第四十五話
久しぶりのエリアス視点、今話最後までです。
(エリアス視点)
陽が落ち、光属性の魔法使い達による光で照らされた城下には、何もない空間から次々に現れる魔物達による攻撃が、四方八方から絶え間なく続いていた。
アリスと事前に打ち合わせした通り、「魔物とは戦いたくない」という意志を表明するためこちらから何度も呼びかけているがそれに応じないこと、そして、魔物達の大きさを鑑みて上級以上の魔物は極めて少ないことを理解し、焦りを覚える。
(やはりアリスがいる最前線の地に上級以上の魔物がいるということか……!)
一刻も早く彼女の元へ行き応戦したいところだが、城下にいる魔物達が鎮静化し勝算が見込めない限り、最前線の地へ俺が赴くことはアリスがよしとしない。
『私のことより人々の人命を優先して。特に城下の人々や魔法を使えない人々は、魔物達の姿が見えないから余計に不安に思っているはず』
アリスの言っていることは正しい。
だが、それでも魔物達の目的がアリスであることに違いはないのだからと不安が顔に出てしまっているだろう俺に対し、アリスは両手の拳を握って言った。
『安心して。私、強いから』
知っている。彼女の魔法は本気を出せば、俺の魔法よりも強力な魔法であることに違いない。
だが、それと同時に気が付いていた。
そう言った彼女の拳が微かに震えていたことにも。
(24歳になるまで魔法が使えなかったんだ、妖精から特別視されるような強大な魔法をいきなり手にした挙句、自在に操れるようにならなければ国を滅ぼしかねない、などと妖精に言われてしまえば自分の力を恐れるのも当然だ)
出来ることなら彼女の不安や悲しみなど、全て取り除き排除したい。
しかし、彼女の魔法は彼女に宿るものであり、彼女自身が乗り越えなければいけない壁であるのだと、妖精達の態度を見ていたら分かる。
(だから、今俺に出来ることは)
「エリアス!」
民達が避難した結界を守るエドワールが俺の名を呼ぶ。
分かっている、と心の中で呟きながら無言でリオネル特製の武器である銃から氷属性の魔法を放てば、氷の刃となった魔法が真横から現れた魔物に命中し光となって霧散した。
(それにしても、凄く便利な武器だ)
氷属性と風属性、それぞれ見分けがつくようにと、氷色と銀色の二つの銃を受け取ったが、自ら力を込めた指先ほどの魔石を嵌め込み、その魔法が銃弾の代わりに放たれることで、すでに百以上の数の魔物を消滅させている。
また、予備を含めた魔石は数日前に魔力を込めたため、銃から放たれる魔力は今ある自分の魔力を消費していない。
(アリスの要望で、遠距離攻撃が可能、そして、今ある魔力も込めれば威力は数倍になり上級魔物も優に倒せると聞いている。
体力や魔力温存にはうってつけの武器だ)
アリスに改めて後で礼を言わなければとその銃の恩恵を受けながら魔物と戦っていたが、相手は空中のどこから現れるか分からない魔物。
たとえ魔法使いが至る所にいても全てを防ぐことは出来ず、魔法使い達の防御を破った魔物の魔法が少しずつ結界に命中し始める。
そしてそれを見計らったように空中に現れたのが……。
「っ、龍型の魔物……!」
その数もザッと五十は軽く超えていて。
(数が多い……!)
一気に身体に緊張が走った俺を捉えた魔物の声が耳に届く。
「見ツケタ。氷ノ使イ手。憎キアノ女ノ守リ手!!」
「エリアス、逃げろ!!」
(守り手? アリスだけでなく、この場にいる魔物の狙いは俺なのか……!?)
なぜ、と一瞬考える間もなく、龍型の魔物が一斉に攻撃してくる。
「っ、氷壁!!」
咄嗟に防御魔法を行使するが、龍型の魔物、それも数十頭からの一斉攻撃に耐えられはしないと瞬時に察する。
頭では逃げることが先決だと分かっていても、その場から身体は動かない……、いや、動かさなかった。
なぜなら、背後にあるのは俺達魔法使いが守るべき民達のいる結界があるから。
(もし俺がここで引いたら、間違いなく結界に亀裂が生じる、あるいは、最悪破られかねない。
そうしたら、民の命が危うくなる)
民の命を最優先、それがアリスと交わした約束であり、俺自身も守るためにここにいるのだ。
(だから俺が、ここで引くわけには……!)
