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第四十六話

(アリス視点)


 魔法を使うための呪文に決まりはない。

 それぞれが自分に合った呪文を自ら考え、行使する。

 特に、呪文は“願い”で魔力量はもちろんのこと、“願い”という名の想像力が強ければ強いほど、“詠唱の長さ”が長ければ長いほど効力を発揮する。

 その分消費される魔力量も発揮された魔法の規模により比例する。


「癒しよ」


 私が一言念じれば、杖の先から桃色の光を纏う癒しの魔法が魔物達に向けて放たれる。

 中級以下はそれによって戦力を喪失し光となって消えるけれど、上級魔物の場合は数頭は生き残る。

 防がれない限り上級魔物以上も動きが鈍る。

 それから一緒に戦ってくれているフェリシー様が自身の剣に炎を纏わせ振るうことで、熊型は一撃で、龍型は数撃で消滅する。


(最初は剣型だと至近距離でしか攻撃出来ないのではと思っていたけれど、さすがはリオネルさんの武器ね。振るうだけで遠距離でも攻撃が出来てしまうなんて)


 私も負けてはいられないわ、と癒しの力を行使しながら、フェリシー様の疲労度を見計らって魔法陣を使い“快癒”を施す。

 その度きちんと「ありがとうございます!」とお礼を言ってくれるフェリシー様に「こちらこそ」と返しながら、ひたすら魔法を使い続けていた。


(“癒しの力”は強力だから、近くにいるフェリシー様に効かないよう、そして、もしもの時のためにわざと詠唱を短くしコントロールしている。

 それでも十分効果が発揮されて順調に魔物の数を減らしているし、フェリシー様も妖精の祝福の力と“快癒”のおかげでほぼチート状態だから勝算は確実)


 どれくらいの時間戦っているか分からないけれど、魔力量はほとんど消費していないことが疲労感から分かる。

 実質の無尽蔵状態。我ながら怖いと思うほどに強力な魔法だけど、油断は禁物。

 何せ相手は未知数の魔物なのだから。

 そう考えている間に、無数の黒い小さな火の玉がフェリシー様と私目掛けて飛んでくるのが見えて。

 身構えたフェリシー様を制するように杖を振り呪文を唱える。


「花よ!」


 詠唱を唱えるまでの時間はなかったものの、呪文に込めた私の“願い”に呼応し、飛んでくる火の玉を迎え撃つように小さな花々がそれぞれ出現する。

 そうして火の玉を包むように花が開き、当たった瞬間閉じると、少しの間の後花が開き、癒しの力となって魔物達目掛けて放出された。

 魔物達にとってそれは予想外のことだったのだろう、防ぐことが出来ず一気に数を減らす。


「よし、上手くいったわ!」


 思わず拳を握り小さくガッツポーズをした私に、驚いたようにフェリシー様が声を上げる。


「今の何ですか!? お花が攻撃を塞いだだけでなく、逆に自らの魔法を放ったように見えた気がしたのですが……!?」


 やや興奮気味に尋ねてきた彼女に向かって私は少し得意になって言う。


「その通りよ。正確に言えば、お花が栄養を蓄えるのと同様に、お花が魔力を吸収して、それを癒しの力に変換して魔物にお返ししたの」

「そ、そんなことが出来るんですか!?」

「えぇ。私が編み出したの」

「す、すごい……」


 フェリシー様の言葉に「ありがとう」と礼を述べる。


(実際編み出すまでに凄く時間がかかったのよね。

 天界にいる間にも妖精さんたちに相談して練習を重ねて。

 エリアスの誕生日までには、と思ってエリアスに渡した“お守り”に莫大な魔力を込めて作ったけれど……、ちゃんと機能しているかしら?

 今になって不安になってきたわ)


