという間に人々に取り囲まれた。エリアスがついて庇ってくれていなかったらと思うと、改めてゾッとする。


「無理もないですけどね! 街や人々を一瞬で元通りにしてしまった女神様から祝福を受けるなんて……、さすがはアリス様です!」

「火の神から祝福されたフェリシー様も凄いけれど……、ありがとう」


 そう言葉を返すと、ヴィオラ様も同調するように頷く。


「確かに、魔物との交戦で少なからず損傷を受けた人々や建物を一瞬で直してしまったのだもの。

 その力の担い手である女神から祝福を受けたのだから、皆があなたを崇めるのも無理はないわ」

「……私としては、崇めないでそっとしておいて欲しいのですけどね」


 ポツリと呟いた言葉に、ヴィオラ様は少しだけ目を見開いた後笑って言った。


「そうね。そうやって驕らない貴女だからこそ、花の女神が祝福を授けたのかもしれないわね」


 ヴィオラ様の言葉に皆がうんうんと頷く。

 私はその空気感に耐えられなくなり、慌てて話題を変えた。


「そ、それを言うなら凄いのはエリアスの方だと思います! 氷の神からの祝福を授けられただけでなく、風の妖精からの祝福されているのですから」


 私の言葉に、ヴィオラ様は頷いて言う。


「そうね。その上、ロディン様は魔法だけでなく“光”不足を魔法に頼らず、別の方法で作ることが出来ないかを提案してくれた。その提案のおかげで、少しずつではあるけれど着実に実現への道を辿っている。

 私達が生きている間になんとか実現出来るよう話し合いながら、実験も同時に行なっているわ」


 ヴィオラ様の言葉にカップを持っていた手が一瞬震える。


(で、電気のことよね。私の名前が表に出ることがないよう、エリアスが発案者となり、リオネルさんにも協力を仰いでいるという……)


 事情を知っている私は冷や汗が止まらずにいるのをよそに、お二人がそのお話に前のめりになる。


「光魔法に頼らない別の方法だなんて、画期的ですわよね!」

「はい! 発明することが出来ればかなり便利になるし、凄いことだと思います……!」


 ミーナ様の言葉に続いたフェリシー様とヴィオラ様だけ、私に意味深な視線を向けるけれど、私は素知らぬ顔をしてカップに口をつけ、視線から逃れるように顔を隠したのだった。





 夜。

 キィッと扉が開き、申し訳なさそうに顔を覗かせたその姿を見て自然と笑みを溢して名前を呼ぶ。


「エリアス」

「遅くなってすまない。話したいと言っておきながら、こんな時間になってしまって……」

「気にしないで。本を読んでいたから大丈夫。……それよりも」


 私がじっと言葉を待っていれば、エリアスは少し笑って口にする。


「ただいま」


 その言葉に、笑みを浮かべて返した。


「お帰りなさい」


 この二ヶ月、色々なことがありすぎたのは、エリアスも同じだった。

 同じ、というよりは、注目の的となってしまうであろう私を庇うようにエリアスが表に立ってくれていたこともあり、彼の仕事と負担が多く、私と顔を合わせる時間も殆ど皆無に等しいくらいの忙しさなのだ。

 だから、今こうして夜二人きりでいるのが……。


「何だか緊張するな。久しぶりだからか?」


 エリアスの口から飛び出た言葉に、私も小さく笑って頷いてみせる。


「そうね、怒涛の日々だったから……。とにかく座って。私の分まで働いてくれているから疲れたでしょう?」


 そう言って立ちっぱなしのエリアスをベッドに座らせ、隣に座るとじっと彼が私を見つめてくる。


「……なに?」

「いや……、相変わらず無防備だなと思って」

「!?」


 思わず後ずさった私に、エリアスは耐えきれないと言ったふうにふはっと笑う。


「良かった。少しは意識してくれているみたいで」

「〜〜〜い、意識していないわけではないわ。その……」

「ん?」


 エリアスの笑みに余裕があるのが少し悔しくて。

 髪の毛を自分の顔を隠すように持って呟く。


「……寂しかったから、嬉しくて」

「……っ」


 エリアスが息を呑んだのが分かる。

 そして訪れた沈黙に、恐る恐るエリアスを見ようとしたのも束の間、彼の腕の中にいた。


「エッ、エリアス!?」

「こんな状況で、そういう可愛いことを言わないでくれ……。どうにかなってしまいそうだ」

「どうにかって」


 尋ねようとしてハッとし、慌てて口を噤む。

 その意味がこの状況で分からないわけがないと、一気に顔に熱が集中する私の耳元で、エリアスは言葉を続けた。


「大丈夫。今は何もしない」

「い、今は!?」

「だが、俺も君とまともに時間を取れず寂しかった。苦痛だった。だから、今はこのままで」


 エリアスはそう言って抱きしめる腕を強めた。

 私もその背中に腕を回し、彼の鼓動を、体温を感じてそっと目を閉じたのだった。




「それで、今日は久しぶりに君の夢でもあったいけばなを皆に教えたんだろう? どうだったんだ?」

「皆とても上手だったわ。……天界でも妖精さん達にいけばなを教えたのだけど、あの時はその、大変だったから……。それと、光に代わる“電気”の話をされて生きた心地がしなかったわ」

