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第三十九話

 魔物との決戦は明日の夜。

 そのため、今日は明日に備えて最終的な段取りを決めることになっている、のだけど……。


「「なっ……」」


 二人同じ光景を見て絶句する。

 その光景とは、私とエリアスが一晩寝泊まりさせていただくお部屋として案内された場所。

 豪奢で広々とした一室のお部屋で、備え付けられた家具も全て一級品なのだけれど……。


(キ、キングサイズのベッドが一台……)


「如何なさいましたか?」


 案内してくれた侍女の一人ににこやかにそう尋ねられたため、平然を装って答える。


「いえ、何でもないわ」


(何でもあるけれどね……!)


 そうよね、私達夫婦だから本来これが普通なのよね……! と自分に言い聞かせるけれど、隣にいるエリアスを見やることが出来ないくらい鼓動は速くなる一方で。

 そんな私の様子がおかしいことに気が付いたエリアスが代わりに言葉を発する。


「集合までにはまだ時間があるから、少し二人きりで休憩したい。アリスも疲れているようだし」

「かしこまりました。何かご用がございましたらこちらのベルをお使いくださいませ」

「あぁ」


 失礼致します、と言って侍女達が部屋を後にしたのを見計らい、エリアスは固まってしまっている私の背中をそっと押して部屋に入ふと、扉を閉めて二人きりの状態になる。


「「…………」」


(い、居心地が悪い……!)


 妙な空気が流れる中、エリアスが口を開く。


「……もう一部屋借りるか?」

「えっ」


 驚き見上げれば、エリアスは苦笑して言った。


「いくら共同寝室を使う時があったとはいえ、二人で一台のベッドを使うことはなかったからな。

 緊張して一睡も出来なかった、なんてことになったら()()()明日の闘いに響くだろう」

「で、でも! さすがにもう一つお部屋を、なんて言ったら私達の関係を疑われてしまうわ。

 わ、私なら大丈夫……、あの長椅子で寝るから!」


 私の身長だと十分眠れる長さのある長椅子を指差せば、今度はエリアスが慌てる。


「は!? 君を一人長椅子に寝かせて俺がベッドに寝るわけにはいかない! それなら俺が長椅子で」

「あなたの身長では無理よ!」


 なんて押し問答を繰り広げていたけれど、お互い一歩も譲らなかったため、エリアスが一息ついてから尋ねる。


「……今なら部屋をもう一部屋借りれると思うが、本当に良いのか?」

「……良いわ、大丈夫。どちらがベッドを使うかはまた夜に決めましょう」

「……あぁ、そうだな」

「「…………」」


 明日に備え、英気を養うために王城へと招かれたはずが、これでは逆に眠れそうにないと思うのだった。


 そして、準備に追われた一日はあっという間に過ぎて……。



「……ねえ」


 夜。ベッドから上半身を起こし、長椅子で眠るエリアスに声をかける。


「やっぱり、長椅子には私が」

「もう寝ている」

「起きているでしょう……」


 エリアスの身長では、長椅子に横たわるのに膝を曲げて眠らなければいけない。

 寝返り一つ打てないし、と見つめる私の視線に気付いたのか、エリアスは目を瞑ったまま言う。


「だから大丈夫だ。先ほど……、じゃんけん、と言ったか? それで決めたじゃないか」


 そう、先ほどベッドをどちらが使うか公平に決めようと私が言い、彼にじゃんけんのやり方を教えて行った結果、私が勝利し彼は負けたのだ。

 だから確かに、エリアスが長椅子を使う理由にはなっているのだけど……。


(……でもやっぱり、私だけがベッドを使うわけにはいかないと思うのよね)


 ましてや明日は魔物との決戦の日。

 体調も万全にして行かなければならないというのに長椅子ではろくに眠れないだろう。


(……こうなったら)


 私は意を決してエリアスにそっと近付くと、長椅子の前にしゃがんで名を呼んだ。


「エリアス」

「っ!?」


 そっと顔を近付けたのが悪かったのか。

 エリアスはガターンと物凄い音と共に派手に床に落ちた。


「あ、あの、大丈夫……?」


 そんなに驚くとは思わなかったとこちらが驚いてしまえば、エリアスは顔を押さえながら答える。


「大丈夫、じゃない、心臓に悪すぎる……」

「だって、こうでもしないと逃げられてしまいそうなんだもの」


 そう口にして再度エリアスの顔を覗き込むようにしゃがむと、強請るように口にした。


「実は、明日のことで頭がいっぱいで眠れないの。

 だから……、エリアスも一緒にベッドで寝てくれない?」


 どうにか彼をベッドで寝かせたいという思いで口にし見つめた結果、エリアスはポカンと口を開けた数秒の後……。


「……は!? ちょっと待て、それは、どういう意味だ……?」


 エリアスが顔を真っ赤にさせ、瞳の奥に熱が籠った状態で逆に問い返されたことで、彼の言葉の意図に気が付いた私は慌てて答える。


「そ、そういう意味ではなくて、その……、明日はお互いに別れた場所にいるでしょう?

