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第三十七話

 部屋を出た私達は王太子殿下に案内され、城の地下に当たる薄暗い通路を、ヴィオラ様の光魔法を頼りに歩いていた。


「ここは、いざという時の避難通路として作られた場所らしい。

 と言っても知っているのは王族だけだから、侍従達もこの場所の存在自体を知らない。

 避難通路、というくらいだから元々は外に繋がっていたけど、かつての王族が今僕達が通ってきた入口だけを残し、他の出入口は全て塞いだ。なぜだか分かる?」


 王太子殿下の問いかけの答えが分からずエリアスを見上げれば、エリアスが少し間を置いた後答えた。


「この通路を“避難通路”ではなく“隠し通路”にした。

 今俺達を案内する部屋の存在を隠すために」

「!」


 エリアスの鋭い指摘に驚けば、王太子殿下は軽く拍手する。


「ご名答。さすがは“百年に一度の逸材”だね」

「“百年に一度の逸材”?」


 聞いたことのない単語に首を傾げれば、少し前を歩いていたヴィオラ様が教えてくれる。


「学園時代、先生方がロディン様に対してつけた別称よ。優秀すぎて教えることがないと、先生方がお手上げ状態だったの」

「す、凄い……」


 改めてエリアスは凄い人なんだわ、と隣にいる彼を見上げれば、コホンと咳払いして言う。


「教師も君達も大袈裟なだけだ。アリスの魔法に比べたら俺の魔法なんて」

「でも、その魔法のコントロールも教えてくれたのは他でもないエリアスでしょう?

 エリアスがいなければ私は魔法を上手く扱えなかったかもしれない。 

 悪ければ、強大な魔法の力に飲み込まれていたかも。

 だから、ありがとう。私にも共に戦える武器の扱い方を教えてくれて」


 そう言って笑えば、エリアスはカッと顔を赤くして狼狽えた。


「い、今言うのは反則だろう……!?」

「今だから言いたくなったの」


 そんな私達のやりとりを聞いていた王太子殿下とヴィオラ様が驚き口々に声を上げた。


「え!? あのエリアスが魔法を教えていたの!?」

「魔法といい、アリス様もやはり天才だったのね……」


 お二人の言葉に、以前ミーナ様が仰っていたこと……、エリアスは天才すぎてあまり教えるのが得意ではなかった、という言葉を思い出して首を横に振る。


「ち、違います! 私の魔法は確かに希少なものかもしれませんが、それはエリアスが凄く頑張って説明したり実地で教えたりしてくれたからで……っ」

「分かった、もう良い、それ以上喋るな」


 隣を歩いていたエリアスが私の肩に手を回す形で手で口を塞がれる。

 不意に近付いた距離に今度は私の顔に熱が集中するのが分かり押し黙ると、エリアスはその体勢のまま話題を変えた。


「ところで、なぜ王族しか知らない……次期王太子妃となるヴィオラ嬢は別として、俺達にその場所を案内してくれるんだ?

 そもそも、国王陛下の赦しを得ているのか?」


 エリアスの問いかけに先頭を歩く王太子殿下は頷く。


「もちろん。でなかったら案内していないよ。

 ……見せたい資料の保存状態が悪いというのは本当だけど、本音を言えば君達にこの部屋を見て欲しかった。だから私は国王陛下の反対を押し切る形で赦しを得た」


 そう言って不意に立ち止まり、右壁に手をついて私達を見やる。

 何をするのかと目を瞬かせている間に、王太子殿下の瞳が虹色の光を帯び、手をついた壁には瞳と同色の光を帯びた幾重もの複雑な術式の魔法陣が現れる。

 私とエリアスが驚いている間に、王太子殿下が笑って言う。


「君達が私達を信頼して重大な秘密を明かしてくれたんだ。その忠誠に報いるのが王族としての礼儀だと思う。

 私はこれからもエリアスと、そしてその奥さんである夫人と、末長く友人でいたいからね」

「「……!」」


 見ていて、と王太子殿下は再度私達に微笑みを浮かべ、手をついた壁に目をやると、詠唱のようなものを唱え始める。

 その言葉は小さくあまり聞き取ることが出来なかったけれど、呪文は馴染みのない言語で形成されているようで。

 私達が驚いている間に、重なった魔法陣がカチッ、カチッと鍵のダイヤルを回すかのような音を立て……、それが数分続いた後にやがてガチャッという一番大きな音をたて、光が消える。