「はは、目に浮かぶな」

「わ、笑い事じゃないのよ! 私だって全然詳しくないのに、まさか一言でこんなに大事(おおごと)になるとは夢にも思わなかった……」


 先ほどのこともあり、少しぎこちなく始まった会話だったけど、それが何だか穏やかでとても心地が良くもあって。

 談笑しながら、話題はエリアスの公務の話題に移る。


「エリアスの公務は今どうなっているの?」

「公務内容自体は決戦前後とあまり変わっていないが……、そうだな、君にとってはあまり喜ばしくないことが起こっている」

「……私が神格化されているっていう話?」

「知っていたのか?」

「ヴィオラ様から教えていただいたの……」


 顔を手で覆った私にエリアスは笑う。

 それを少し恨めしく思いながら言葉を発する。


「笑い事じゃないのよ!? 私、これでは城下を一生歩けないわ」

「なぜだ? 君は悪いことをしていない。

 ……確かに、城下を一瞬にして元通りにした花の女神が祝福をした君に注目は集まっているが、誰も君が花の女神の子だとは夢にも思っていないし、むしろ、神々からの祝福を受けたこと自体君がいなければあり得なかったことだ。

 自分を誇りに思い、胸を張って堂々としていれば良い」

「……それは、そうなのだけど……」


 複雑な心境でいる私の両手をエリアスが握る。

 そして、私の顔を覗き込むようにして言った。


「それにこの力は、他ならない花の女神である君の母からの贈り物なんだ。

 君を心から心配し、支えとなるように贈られた力を君自身が使わなかったら、花の女神も悲しむんじゃないか」

「お母様からの、贈り物……」


 そう呟き、そっとエリアスが握ってくれた片方の手を広げると、音もなく部屋の中に花々が浮かび上がる。

 その幻想的な光景を見たエリアスが、ポツリと呟く。


「……綺麗だな」

「……えぇ」


(お母様から贈られた、お母様と同じ力……)


 そんなことを考えながら花々を見つめていると、不意にその横にポゥッと別の光が出現する。


「えっ」


 思わずそれを凝視すると……。


「……氷の結晶? これって」


 エリアスを見やれば、少し得意げに彼は笑ってみせてから言う。


「俺も君が喜んでくれたらと思って習得した。

 ……ずっと、この魔法のように寄り添い、隣にいられるように」

「……っ!!!」


 エリアスの真っ直ぐな言葉が、柔らかく温かな表情が、胸に詰まって上手く言葉が出てこなくて。

 代わりに、想いが溢れて涙となって頬を伝い落ちたのを、エリアスは指先で掬ってくれながら言葉を紡いだ。


「随分と回り道をして、遅くなってしまったが。

 アリス。俺と結婚して欲しい」

「っ……、もう、結婚しているけれど?」

「あぁ、そうだな。だが、今度は“契約”としてではなく、正真正銘本物の“夫婦”として結婚して欲しい。

 ずっと……、今度こそ死が二人を分かつまで……、いや、叶うのならば来世も、その先も共にいたい。

 もう、()()()離れることがないように」

「……!!!」


 エリアスの瞳から一筋、頬を伝い涙が零れ落ちる。

 彼が目にしているものが、考えていることが、聞かずとも手に取るように伝わってきて。

 私も瞳からとめどなく涙が落ちるのを感じながら、私に出来る最高の笑顔で応えた。


「えぇ。もう二度と、離さないでね」

「……っ、あぁ。約束する。そんな愚かで馬鹿な真似はしない。一生、大切にする」

「絶対よ?」

「あぁ、絶対だ」


 念を押して確認して。やっと安心した私が勢いよくエリアスに抱きつけば、エリアスは力強い腕で受け止めてくれて。

 泣き笑いしながら見上げれば、至近距離で目が合う。

 そしてそのまま吸い寄せられるように、どちらからともなく唇が重なって……、二度と離さないと言わんばかりに触れるだけだった唇が、甘く深いものに変わっていくのと比例して、これ以上ない幸福に満たされていくのだった。

来週、再来週のお話は、視点切り替えの真相兼回想シーンとなります。

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