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第十三話

「結局、あまり手伝わせてもらえていないわぁ」

「私共としては、全く手伝って頂きたくないのですけどね」


 そう苦笑いを浮かべて窓を拭くララに向かって、口を開く。


「えっ、でも私お掃除は得意よ?」

「それは手際を見ていて分かりましたが……、一体どちらで侍女の仕事を学ばれたのですかね?」


(前世です)


 とは言えず、「さあ?」と笑って誤魔化せば、彼女はため息を吐くと言った。


「まあ、良いです。とにかくアリス様は、監督をお願い致します! 絶対に手を出さないでくださいね!」

「んもう分かってるわよ! 過保護なんだから」

「それが普通です!」


 ララはそう言って腰に手を当ててから、水の入ったバケツを持って行ってしまう。

 侍従の役割分担は、男性がカーテンの交換、女性は窓拭きの担当となっており、また、高い場所も男性が行うことになっている。

 そして私は、途中までは窓拭きを手伝っていたはずなのに、不本意ながら監督とは名ばかりのポジションを与えられてしまったのだ。


「……何をするのも“お飾り”なんて笑えないわね」


 そう独り言を呟いたはずなのに、別の声が耳に届いた。


「相変わらず面倒くせぇことしてんな」


 その足元から聞こえてきた声に、呆れて言葉を返す。


「だから、いつもいきなり現れないでと言っているでしょう、ソール」

「今は部屋の中じゃねぇんだから別に断る必要はねぇだろ?」

「! そうよ、ここ廊下よ!? 貴方は神様だとはいえ、今は黒猫の姿をしているんだから、こんなところにいたら放り出されるわよ!?」


 私の言葉に、ソールはフッと笑う。

 それを聞いて、思わずムッとして尋ねた。


「何がおかしいのよ?」

「いや? 怒りながらも俺の心配してんのがおかしくて」

「んなっ……!」


 心配なんて、と言葉を続けるより先に、ソールは答える。


「安心しろ。神は普通人前になんて現れねぇからな」

「え? じゃあなぜ私は貴方が見えるの?」


 私の言葉に、ソールは夜空色の瞳で私を見上げ、じっと見つめてから口を開いた。


「さぁな? 自分で考えろ」

「……はあ!?」


 思わず大きな声を出したところで、ソールは口角を上げたまま言った。


「お前こそ、そんなに大声を出してたら、でけぇ独り言だと思われるぞ」

「……確かに」


 それに、たとえ見えていたとしても、黒猫相手に普通に話している絵面って相当やばいわよね。


(分かったわ。とりあえず無視しましょう)


 そう決めて、スタスタと歩き出す。

 そんな私に気が付いて、ソールは「おい、待てよ」と怒ったように小走りになりながら追いかけてくる。


「ついてこないで。私今忙しいから」

「嘘つけ。何も手伝わせてもらえねぇってぼやいてたくせに。

 っていうかお前、面倒くせぇこと嫌いじゃなかったのかよ」

「それとこれとは別でしょう? こんな陰気くさい邸なんだもの、もっと居心地の良い場所にしなくては」

「そんなもん邸の奴らに任せとけば良いじゃねぇかよ」

「文句言うくらいだったら来ないで下さいます?」


 無視すると決めたのに、つい話してしまう。

 何て面倒くさい神様なんだとイライラとしていると、ソールは「後」と口を開いた。


「庭にあるあの置物は何だ?

 あんなもん置いたって、あんま変わんねぇぞ」

「ガーゴイルのことね。あまりってことは、何かしらの魔物避けになるということ?」


 私がそう尋ねると、ソールは「そうだな」と少しの間の後答えた。


「あれだと良いところ中級が避けるかどうか、くらいじゃねぇか?

 少なくとも上級の魔物には役に立たねぇだろうな」

「え、それでも少しは役に立つんだ……」

「まあな。それに、微量ながらあいつの魔力を感じられたし」

「あいつって……、エリアス様?」

「他にいねぇだろ」


 そう言われて、少し驚いてしまう。


「あの人、本気で私のことを魔物から守ろうとしているのね……。

 というかそもそも、なぜ魔物が私を狙っているの? 私、というかアリスは、魔法を使えないから魔物も寄ってこないはずでしょう?」


 その言葉に、ソールは「あー」と口にする。


「そりゃお前、お前の身体から俺の魔力が微量だが感じられるからだろ」

「……は?」


 何を言っているのか分からず疑問符を頭の中で沢山並べる私に対し、ソールは続けた。


「お前の魂は、俺の魔力を分け与えて“アリス”の中に入ったからな。

 だから、お前の魂に俺の魔力がほんの少し宿ってるっていうこと……、に"ゃ!?」


 話の途中でも構わず、私はソールの首根っこをむんずと捕まえると、私と目線を合わせるように持ち上げ怒鳴った。


「に"ゃ、じゃないわよ! 何でそんな大事なことを早く言わないの!

