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第五十三話

「ソールの言う通り、私、面倒なことは嫌い」


 そう口火を切ってから、でも、と続ける。


「私にはやらなければいけないことも、やりたいこともまだまだたくさんある。

 それは、ここに残ることを選んだら絶対にできない」


 目を閉じれば浮かぶのは、私の大切で、大好きな人達。

 それから……。


「私は、エリアスとこの先もずっと、一緒に生きたい」

「「……!」」


 ソールだけではなく後ろにいるエリアスが息を呑んだのが分かる。

 私は今度こそ、ソールを見上げて言葉を発した。


「あなたには、きっとまた呆れて笑われてしまうだろうけど。

 他ならない私の運命を覆してくれた……、私の居場所を作ってくれたあなたは、私がこの選択をすることを分かっていてもう一度尋ねてくれたのよね」

「…………」


 ソールは何も言わない。だけどそれは、彼なりの精一杯の“答え”なのだろう。

 だから私も、最後まで私の味方でいてくれた口が悪くて不器用な黒猫の神様に、誠意を持って言葉を尽くす。


「私は、もう迷わない。自分が選んだ道に誇りを持ってこれからも生きていく。

 あなたがくれた命を、決して無駄になどしないと誓う。

 だから……、これからも見守ってくれたら嬉しい」


 私の言葉にソールが目を瞠る。そして。


「バカだとは思ってたが、本当にお前は救いようがねぇな。

 ってか、これ以上子守なんてごめんだ」

「そう言いながらもとても面倒見が良くて優しい神様だって私は知っている。

 ……だってあなたは()()()()()()()()()()、私の味方でいてくれたのだから」

「っ、お前……」


 ソールの夜空色の瞳が見開かれる。

 ソールが何か言いかけたのを遮るように、握った両手に力を込めて告げた。


「ありがとう、ソール。あなたには何度お礼を言い尽くしても足りないくらいだわ」


 そう口にすれば、ソールは見たことのない満面の笑みを浮かべていつものように軽口を叩いた。


「ばーか。それはこっちのセリフだ」

「ふふ、ではお互いさまってことで」


 そうして笑い合ってから、そっと手を外してソールに微笑んでから、今度はその場で反転して後ろを振り返る。

 目が合ったのは、他ならないかけがえのない私の最愛の人。


「エリアス」

「!」


 私は彼に向かって右手を差し出すと、にこりと笑って口にした。


「これからも、末永くよろしくね」

「……っ、あぁ」


 エリアスは泣きそうな顔で破顔し、私の手を取る。

 それを見ていた女神様は、「そう」と息を吐き静かに言葉を発した。


「それがあなたの選んだ答えなのね」


 女神様の表情に少しだけ悲しげな色が見えるのは、きっと気のせいではない。

 それでもこの気持ちは曲げられないと頷けば、女神様は一度目を閉じてから次に目を開けたときには笑みを浮かべ、力強く頷いてくれる。


「分かったわ。あなたが決めたことなら、私はたとえ誰に何と言われようと全力で応援する。

 だってあなたは、私にとって何物にも代え難い大切な宝物なのだから」

「……女神様」


 女神様の表情から、私をどれだけ想ってくれているかが伝わってくる。

 また、私がここにいることを選ばなかったことで女神様とは会えなくなってしまうということも。

 女神様は私をじっと見つめてから、「一つだけ」と口を開く。


「お願いしても良いかしら?」


 女神様の問いかけにゆっくりと頷くと、女神様は恐る恐るといったふうに言う。


「こんなことをお願いするのは図々しいと分かっている。けれど……、一度、“お母様”と呼んでくれないかしら……?」

「……!」


 その言葉に私は……。


「……そんなこと……」

「!? 嫌なら無理しなくて大丈」

「嫌なわけがないです。許してくださるなら、何度だって言います」


 私の言葉に驚き目を見開く、私と同じ瞳の色を持つその方に向かって微笑み、言葉を発した。


「お母様」


 そう噛み締めるように言葉を発すれば、お母様にギュッと力強く抱きしめられる。

 ふわりと掠めた花々の香りは、やはりどこか懐かしい、落ち着く香りで。

 私も自然とその背中に手を回して抱きしめ返してからそっと離れると、お母様の瞳には光るものがあって。

 お母様はゆっくりと言葉を紡いだ。


「アリスがこんなに大きくなって帰ってきてくれるなんて。夢みたいだわ」

「……私も」


 今まで苦しかったこと、辛かったこと、嬉しかったこと、幸せだったこと。

 全てが走馬灯のように蘇り、言葉の代わりに涙が溢れ出す。

 お母様はそんな私の頭を撫でてくれてから言った。


「こうしていると離れがたくなってしまうけれど、たとえ会えなくても、私もあなたのことをずっと見守っているわ」


 お母様の言葉に涙が止まらないまま頷くと、私の両肩に大きな手が乗る。

 それと同時に、お母様がその手の主に向かって声をかけた。


「アリスをよろしくお願いします」

「はい、もちろんです。命を賭してでも守り抜きます」


 お母様の言葉に迷いなく返したエリアスに向かって思わず声を上げる。


「それは駄目よ! 先ほど一緒に生きるって約束したばかりでしょう!?」


 そんな私の言葉に、なぜだかエリアスだけでなくその場にいた皆に笑われてしまって。

 どうして笑うのか分からないでいる私をよそに、お母様は努めて明るく言った。


「さて、名残惜しいけれどそろそろ時間ね。

 ソール、時魔法を解除して。

 アリスとエリアスさんを元の世界へ送り届けるわ」

「りょーかい」


 ソールが指を鳴らし、お母様が杖を空に向けたのと同時に、私とエリアスを中心に花弁が円を描き空を舞う。


「「わっ……!?」」


 何が起こっているのか分からずエリアスが庇ってくれたけれど、“癒し”の魔法である花の香りが鼻腔を掠めたことで、突如睡魔に襲われる。

 朦朧とする意識の中、お母様の声が脳裏に響いた。



 どうか忘れないで。あなたは……―――






「……ス、アリス」

「ん…………?」


 名を呼ばれ、意識が浮上したのと同時に感じたのは、ひんやりとしていて固く冷たい石の感触。

 瞼を開けて視界に飛び込んできたエリアスにホッとしながら、ぼやけた意識のまま尋ねた。


「ここは……?」

「城下だ。皆眠っている」


 エリアスが示した方角を見れば、確かに共に戦った仲間達を含め、貴族や平民問わずたくさんの人々が眠ってしまっていて。


「どうして、皆でこの場所に……?」

「分からない。まあ、こんな大胆なことが出来るのは、俺達を送ってくれたあの方々以外に考えられないが……」


 皆が眠っているとはいえ、エリアスがそう声を顰めて口にしたのと同時に、パァッと眩しいほどの太陽が、地平線から姿を現し街を照らしていく。

 あまりにも幻想的な光景に目を奪われていると、よく知る温かい声が明るみ始めた空に響いた。


『皆、目を覚まして。長い夜がようやく明けたわ』








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