氷壁にさらに防御を強化させる最善の方法は、魔法陣を敷き風属性魔法を行使する他ないと、迫り来る攻撃との時間勝負だと立ち向かおうとしたその時、不意に甘やかな香りが鼻を掠めた。
え、と驚く間もなく、それが胸ポケットに入れていた彼女がくれたお守りから放たれた彼女の魔法であることを認識した時には、すでに氷壁を覆うほどの大輪の桃色の花が出現して……。
「……!?」
魔物達が生み出した黒い炎の火の粉一つ浴びることなく、俺の目には攻撃をまるで包み込むかのように花弁が閉じた……と思った刹那、再度花弁が開き、甘やかで落ち着くような香りが鼻をくすぐった。
そして、花は役目を終えたとばかりにお守りである石に吸い込まれるようにして消え……、気が付けば、あれだけいた龍型の魔物は一頭も見当たらなくて。
慌てて彼女が誕生日に贈ってくれたお守りの石……、彼女の瞳を思わせる色をした花が浮かぶ魔石を取り出すと、不意に彼女が口にしていた言葉と表情を思い出す。
『癒しの力は、魔物に直接作用することは出来ても、攻撃された時の咄嗟の防御が出来ないことが難点よね。
どうにか生み出すことは出来ないかしら。
そうすれば、あなたが私を守ってくれるように、私もエリアスを守れるのに』
そう呟くように言ってから彼女は続けた。
『……よし、決めた。絶対に防御魔法も編み出してみせる!』
(……あぁ、君はなんて)
視界が滲む。
泣いている場合ではないと、今もなお石の中で咲き続けている魔法の花が宿るお守りを額につけ、ギュッと両手で握りしめた。
(守るはずが、守られてばかりだ)
アリス。
俺は君にこの先何度感謝し、そしてその心の美しさに、温かさに惹かれていくのだろう。
君に対する想いに、際限などないことは分かっている。
問題は、果たして俺が、君の隣で君がくれた沢山の想いを返していけるかということ。
(返してみせる、と言いたいところだが……、アリスから受け取ることの方が多すぎて、正直自信がない)
だから、今目の前にあること……、自分に出来ることをしよう。
『頑張ろうね』
そう言って笑ってくれた君の笑顔を守ることが出来るように。
そして、改めて求婚したら泣いて喜んでくれた君と、沢山の花々に囲まれて式を挙げるために。
「何がなんでも全てを守り、生き延びてみせる。アリスが守ってくれたこの命に懸けて」
再度お守りを握りしめ、そっと胸ポケットに入れた時には覚悟が決まる。
「風の妖精よ、力を貸してくれ!」
刹那、突発的に吹いた風と共に妖精が姿を現し、口を尖らせて言う。
「あまりの喚ばれなさに俺の存在忘れられてるかと思ったわ」
そう拗ねたような口調で言う風の妖精に向かって口角を上げて言った。
「そんなわけがないだろう。ここからが本番ということだ」
「なるほど? 今のところお姫様に守られただけで良いとこゼロだもんな」
「うっ……」
悔しいが、本当のことのため何も言い返せずにいると、「まあ」と風の妖精が胸を張って言った。
「俺が来たからには百人力だ」
その言葉に頼もしいと思う反面、冗談まじりに言った。
「なら、千人力分働いてもらおう」
「……あんた、言うようになったな」
「それはこちらの台詞だ」
そうして同時に吹き出して笑う。
それはまるで、孤独だった自分と、同じく孤独だった妖精との出会ったばかりの頃に戻ったかのようで。
(こうして話せるようになったのも、アリスのおかげだ)
と、心の中で彼女に幾度となく感謝しながら、頼もしい相棒である妖精の力を借りて、魔物達目掛けて風を切り空を駆けた。
2024.9.26.
『愛されない悪役令嬢〜』、本日のWEB版の更新をお休みさせて頂きます。
今後の更新についてですが、最終段階の物語の核心となる描写に入っていくため、更新が不定期となります(泣)
楽しんでお読み下さっている皆様、大変申し訳ございません。
把握のほどよろしくお願いいたします。
なお、本日分の更新は今週中に投稿させていただきます。