第十四話
「無事か」
そう言って現れたのは、紛れもない彼だった。
「エリアス様……」
その姿を見て思い出す。彼は“天才”だということを。
本来魔法は、一人一属性しか扱うことが出来ない。しかし、エリアスは違う。
エリアスが使える魔法は、ロディン公爵家が受け継ぐ氷属性、そして。
(風の妖精からの祝福を与えられたことによる、風属性)
つまり彼は、妖精にも愛された天性の魔法使いなのだ。
「も、申し訳ございません!!」
「お怪我はっ、お怪我はございませんかっ!?」
その侍従達の声にハッとし、振り返って口にする。
「ララ、ケガはない!?」
「アリス」
「!」
ララの返答を聞くことなく、耳に届いた聞いたことのない低い声音に、背筋が凍るほどの感覚を覚える。
振り返ると、エリアスが静かに怒っているのが伝わってきて。
彼は私から目を逸らすと、口を開いた。
「……アリス、執務室に一緒に来い」
「え……」
「それから、君達には後で話を聞く。それまでに仕事を終わらせておけ」
「「か、かしこまりました!!」」
私と目を合わせることなく、私と、黒カーテンを落としてしまった二人の近侍に向かってそう告げると、彼はさっさと歩き出す。
「お、お待ち下さい!」
そう言ってその背中を慌てて追いかけるけど、エリアス様は私の方を見ることなく足早に廊下を歩く。
(足の長さは違うし、私はドレスを着てヒールまで履いているし)
「あの」
せめてもう少しゆっくり歩いてほしいと声をかけようとするけど、彼は無視するばかりで。
その姿にカチンときて怒鳴った。
「あの!!」
「……」
私の怒鳴り声に、ようやく彼が振り返る。
冷ややかなその瞳に怯むことなく怒りをぶつけた。
「どうしてそんなに怒っていらっしゃるのですか? 私が何かしましたか?」
せめて何に対して怒っているのか知りたい。全く心当たりはないが。
そう思って尋ねれば、彼ははーっと大きくため息を吐き言った。
「部屋に着くまでに自分で考えろ」
「……はあ!?」
そう言ってまたスタスタと歩き始める彼の背中を追いながら、頬を膨らませて思った。
(本っ当に面倒くさい!!)
執務室に着き、部屋の扉が外に出たカミーユによって閉じられたのを確認し、エリアス様は私に向かって尋ねた。
「それで、答えは分かったか」
それに対し、私は笑みを浮かべて答えた。
「いえ、全く」
そんな私を見た彼は目を見開くと、さらに口調を強めて言った。
「分かった。では、質問を変えよう。……どうして侍女を助けた?」
「どうしても何もありません。危ないと思った瞬間、咄嗟に身体が動いておりました」
「どうして自分を優先しない?」
その言葉に怒りを覚えた私は、口を開いた。
「では、あのまま彼女を見殺しにするのが正解だったと、そう仰るのですか」
「!」
エリアス様が息を呑む。
(あの時、ララはカーテンが落ちてきたことに気が付いていなかった。
もし、あのままカーテンが落ちてきていたら……)
私の言葉に、彼もまた怒気を強めて返す。
「違う! 君も二人で助かるようにどうして動かなかったのかと言っているんだ!
