第四十七話
(エリアスが助けに来てくれて嬉しい。けれど、城下の方は)
安堵から思わず抱きついた私の身体を魔法陣の上にそっと下ろしてくれてから、エリアスが私の心を読んだかのように言う。
「城下の魔物は一掃して今は落ち着いている。もちろん、民が避難している結界への侵入も許していない。ちなみに、魔法使い含め誰一人怪我もしていない。アリスのおかげでな」
「!」
エリアスの言葉にハッとし見上げ、震える声で口にする。
「……魔法は成功したのね」
「あぁ。やはり凄いな、アリスは。俺の方こそ助けられた。ありがとう」
「……っ」
思わず流れた涙を、エリアスはそっと親指の腹で拭ってくれながら「さて」と言葉を続けた。
「話したいことは山ほどあるんだが、状況が状況だから整理しよう。
魔物の多くがこちらにいるだろうからと、国王陛下の命でここへ来たが……、多くいるどころではないな、この数は」
眉を顰めたエリアスの視界を辿るようにそちらを見やれば、彼の言う通り先ほどよりも明らかに魔物の数が増えていて。その光景を見て一瞬にして身体から血の気が引く。
「っ、お二人は」
「大丈夫だ」
エリアスが下を指差す。そこには、エドワール殿下とフェリシー様が二人……倒れたままのヴィオラ様とリオネルさんを介抱していて。
エドワール殿下は私達の視線に気が付くと、大きく丸を作った。
それは、お二人共無事だということを表しているのだろう。
「良かった……」
ホッと呟いた私にエリアスは一瞬優しく微笑んでくれてから、「それで」と魔物に再度視線を戻し尋ねた。
「どうする? 今のところ君のおかげで俺の魔力はあまり消費していないが……、君の方は?」
「私もあまり消費していないわ」
「……それは、凄いな」
離れた場所で戦っていたエリアスもまた、魔物達となるべく戦わずして勝つための私達の戦略を知っている。だからこそ心底驚いたような表情をしたエリアスに向かって、「引かないでね」と冗談交じりに笑った後言った。
「でも、いくら魔力があるとはいえ、このまま戦い続けるのははっきり言って時間と労力の無駄だと思うの。
……少しは魔物達が諦めてくれるかなと思っていたけど、こんな状態だものね」
「そうだな。確かに聞く耳を持ってはくれないな」
「えぇ。……だからやはり、あの作戦を使うべきだと思うの」
「!! ……使うのか」
目を丸くし尋ねたエリアスに向かい、ゆっくりと頷く。
エリアスは少しの間の後言葉を発した。
「分かった。他ならない君の願いであり、それが最善だと俺も思う。……あの作戦は、あまりにも君に負担を強いることになってしまうから心苦しいが」
「そんなことはないわ」
申し訳なさそうな顔をする彼に首を横に振り、きっぱりと否定してから言葉を続ける。
「だって、今から行なう作戦には、エリアスの協力が必要不可欠だもの。
……他らならない、私とあなたとでないと出来ないことよ。なんだか特別な感じがしてワクワクしない?」
「! ……ふふっ、あぁ、そうだな」
ようやくエリアスの顔が綻ぶ。
その笑顔を心に刻むように、目に焼き付けるように見てから気持ちを切り替えるべくそっと目を閉じると。
「っ!?」
不意に唇に柔らかな温もりが訪れて。
軽いリップ音と共に離れた温もりに、頬に熱が集中するのが分かって抗議の声を上げる。
「〜〜〜エリアスッ!」
「ごめん、抑えられなかった」
「んもう!」
「ははは」
そう笑うエリアスはきっと、私の緊張をほぐしてくれるためにわざと行ったのだろう。……多分。
(本当、心臓に悪い……)
でも確かに、今の衝撃で不安に揺らいでいた心が消え、覚悟が決まった。
それは他でもない、エリアスが一緒にいてくれるのだと、改めてそう思えたから。
「エリアス」
「!」
名前を呼び、エリアスの手に自らの手を握る。
離れないよう、しっかりと指を絡めるように握って言った。
「ありがとう」
私がお礼を述べると、エリアスは目を丸くしてから口角を上げて言葉を返した。
「どういたしまして」
ここは素直に礼を受け取るべきだと判断したらしいエリアスの言葉を聞き、力強く頷いてみせると、繋いだ手に力を込めて魔物と向き合おうとした、刹那。
「アリス!」
握った手を強く引かれ、エリアスが反対の手を翳して魔法を発動する。
現れた氷の盾に当たったのと同時に、大きな音を立てて爆発したけれど、エリアスの魔法の盾はひび一つ入ることなく私達を守り続けている。
そうして耳に届いたのは、他でもない魔物達の声だった。
「我々ノコトヲ忘レルトハ良イ度胸ダ、タトエ何人魔法使イガ増エヨウガ変ワラナイ。
我々ガ一人残ラズ排除スル!!」
「……もう怒ったわ」
話が通じない彼らとはいくら話し合っても無駄だと、完全に諦めた私はため息を吐くと、怒りのままに声を張り上げ口にした。
下にいるエドワール殿下とフェリシー様にも聞こえるように。
「あなた方がこちらに歩み寄らず私達を攻撃するというのなら、私もあなた方に容赦なんてしない!!