 だから、勇気が欲しいなと……、手を繋いで寝られたらと思って……」

「…………はあーーー」

「!?」


 エリアスは大きくため息を吐く。

 その様子に目を丸くしていると、エリアスは拗ねたように言った。


「俺がどんな気持ちで君と極力離れて眠ろうとしていたか、分かって言っているのか?」

「え……、きゃっ!?」


 突然エリアスが、何を思ったか私を横抱きにした。

 そして向かった先は、言わずもがなベッドの上で……。


「っ!」


 ストンとベッドの縁に下ろされ、真剣な表情をしたエリアスの顔が近付いてきて……、思わず目を瞑った私に届いたのは、予想していた温もりとは違ったもので。


「……だから、『無防備にならないでほしい』と言っているだろう」

「!」


 代わりに訪れたのは、肩に載せられたエリアスの頭の重みとさらりとした彼の髪の感触、それから、私とは違う香りが鼻をくすぐって。

 目を見開く私に、エリアスはベッドに両手を付き私の肩に頭を預けた状態で続ける。


「部屋だって本当なら別々の部屋の方が心の安寧が保たれるというのに……、俺の理性をどこまで試せば気が済むんだ。

 この状況自体がすでに拷問なんだが」

「ご……っ、それは、ごめんなさい」


 どうやら相当我慢させてしまっているらしい。

 エリアスは私から身体を離し、やれやれといったふうに首を横に振ってから、私の頭を撫でて言う。


「君のことだ、自分だけがベッドに寝るのは申し訳ないと、俺を心配してそう言ってくれたんだろう?

 何度も言うようだが本当に大丈夫だ。俺に構わずベッドで寝てくれ」

「…………」


 やっぱり説得出来ないか、と考えてから……、はたと思いつく。


「……眠ることが出来れば良いのよね?」

「え?」

「私の魔法。“癒しの力”を使えば眠ることが出来るわ!」


 名案でしょう!? と手を叩いて喜ぶ私とは裏腹に、エリアスの目が一瞬で死んだ魚の目のようになったのは見なかったことにしておいた。


 そうして私達は、日付が変わる頃まで二人で話を交わして……、眠くなり始めた頃、ベッドに横になってから魔法をかける。

 本来なら無詠唱で大丈夫だけど、エリアスがよく眠れるようにとあえて言葉をかけた。


「『おやすみなさい、良い夢を』」


 そうしてそっと彼の額に魔力を帯びた手を翳せば、エリアスはすぐに氷色の瞳を閉じてすぅすぅと寝息を立てて眠り始めた。

 エリアスは普段から、眠りが浅い上に睡眠時間を短く済ませようとする傾向にあるらしい。

 だからこそ私は、“癒しの力”をエリアスのために使いたいと、安眠魔法を習得したのだ。


(良かった、役に立って)


 それにしても、とエリアスの寝顔を眺めて思う。


「ふふ、可愛い……」


 こんなことを言ったらきっと怒られてしまうだろうけれど、あどけなくも見えるその寝顔こそ、とても無防備で。


(……絶対、守りたい)


 私が、私の手で。

 今までのように、笑って暮らせるように。

 そして願わくば、これから先もずっと彼の隣にいられたら……。


「なんて。まずは明日を乗り越えなければね」


 そう独り言を呟き、彼の額に口付けを落としてから、自分も魔法を使って眠りについたのだった。


 こうして、決戦前最後の二人きりの夜は、穏やかに過ぎていき……、そして。


「……リス、アリス」

「ん……」


 ゆっくりと目を開けた先、そこには朝も変わらない美貌を持つエリアスの姿があって。


「わっ!?」

「おはよう。よく眠れたみたいだな」

「……あっ」


(そ、そうだったわ! 同じベッドで寝たのだものね……!)


 自分で言い出したこととはいえ、朝起きて一番にエリアスの顔は心臓に悪い……と思わず胸を押さえる私に、エリアスがクスッと笑って言った。


「おかげさまで俺もよく眠れた。ありがとう、アリス。

 それから……、その調子だと、俺の気持ちが少しは分かってもらえたみたいだな?」

「っ!! か、揶揄っているでしょう!?」

「ははは」


 エリアスが笑う。

 それだけで、胸に暖かな心地がいっぱいに広がる。幸せだと心から思うと同時に、勇気が湧いてきて……。


「……エリアス」

「ん?」


 先にベッドから起き上がったエリアスに向かって力強く口にする。


「頑張ろうね」

「! ……あぁ」


 私の言葉に、エリアスは力強く頷いた。






次回より決戦編開始です!

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