君もララと共に避ければ良かっただろう!?」
「……!」
私はその言葉にハッとすると……、口元に手を当て、考えを巡らせながら言った。
「……なるほど、確かにそうすれば良かったのかもしれませんね」
その考えに至らなかったことに気が付いた私に、彼は頭を抱えて言う。
「本当に君は、突拍子もないことをする……」
「し、仕方がないでしょう? 咄嗟に判断したんですから。それよりも」
私はエリアス様の瞳をまっすぐと見ると言葉を発した。
「ありがとうございます。助けてくださって」
「……!」
心底衝撃を受けた、という表情をする彼に向かって、眉を顰めて口にする。
「何ですか、その顔は」
「いや、君でも素直に礼を言うことがあるんだなと」
「どういう意味ですか!」
「そのままの意味だが」
「……もう!」
いちいち失礼なことを言われている気しかしない、と腕組みをし、そっぽを向いた私の耳に届いた言葉は。
「こちらこそ、ありがとう」
「え……」
驚き視線を戻せば、彼が穏やかに微笑んでいて。
「……っ」
その表情に思わず目を瞠った私に、彼は続けた。
「邸の者を身を挺して守ってくれて」
そんなことを急に言うものだから、何だか調子が狂ってしまい、視線を外して答える。
「わ、私ではなく貴方が助けたのでしょう? それに、先程まで怒っていらっしゃったじゃないですか」
私の言葉に、彼は「あぁ、そうだな」と相槌を打ってから、「でも」と言葉を続けた。
「そういう君だからこそ、俺は君との“契約結婚”を選んだのかもしれない」
「は……」
何を言われているのか分からず返答に困る私をよそに、彼は「さて」と話を変えた。
「今日中にカーテンを取り替えなければな。よし、俺も手伝うとしよう」
「!? え、エリアス様が手伝うのですか!?」
「どうして女主人となる君が良くて俺が駄目なんだ」
「だ、だってエリアス様にはお仕事が……」
私の言葉に、彼はニッと悪戯っぽく笑って言った。
「俺を誰だと思っている? こう見えて、魔法使いだ」
「「申し訳ございませんでした!!!」」
私とエリアス様が玄関ホールへと戻ると、真っ先に黒カーテンを落としてしまった近侍の二人が、土下座をして謝罪してきた。
そのため口を開こうとしたが、それをエリアス様に制され、代わりに彼が答える。
「わざとではないとはいえ、俺の妻となる人を危ない目に遭わせたことについては反省してもらわなければならない。
本来ならば厳しい処罰を与えるべきだが、彼女が悲しむため、今回は減給で済ませることにする。次はないと思え。分かったか」
「「は、はいぃぃ!!」」
可哀想なくらい怯え、反省している彼らなので大丈夫だろうと思った私を一瞥してから、エリアス様は侍従達に向かって言った。
「というわけで、こんな真似にならないよう、残りのカーテンは俺が替えるとしよう」
その言葉に、侍従達の顔色が変わる。
どうして、と疑問に思う間もなく、彼は私を呼んだ。
「アリス」
「は、はい」
戸惑う私に、彼はまた悪戯っぽく笑って言った。
「見ていると良い。俺の魔法は一瞬だからな」
「……!」
彼がスッと右手を翳す。その先には、まだ付け替えられていない黒カーテンと、畳んである新しいカーテンとが並べられていて。
そして、彼は呟いた。
「……風よ」
そう呟いただけで、彼の手から銀色の光の粉と共に、柔らかく暖かな風が発生する。
そして、その風に導かれるように黒カーテンは外され、先程皆で選んだ新しいカーテンが次々と替えられていき……、ほんの僅かな時間で見える限り全てのカーテンが取り替えられていた。
それを見て、エリアス様が笑って言う。
「カーテンは水色にしたんだな。確かに君の言う通り、カーテンを替えるだけでこれほど印象が変わるとは驚きだな。……アリス?」
「す……」
「す?」
私はパッと彼を見上げると、興奮冷めやらぬままに口にした。
「素敵ですわ! これが魔法の……、妖精の祝福の力なのですね! 凄い!!」
「……!」
転生してから初めて魔法が実際に発動するところを見た。
いえ、正確にはエリアス様に助けてもらった時も彼の氷属性の魔法を見たけれど、あの時は気が動転していたのと一瞬のこと過ぎて、正直あまり覚えていない。
だけど今改めて、小説では文字だけだった光景が、まさかこんなに間近で見られるとは思わず、はしゃいでしまう私に対し、エリアス様が突然声を上げて笑った。
「ふっ、ははは!」
「!?」
その無邪気な笑い声に驚く私に対し、彼は一頻り笑った後言った。
「君は本当に、素直な女性なんだな。その反応は新鮮だった」
「……!」
その柔らかな表情と言葉に見惚れてしまっていたその時、後ろからコホンと咳払いが聞こえてきた。
そちらを見ると、カミーユが呆れたようにこちらを見て口にする。
「エリアス様、アリス様に良いところを見せたいというお気持ちは分かりますが、侍従達の仕事を奪わないでください」
「ち、違う!」
エリアス様は否定しているが、私は別のことに対して納得した。
(なるほど、だからエリアス様が手伝う……つまり魔法を使うと言った時、侍従達が微妙な反応をしていたのね)
それが分かり、思わずふふっと笑みを溢したのだった。
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