第四十四話
魔物は魔法使いが使う魔法に耐性がない。
自分自身の力で防いだり相殺したりしない限り、私達が放つ魔法が身体に当たれば光となり霧散する。
私達とは違って魔法を受けても出血はしないけど、それでも私達の魔法を受けた魔物達は多くが悲鳴を上げて消えていく。
私とヴィオラ様の魔法で魔物を弱らせながら消滅させ、その後ろから剣と銃、それぞれの魔道具を持ったフェリシー様とリオネルさんが消滅しきれなかった魔物に攻撃していく。
幸い、魔物の攻撃はヴィオラ様が編み出した光魔法で攻撃を全て弾いてくれており、全員無傷なのだけど……。
「っ、キリがないわね。やはり二手に分かれましょう! アリス様、大丈夫!?」
「はい! もちろんです!」
ヴィオラ様の言葉に頷けば、ヴィオラ様もまた頷き返す。
そして、斜め後ろで共に戦ってくれている二人を見やると二人も頷いたところで、ヴィオラ様が杖を再度空へ向けた。
「光よ! 魔物達を惑わせる輝きを放て!」
ヴィオラ様の呪文に呼応し、大きな光の玉が杖から放たれ、まるで花火のように広がり辺りを包み込む。
人間の目には少し眩しいくらいに、そして魔物達には十分な目眩しになるほどの絶妙な力加減による光魔法が空に浮かんだ。
「リオネル様、行くわよ!」
「はい!」
ヴィオラ様が駆け出すと、リオネルさんもまた彼女の後を追い、森へと向かって走り出す。
眩いばかりの光に彼女達の姿が溶け込んでいくのを目で追いながら、この作戦を最後まで心配していたヴィオラ様とのやりとりを思い出す―――
「え? 戦う際あなたの側に私がいなくても良い!?」
余程思いがけない言葉だったのか、目を丸くし狼狽えるヴィオラ様の言葉に頷き、私の考えを述べる。
「はい。私達の力は魔物にとっては十分に脅威となる強力な魔法です。
そして魔力も、無尽蔵に扱えると言っても過言ではありません。
私達二人がいつまでも共に同じ場所でその力を使い続けるのは、はっきり言って時間と労力の無駄だと思うのです」
そう言葉を発した私に、ヴィオラ様は眉を顰める。
「でも、私はあなたを守るため、共に戦うべきだと派遣されるのよ?
ロディン様に何と言われるか」
「エリアスにも話しました。……最初、伝えた時はとても怒っていましたけど」
「そうでしょうね」
「ですが、最終的には渋々ではありますが納得してくれました。
私の魔法が無敵であることを、エリアスが一番知ってくれていると思うので」
そう言って笑ってみせれば、ヴィオラ様は「なるほど」と苦笑する。
「それを言われてしまえば、ロディン様は頷くしかないでしょうね。
……あなた、わざと根回ししたわね?」
「ま、まあそれは置いておくとして。
私は、ヴィオラ様だからこそお願いしたいのです」
「私だから?」
「はい。私の背中を預けられるヴィオラ様にしかお願い出来ないことです」
私の言葉に、ヴィオラ様は目を瞠った後に笑って言った。
「ふふ、本当、あなたは困った方ね。
人たらしで、何よりあの“氷公爵”なんて呼ばれていたロディン様をも振り回してしまうんだもの。
そして今度は、私にも出番が回ってきたというわけね」
「……申し訳ございません」
「あら、謝る必要なんてないわ。
それがあなたの望みで、あなたの力になれることなら、私は反対なんてしない」
「! それでは」
私の言葉にヴィオラ様がふわりと笑う。
「えぇ。別々の場所で、共に戦いましょう。
ただし、魔物の様子を見てからね?
実際に戦ってみて離れても大丈夫だと判断してからなら良いわ。その代わり」
ヴィオラ様が私の前にずいっと身を乗り出し、念を押すように言う。
「大丈夫と言うからには絶対に怪我をしたり無茶をしたりしないこと!