妖精さんたち、私に力を!!」
「「「はーい!!」」」
私の呼びかけに、赤、黄、青の妖精達が姿を現す。
それだけでなく、彼らと共に現れたものに釘付けになる。
「っ、それ……」
妖精さん達と共に現れ浮いていたのは、先ほど私が手放したはずの武器と、エリアスからいただいたお揃いの結婚指輪があって。
目を丸くする私に妖精さんは口々に言った。
「これ、かえすためにもってきた!」
「ぶきにはあんまりもうちからがないから、あずかっておくね!」
「だからゆびわを……って、ないてる!」
私の頬を伝い落ちた涙を見て、妖精さんたちは慌て出す。
「アリス、よろこばない?」
「いらなかった?」
「おいてくる?」
「!? い、いらないのか!?」
妖精さんたちに続く最後の言葉は、エリアスの口から発せられたもので。
エリアスがショックを受けているのがその表情を見なくても分かって、不謹慎だけれど思わず笑ってしまいながら「まさか」と首を横に振ると、妖精さん達に向かって言葉を返した。
「とっても大切なものだから、本当に嬉しい。ありがとう」
「「「アリス、よろこんだー!」」」
きゃっきゃっと嬉しそうに笑う妖精さん達にこちらまで笑みを浮かべると、妖精さん達が三人でくるっと円を描くように手を振る。
それにより、指輪が私の元までふわりと飛んでくると、左手の薬指に収まった。
「っ、良かった……」
「……アリス」
指輪を見て心からの言葉が口から漏れ出ると、エリアスが柔らかく微笑む。
その愛おしむような視線に私も柔らかく微笑みを返すと、エリアスもまた空中を見上げ口を開いた。
「風の妖精、聞いているだろう? 力を貸してくれ」
「はいよ」
エリアスの呼びかけに、風の妖精さんが風をまとい姿を現したのを見て声をかける。
「風の妖精さん、お力を貸してくれてありがとう。よろしくね」
「っ、礼なら成功してから受け取る」
「ふふ、そうね。絶対に成功させましょう」
「「「おー!!」」」
花の妖精さん達も私の言葉に揃って声を上げてくれたことで皆で笑い合うと、花の妖精さん達は私の頭や肩に、風の妖精さんはエリアスの肩に手を置き、全員が魔物と対峙する。
「行くぞ!!」
エリアスの言葉を合図に、それぞれが魔法を行使するために行動する。
計画通りだと、エドワール殿下は共にいる三人が魔物からの攻撃を受けないよう、結界を張ってくれているだろう。
そして私は、呪文を行使するため目を閉じる。
足元に魔法陣が展開され、身体に巡る魔力が呼び覚まされていくのを感じながら口に出して唱えた。
「癒しよ。どうか私の願いに応えて。私は魔法使いはもちろん、魔物も傷つけることを望まない。
望むのは、互いに対立せず平和に生きられる世界。
それが叶うまで、私は決して諦めない。
そんな私に出来ることは、皆を、互いにこれ以上対立させない……、強制的に戦わせないようにすること」
そこで言葉を切り、目を開ければ、氷の盾が魔物達の魔法を防いでくれていて。
詠唱の間守ってくれた盾は、やがてエリアスが詠唱の呪文を一度止めたことで消えると、繋いだ方とは反対の手……、身体を寄せ合い、私は左手を、エリアスは右手を共に重ね、魔物達に向かって翳しながら唱えた。
「改めて告ぐ! 癒しよ、夜が明けるまでその力で皆を眠らせ、魔法使いの力を回復させて!!」
「風よ、アリスの魔法を国全土に余すところなく運んでくれ!!」
刹那、私の魔法である桃色の光と、エリアスの魔法である銀色の光が出現し、共に混ざり合って魔物の方へと流れ出ていく。
「「……っ」」
こんなに規格外の魔法を行使するのは初めてのこと。
当然、練習も小規模でしか出来ていないためぶっつけ本番だけれど、ここで失敗するわけにはいかない。
(魔物の弱点は太陽の光。つまり、太陽が出ている間は攻撃出来ない)
太陽が沈み、闇夜が広がる夜間は、私の“癒し”の魔法で国全体を覆うことが出来れば、人間も魔物も関係なく眠りにつく。
あまりにも大掛かりであるために最終手段として計画していた魔法だった。
(でも、こうすることで互いに傷つけ合わずに済むのなら、私は、喜んでこの力を使うわ)
とはいえ、膨大な魔力を根こそぎ身体から持っていかれる感覚に、視界が霞む。
エリアスが起こしてくれた風によって負担は半減しているけれど、それでも規模が大きいことに変わりはなく、エリアスも多分同様に魔力は奪われていき……、そして。
(あっ……)
どれだけの時間力を使っていたかは分からない。
けれど、ついに互いの魔力が底を尽き、足元から重なるようにして敷かれていた二人分の魔法陣が、跡形もなく消える。
それにより、私達の身体は傾ぎ重力に抗う術などなく、最後にエリアスが私の身体を離さないと言わんばかりに抱きしめてくれたのを感じながら、共に頭から真っ逆さまに落ちていき……。
そこで意識は、途絶えてしまったのだった。