 しかもそれでは面倒くさいことになるじゃない……!

 どーでも良いことばっかりベラベラ喋っていないでその話をして欲しかった!!」

「お前助けてもらっておいて良く言うな!? それが恩人に対する態度か!」

「だからそれはお互い様だと言っているでしょう! 

 って、そんなことよりエリアス様から聞かれたらなんて説明するのよ!?

 死ぬところだった前世の魂を神様に助けてもらった、なんて話したらまた面倒なことになる予感しかしないわ!」

「んなこと律儀に説明しなきゃ良いだろ……」


 呆れたように言うソールを睨みつける。


「どうしてくれるのよ」

「それはこっちのセリフだ。そもそもお前、俺が何でこんな姿でいるのか知ってんのか?

 俺はお前を助けたから、その分魔力を消費してこんな身体になってんだよ」

「……!」


 ソールから初めて明かされる転生時の裏話の数々に、驚き目を見開いていると。


「あ、こんなところにいらっしゃったんですね!」

「わ!」


 ララの声が聞こえ、ソールからパッと手を離した瞬間彼の姿が消える。

 そして取り残された私の元に歩み寄って来てから、ララが首を傾げた。


「アリス様、今どなたかとお話しされていませんでしたか?」

「い、いえ、誰とも」

「そうですか。あ、今玄関ホールのカーテンを付け替えているところなんです!

 カーテンの色をどちらにしようかとアリス様が迷っていらっしゃったので、両方付け比べをしているところなんですが、実際に見て決めて頂けたらなと」

「分かったわ、案内して」


 まだ邸内の場所を完全には把握しきれていないためそう口にすると、ララが「かしこまりました」と言って案内してくれる。

 付け比べているカーテンの雰囲気を聞きながら、先程のソールの話を思い出していた。


『お前の魂に俺の魔力がほんの少し宿ってる』

『俺はお前を助けたから、その分魔力を消費してこんな身体になってんだよ』


(ソールは、魔力を削って私を助けてくれたんだ)


 だから、その影響でソールの魔力が私の魂に残ってしまっているのだとしたら。


(ソールは少しだけだと言っていたけど、神様の魔力が私に宿っているって結構まずいのでは)


 それに、魔物からも身を守らなければいけないのにも関わらず、自分は魔法を使えず、誰にも頼れないってひょっとしなくても詰んでるんじゃ……と密かに青褪めたところで、玄関ホールにたどり着く。


「こちらが付け比べてみているカーテンです」


 ララには申し訳ないけれど、ソールから重要な話を聞かされたせいで、もはやカーテンどころではないという心境の中、何とか頭を回転させて答える。


「そうね……、やはり赤に金糸が付いているのは、定番という感じで華やかな印象にはなるわよね」

「そうですよね! これぞ公爵家って感じがします!」

「でも、水色に銀糸というのも素敵ね。これぞ氷魔法の家柄って感じ」

「ですが、少し寒々しくも見えますね……」


 高級感のある赤色に金糸か、それとも氷属性魔法の家柄として水色に銀糸か。

 実際に見ても判断が付きにくく、うーんと皆で考え込んだ末、出した結論に皆が納得したところで、カーテンを付け替えることとなった。


「これで一気に華やかになりますね!」

「そうね、私も楽しみ……っ!?」

「どうなさいましたか?」


 ララの言葉に答える暇はなかった。

 そんなことよりも、咄嗟に身体が動いていた。

 それは、取り外した長い黒カーテンが、高い位置から私達の頭上目掛けて落ちて来たからだ。

 ララの身体を突き飛ばし、自分も避けようとしたが、身体が動かなくて。


(あ……)


 あのカーテンは重いのだろうかとか、また死んでしまうのか、とそんなことを漠然と考えてしまったその時。

 ビュッと力強く、建物内で吹くはずのない風が巻き起こる。


「……!」


 そして、その風によって黒カーテンがブワッと巻き上げられたかと思うと、やがて銀色の光の粒を纏いながら、ふわりふわりと別の場所へ落ちた。

 その様子を見て呆然と座り込んでいた私の元に、誰かが歩み寄って来て問いかけた。


「無事か」


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