 そんなことを考えている間にも、魔物は空中から次々と現れる。


「……まだまだ先は長そうね。フェリシー様、大丈夫そう?」

「はい! もちろんです!」


 フェリシー様が生き生きと答えたのを見て、杖を握り直してから言葉を発した。


「さあ、どんどん方をつけるわよ!」

「はい!」


 フェリシー様の返事を聞き呪文を唱えようとした、その時。


「止メロ」

「!」


 地を這うような低い声音に攻撃しようとしていた手が止まる。

 その声の主は一際大きな龍型の魔物のもので。

 そして、龍型の魔物の上空で浮いているものに目が釘付けになりながら、私とフェリシー様は同時に叫んだ。


「ヴィオラ様!」

「リオネル様!」


 私達と分かれ森の中に入ったはずの二人が、空中で生気を失い目を瞑っている姿を見て、フェリシー様が駆け出そうとするのを制する。


「駄目よ、罠かもしれない」

「でも!」


 ヴィオラ様は強い。リオネルさんも、自ら作った強い武器を持っているからと信じられずにいた私の頭に声が響く。


『アリス様、ヴィオラをどうかお助けください!』

「その声……、光の妖精さん?」

「え……」


 私の問いかけにフェリシー様が目を丸くする。

 彼女にはどうやらこの声は聞こえていないらしく、私の頭に直接妖精に話しかけられているのだと気が付いた私に妖精さんが言う。


『はい、その通りです。術者であるヴィオラが気絶したため、祝福者である私が姿を現すことが出来ません』

「気絶……、では、やはり彼女達は本物だということ?」


 私の言葉に返答したのは妖精ではなく魔物だった。


「本物ダ。今ハ気絶シテイルダケダ」


 妖精からも魔物からも紡がれた気絶、という言葉に内心少しホッとしたものの、キッと彼らを見据えながら言った。


「彼女達をわざわざここまで連れてきて何がお望み? もしかしなくても私かしら?」

「アリス様」


 フェリシー様が慌てたように私の腕を掴む。

 私の問いかけに、「ソウダ」と魔物は口にして言葉を続けた。


「我々ヲ斃ソウナドト無駄ナコトヲ。我々ノ望ミハ、オ前ヲ排除スルコト」

「私に傷ひとつ負わせられていないくせに、よくもまあそんなことが言えたものね。

 こんな姑息な手段を使わないと私に勝てないなんて、大したことないわね?」


 私の言葉に魔物達が憤慨し、龍型の魔物が二人に手を伸ばしかけたのを見て付け足す。


「言っておくけど、彼女達を傷つけるような真似をしたらタダでは済まさないから」


 私の言葉に、龍型の魔物は苛立ったように地団駄を踏む。

 それにより地面が少し揺れたのを足で踏ん張って堪えてから、私の腕を掴むフェリシー様の手を逆に掴んでそっと離しながら言う。


「フェリシー様」

「駄目です」

「まだ何も言っていないじゃない」


 苦笑いした私に、フェリシー様は私の腕を痛いくらいに掴み直す。そして、目に涙を浮かべて言った。


「アリス様が何をしようとしているかなんて考えなくても分かります。

 だってアリス様は、強くて優しいお方ですから」

「……フェリシー様」


 ボロボロと涙を流すフェリシー様を見て思う。


(……あぁ、私はなんて)


「幸せ者なのかしら」

「え……」


 驚いた様子のフェリシー様にハンカチを差し出す。

 そして、フェリシー様を安心させるためだけでなく、自分をも奮い立たせるように口角を上げてみせた。


「私は悪役令嬢よ。何ひとつ欠けることなく、幸せを手にしたい。

 そんな我儘な悪役令嬢よ」

「アリス様……、っ、それは、我儘なんかでも悪役令嬢でもなく、ただの良い人です」


 そう言って私からハンカチを受け取りながら困ったように笑うフェリシー様につられ、私も笑う。

 そうして彼女の手を自分の腕から離すと、さて、と魔物達に向き直り言った。


「私があなた方の元に行く。代わりに、彼女達を解放して」

「良イダロウ。タダシ、ソノ忌々シイ武器ヤ指輪ハ捨テロ。袋モナ」

「……随分と余裕がないのね」


 ため息交じりに言いながら、言われた通り武器と魔石が入った袋を地面に置く。

 そして。


(……エリアスからもらった指輪……)


 私に作ってくれた、世界で唯一無二の、たった一つの彼との対になる指輪。


『君をイメージして……、君ならこういうものが好きなのではないかと思いながら作ったんだ』


 そう言ってくれた彼の言葉が、頭の中で蘇る。


(ごめんなさい、エリアス)


 視界がぼやけそうになるのをグッと堪え、同時に指輪を外して地面に置く。

 そうして立ち上がってから魔物に向かって言葉を発した。


「これで文句はないでしょう? 二人と私、同時に交換よ。フェリシー様の元へきちんと送り届けなさい」

「言ワレナクテモ、オ前ガコチラニ来レバコノ二人ニ用ハナイ」

「…………」


 魔物達の言い分に警戒しながらも、意を決して真っ直ぐと魔物達に向かって歩き出す。


(エリアスの魔力が込められた結婚指輪も、武器も魔石も置いてきた今、私に残っているのはこの身に宿る魔力だけ。

 あとは魔物達がどう出てくるか……)


 歩きながら思考を巡らせる。

 ありとあらゆる状況を想定して、いつでも動けるように。

 そして。


「約束通り来たわよ」


 そう口にした私に、魔物達が二人を解放した瞬間。


「!?」


 空中に浮いていた二人の身体が傾ぐ。

 真っ逆さまに落ちて地面に二人の身体が叩きつけられる……。


「花よ!」


 寸前で、呪文を唱えてそれぞれの落下地点に花を出現させて受け止めた。

 無理矢理魔法を行使したせいで身体に反動が来たのも束の間、不意に影が差して……。


「アリス様!!」


 頭上には魔物の大きな手が、いつの間にか私に迫ってきていた。


(っ、間に合わない!)


 ギュッと目を閉じた刹那、ビュッと強く風が吹いたのと同時に突如として浮遊感が訪れる。

 その風に乗って鼻を掠めたよく知る香りに、ハッと目を見開いた。


「大丈夫か」


 月明かりを背に心配げに私の顔を覗き込んだその姿に、今まで堪えていた涙が溢れ出してしまう。


「っ、エリアス……!」

「遅くなってごめん」


 申し訳なさそうに謝る彼を見て、全力で頭を横に振ってからその首にギュッと抱きついて言った。


「来てくれて、嬉しい……。助けてくれて、ありがとう」

「……あぁ。今度こそ、助けられて良かった」


 そう言ってエリアスは、ギュッと息もできないくらいに強く、抱きしめ返してくれたのだった。






更新が遅くなってしまい申し訳ございません。

次話から最後の核の部分に入ってきますので、更新が遅くなる予定です。

大変申し訳ございませんが、お待ちいただけたら幸いです。

引き続き最後まで、アリスとエリアスを取り巻く世界の物語をどうぞよろしくお願いいたします。

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