第五十話
お時間をいただいたおかげで少しずつ書き溜めが出来たため、毎週木曜日朝8時に投稿できそうです…!
愛されない悪役令嬢の世界、最後まで二人の行く末を見届けていただけたら本当に嬉しいです。
「私は花の女神として、創世の女神と同じ“花”と“癒し”の魔法を受け継ぎ、神々の頂点に立つ女神として五百年もの間そのお役目を担ってきた」
「「五百年!?」」
思わず声を上げた私達に、女神様はクスッと笑ってから言った。
「ふふ、良い反応ね。人間から見たら確かに驚くことかもしれないけれど、神に“死”はないから永遠の時を生きることが出来るわ。
創世の女神だってもう数千年の時を生きているけれど、人に魔法を授けるよう命じてからすぐ女王の座を引退して、今では人間界にお忍びで訪れるなどしてそれはもう元気に活動しているそうよ」
「「…………」」
あまりにも壮大な話に唖然としていると、女神様は「話を戻すわね」と言ってから説明を続ける。
「私もそろそろ引退しようと考え、私の跡を継ぐ神々を統べる次代の女王を育てようとした。
それがアリス。他でもない、私が自らの魔法を注ぎ花から生まれたあなたなの」
「私……」
じっと私と同じ瞳でこちらを見つめるその顔は、確かに鏡の中に映る私とよく似ていて。
女神様は、「もちろん」と目を逸らさずに、慈愛に満ちた表情を浮かべて言った。
「跡を継がせることだけを考えていたのではなくて、あなたを娘として育てたいと思った。
人の子と同じように、親子として愛情深く育てたいと。
生まれる前からずっと、そう思っていた」
「……っ」
膝の上に置いていた手が震える。
「でも結局は、我が身可愛さに手放した」
ソールが腕組みをして睨みつけながら言い放った言葉を、女神様は物凄い速さで否定した。
「違う!!!!」
「「!?」」
あまりの声の大きさとその剣幕に驚き、怯んだ私とエリアスに気付いた女神様は、ハッとしたような表情をしてから「ごめんなさい」と謝ると、俯き気味に言った。
「……いえ、そうよね。ソールの言う通り、結局はアリスを手放し、謝っても許されないような辛い目に幾度も遭わせてしまった。
本当に、ごめんなさい」
女神様が頭を下げる。一瞬見えたその目には涙が流れているのを見て、私は慌てて口にした。
「お顔をお上げください! ……何か、事情がおありだったんですよね。
それを、お話いただけますか」
「……えぇ、もちろん」
女神様はそっと顔を上げる。
やはりそのお顔は涙で赤くなっているを見て、胸が締め付けられるように痛くなる。
女神様は深呼吸をしてから、口を開いた。
「……今だから言えるけれど、もし私がアリスを手放していなかったら、アリスは魂ごと神々に消されてしまうところだったの」
思いがけない言葉に目を瞠り、尋ねる。
「それは、どうして」
「神々の中にも人間で言う年功序列的なところがやはりあって、五百年の時しか生きていない私は神々の中でも若輩者の内に入る。
そんな私が神々の頂点に立っていることをよしとしない者は多くて。
創世の女神は、圧倒的な実力と魅力的な人柄で一目置かれる存在だったけれど、今代の私になってから裏では、長年同じ属性の者が統べるのは良くない、もっと相応しい別の属性の神にその座を譲るべきだと言う意見があったそうなの。
そこに私が次代の女王を生まれることを発表したら、周囲から非難されてしまって……、何度も会議を重ねた末、皆が納得した結論は、アリスが神々が提示した“試練”に受かることだった」
女神様の表情は暗い。
当時のことを思い出しているのだろうと思いながら、じっとその言葉の続きに耳を傾ける。
「もし“試練”を受けなかった場合は、神の頂点に立てないよう即座に芽を摘む……、つまり、アリスの存在自体を消されてしまうことを意味していた。
その中で唯一アリスが助かる方法は、“試練”を受け、自らの力で合格してもらうことだけだった」
「……その“試練”とは」
私の問いかけに、女神様はようやく私と目線を合わせると、静かに言葉を発した。
「“試練”の条件は二つ。
一つ目は、一人で人間界へ行き人間として育ち、魔力も人望もゼロの状態から花の妖精に愛され、“祝福”を受けること。
そしてもう一つは、魔物と人間の関係を修復させること。
この二つよ」
「!!」
息を呑む。確かに、私がまさに転生してから経験したことが条件だったのだから。
女神様は悔しそうに顔を歪めて言う。
「はっきり言って無理だと思ったし、怒りを覚えたわ。
常に人間を見下しているくせに、生まれたらすぐ赤子であるあなたを、たった一人きりで人間界で過ごさせろと言うんだもの。
それも、花の女神として育つはずだったあなたの魔力を失わせ、何もないところから妖精に愛されなければならない。
その上、神々でさえも誰一人成し遂げられなかった“魔物と人間の関係修復”までが条件なんて……、アリスの生涯が茨の道であることを、生まれる前から提示されたも同然だった。
そうして、あなたが生まれる前から辛い目に遭わせることを認知した私は、選択を迷い続けた。
……それは選択した今でも、ずっと思い続けていること」
女神様は俯きがちに口にする。
「私に出来ることは、最大限手を尽くしたつもりだった。
人間として暮らすなら、誰よりも子供を愛してくれる人を。
それから、あなたを助けてくれる……残酷な運命さえも覆してくれるような存在をと、違反ギリギリのことまでして」
女神様はそう言いながら、隣にいるソールを見やる。
(私の“運命”を覆してくれる存在……)
女神様の言葉を心の中で反芻していると、女神様は「でも」と口にする。
「結局はあなたを苦しめることになってしまった。
取り返しのつかないくらい、辛い現実をあなたに突きつけてしまった。
……こうして大きくなったあなたに会えたことも、私の力では到底及ばなかった。
そもそも、選択を誤り続けた私にはあなたに合わせる顔がない……」
女神様はついに、顔を両手で覆ってしまう。
そんな女神様に向かって、気が付けば私は口にしていた。
「そんなことを言わないでください」
「え…………」
女神様は覆っていた手をそっと外してこちらを見やる。
私はその瞳から視線を逸らさずに言葉を発した。
「女神様が私を生むのを決意してくださったこと自体を後悔し、誤りだったと仰るのであれば、生きるよう選択された私の運命は、全て誤りだったということになってしまいます」
「!」
「ソールのこともそうです。私達の存在は、決して誤りなんかではない。
……確かに私自身間違えたことも、周りに迷惑をかけてしまったことも沢山あるけど、今こうして……、ソールやエリアス、皆のおかげでここにいる。
過去にどんなことがあろうと、今の私は、皆に支えられて、支え合ってこうして生きています。胸を張って幸せだと言えます。
それは、積み重ねてきた過去の一つ一つがあるから……、何か一つでも欠けていたら、きっと私はここにいなくてもおかしくはなかった」
だから、と女神様にこの思いが伝わるよう、胸の前でギュッと手を握りしめて言った。
「私を生む決断をしてくれて……、私を生み、私のために手を尽くしてくださって、ありがとうございました」
そう言って頭を下げれば、女神様に顔を上げるよう言われる。
その言葉に顔を上げれば、女神様は涙交じりの温かい眼差しで言った。
「アリス。こんなに頼りない母親だけれど、私はあなたを愛しているわ。
私の娘に生まれてきてくれて……、精一杯生きてくれて、本当にありがとう」
「…………っ」
女神様の表情とその言葉に、涙が一筋頬を伝い落ちるのを感じながら頷き、笑ってみせたのだった。