 そうして出現したのは、古い造りでありながら豪華で繊細な装飾が施された扉で。

 同時に、王太子殿下の瞼が閉じられ、その身体が傾ぐ。

 危ない、と声を発する前に、その身体を後ろにいたヴィオラ様が支えた。


「エド、大丈夫?」

「……大丈夫。いつもありがとう」

「本当に、何度見ても心臓に悪い光景だわ……」


 ヴィオラ様に支えられ、何とか身体を起こした王太子殿下は頬をかいて言う。


「ごめんね、驚かせてしまって」

「大丈夫、なのか」


 思わずと言ったふうに尋ねたエリアスに向かって、王太子殿下は「問題ないよ」と手を振って言う。


「一気に身体から魔力を持って行かれるけど、数分もすれば回復するから大丈夫。

 この扉にかかっている魔法はご先祖方が考えた特別なもので、その魔法を解かなければならないんだけど、これがまた複雑なんだ」

「良い、それ以上は喋るな。……いくらアリスの秘密を知ったからって、王族の秘密をペラペラと話すなんてどうかしているぞ」

「あはは、陛下と同じことを言っている」

「笑い事ではない」


 さすがのエリアスも、王太子殿下がふらふらになってまで魔法を行使していること、それも、国家秘密を暴露してしまっていることに焦りと心配が募ったらしく、少しきつい口調で王太子殿下を諌めようとする。

 けれど、王太子殿下はそんなエリアスを真っ直ぐと見据えて言った。


「……信頼して、欲しかったんだ」

「え?」

「夫人のこと。打ち明けてくれたものの、本当は私達に話すべきだったかどうか、心の内では迷っていたでしょう?」

「……っ」


 エリアスが言葉に詰まる。私は驚き、エリアスに尋ねた。


「そう、なの……?」


 エリアスも動揺からか目を見開き、私を見て言葉を返そうとしたけれど。


「問い詰めているわけではない。エリアスの真意を突こうとも思っていない。

 これは、私の自己満足のためだ。それに」


 そこで王太子殿下は言葉を切ると、私に視線を移してにこりと笑って言った。


「エリアスが何を差し置いても優先するような、それほど大事に想う人が現れて私達は嬉しいんだよ。

 だからこそ、夫人に負けてはいられないと思った。

 私達も、エリアスに背中を任せられる仲間になりたいと思っているからね」


 そう言って王太子殿下はヴィオラ様を見やり一緒に頷く。

 そんなお二人を見ていたエリアスは……。


「……馬鹿なのか」

「「「!?」」」


 端的に彼の口から発せられた言葉に、王太子殿下は絶句する。

 私も、ヴィオラ様も固唾を飲んで続きの言葉を待っていると、エリアスは呆れたように言った。


「何が“信頼”だ。信頼してもらうために国家機密を暴露するやつがあるか。

 俺達でなければ国家転覆に悪用されて終わりだぞ。

 それに、幼馴染であるという割に、まだ俺のことを分かっていないみたいだな」

「なっ……」


 エリアスは小さく笑うと、王太子殿下の肩を叩く。

 そして、真剣な眼差しで言葉を紡いだ。


「確かにアリスは大切だ。アリスのためになるのはどちらなのか、国家に縛られることにならないか、言うべきか否かは迷った。

 だが、結果的に俺は君達に話した。

 それが全てだ」


 エリアスの言葉に、その場にいた誰もがハッとする。

 普段私以外の人にはあまりそういうことを口にしないだろうエリアスが、“信頼”という言葉を使わずに“事実”を告げた。

 その言葉の真意は、しっかりと王太子殿下にも伝わったようで……。


「……っ、ありがとう」

「礼には及ばない。君の言葉を借りるなら、俺達は“仲間”であり“友”なのだから」


 そう言って微笑んだエリアスに、王太子殿下は涙交じりに頷くと、その顔を見られたくないようで、壁の方を向き先ほどのようにその壁に手を添えて言った。


「案内しよう。これが、私達王家の国家機密となる地下書庫室だ」


 そう言うと、王太子殿下は先程の魔法で出現した扉を押し開いた。

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