これは大前提にしてもらわないと、私達も気が気でないし、万が一あなたの身に何かが降りかかろうものなら、それこそロディン様が暴れ狂うに違いないのだから」
エリアスが暴れ狂う。
その姿が怖いけれど容易に想像出来てしまって、思わず苦笑いしてしまいながら頷く。
「はい、お約束いたします。……無茶は、するかもしれませんが」
私の言葉に、ヴィオラ様は肩を竦めた。
「そうね、ロディン様の次くらいに知っている自信があるかも。
というよりあなたの周りの方々は皆知っていると思うわ」
「違いありません」
「自覚があるならもう少し加減してほしいものだけれど……」
ヴィオラ様の言葉に、私は少し考えてから言葉を発する。
「……いえ、それは無理です」
「え?」
ヴィオラ様が私の言葉に首を傾げる。
そんなヴィオラ様に向かって、手を差し伸べながら金色の瞳を真っ直ぐと見て告げた。
「私は、思い通りにならないと気が済まない性分なので」
そう、私は自分の幸せを自身の手で掴み取ってみせる“悪役令嬢”なのだから。
そんな私の言葉にヴィオラ様が目を見開く。
そして、私の手と顔とを交互に見てから、笑みを溢した。
「ふふ、やはりあなたは面白い方。
でも、そんなあなたのいう性分に私も、周りも救われているの」
そう口にして、ヴィオラ様は私の手を取り言葉を発した。
「私の気持ちは、ずっと変わらない。
あなたの思い描く未来のために、私を頼っていただけることを光栄に思うわ」
「ヴィオラ様……」
ヴィオラ様は、もう一度温かな微笑みを浮かべてくれた―――
(ヴィオラ様は、リオネルさんと共に森にいる魔物達が森の外へ出て城下へ向かうことのないよう戦ってくれる。
そして、ここに残った私とフェリシー様で、私に向かってくるであろう上級魔物以上の魔物と対峙する)
皆がそれぞれの場所で戦っている。
私がその全てを、守らなければ。
そう改めて思いながら、ふとずっと心に引っかかっていたことへの核心を突くべく、今は二人きりだからとその名を呼ぶ。
「……ねえ、フェリシー様」
「はい」
時間稼ぎと称していたヴィオラ様の魔法の光の中で、フェリシー様に向かって噛み締めるように慎重に問う。
「フェリシー様に以前、前世の小説中での“アリス”……“私”の末路を尋ねたことがあったわね。
その時あなたは、あなた自身も“アリス“の末路を知らないと言った。
本当は、あれは嘘なのでしょう?」
「……!」
フェリシー様がハッと息を呑む。
そして、その後に何の返答もなかったことが何よりの証拠だった。
私は「責めているわけではないわ」とあえて彼女の方を振り返ることなく、魔物達がいる方に目を向けたまま言葉を続ける。
「前世でも、今世でも。“アリス”のことなら誰よりも分かっている。
だけど、分からないこともある。
たとえば、なぜこうして転生し、希少な魔法を使えるようになったのか、とか」
そう口にしながら、知らず知らずのうちに杖を握る手に力がこもる。
(私が転生したのは、単なる偶然なんかではない。
そしてそれには、きちんとした意味があるはず)
今までの私なら、その意味が何なのかを考えようともしなかった。
……いえ、考えることを拒否していた。
けれど。
(今は、知りたいと思う)
転生してきた自分に宿った力の意味を。
だから。
「まだ何一つ自分の転生した意味が分かっていないというのに、こんなところでバッドエンドを迎えるなんて、悪役令嬢である私が許さないわ」
「……!」
フェリシー様が息を呑んだ音が聞こえる。
その音に今度こそ反応し、自然と口角を上げて彼女の方を振り返って言う。
「それは私だけでなく、あなたのこともよ?」
そう悪役令嬢らしく努めて笑ってみせれば、フェリシー様は感極まったように声を上げる。
「っ、はい! もちろん必ず生き延びてみせます、お姉様!!」
「ふふ、良い子ね」
フェリシー様には激励の言葉より、悪役令嬢らしい私自身の言葉の方が心に響く。
そう考えての言動をすれば、フェリシー様は想像以上に感動してくれて。
彼女の笑顔を見て、私もまた強張っていた身体の緊張が解れていくのを感じながら、「さて」と杖を構えると口にした。
「私達も行くわよ」
「はい!」
フェリシー様の良い返事が耳に届いたのを皮切りに、まだヴィオラ様の光魔法が残っているうちにと、杖を高く掲げ呪文を唱えた。




