第三十六話
「今日は来てくれてありがとう。突然呼び立ててしまってすまない」
そう向かいの席に座って口にする王太子殿下の言葉に首を横に振ると、私の隣に座っていたエリアスが口を開いた。
「……部屋に防音と侵入禁止の結界を張っているな。とすると、何か魔物に関しての情報に展開があったか」
「……!」
魔物に関しての情報。
それは、私とエリアスが王太子殿下とその婚約者様であるヴィオラ様にお願いしたこと。
(魔物が暴れる理由……、魔物は本当に“悪”であるか否かを見極めるために調べてほしいとお願いしていたから)
エリアスの指摘に、王太子殿下は頷きながら答える。
「そのことに関しては後で話をしようと思っている。あいにく資料をこちらには持って来られなくてね」
持って来られない。つまり、資料は厳重に保管されているということを意味しているため、私とエリアスが黙り込むと、王太子殿下は少し悔しそうに言葉を続ける。
「とは言っても、君達が期待するほどの情報は残念ながら見つけることが出来なかった」
その言葉を引き継ぐようにヴィオラ様が続ける。
「辛うじて見つけられた資料も、劣化が酷くて……、とてもではないけれど魔法を使ったとしても持ち運べる状態ではなかったの。
そちらは後で実際に見てもらうために案内させてもらうわね」
「よろしくお願いいたします」
私がそう頭を下げると、ヴィオラ様は微笑む。
そして、王太子殿下が話題を転換した。
「その前に魔物討伐について、今一度君達と話をしておきたい。
今国王陛下は念の為前線にいるが、当日は城で国全体の結界を守ることになっている。
代わりに私は、城を出て民を守り、指揮を執ることになった。
当日の編成は、避難所を含めた魔法を使えない民を守る城下組と、魔物が最も多く現れる地で戦う最前線組の二手に分かれることになる。
そして、これがその編成予定のメンバーだ」
そうして、王太子殿下に差し出された紙に書かれていた名前を見てエリアスが激昂する。
「俺が城下でアリスが最前線に? 冗談じゃない!
ならば俺も共に最前線に行く」
「エ、エリアス」
怒りを募らせるエリアスを宥めようとするけれど、エリアスは私に向かって口にした。
「一人にはさせないと言ったはずだ。
……魔物は、最前線の地にいた俺ではなく、アリスの精神世界に入り攻撃してきたんだぞ。
俺が離れたら、アリスはまた……っ、君をもう二度と辛い目に遭わせないと決めたんだ。
魔物の目的が君なら、俺は君から離れるわけにはいかない……!」
「……エリアス」
エリアスの目にはうっすらと涙が滲んでいて。
彼が私を想ってくれているのが痛いくらいに分かって、胸が苦しくなる。
だけど。
(私が狙われているのなら、なおさら)
私はエリアスの握りしめた拳を解くようにそっと握りながら、王太子殿下に尋ねる。
「私とエリアスが別の編成ということは、何か意味があってのことですよね?」
王太子殿下とヴィオラ様は困ったように顔を見合わせると、「すまない」と一言断ってから王太子殿下は続けた。
「実際、強力な魔物を十分に斃すことが出来る力を有するのは、君達だけだ。
君達二人では確かに無敵だが、どちらかに極端に戦力を固めてしまうと、二人がいない地が危険に晒される可能性が高まる。
君を狙ってくるか、あるいは、君を避けてあえて別の地を攻撃してくるか……、定かでない状態で戦力を固めるわけにはいかない。
これは、君達に限らず私とヴィオラも同じだ。
結界を張ることの出来る私は民を守るため城下に、ヴィオラは光魔法で君を守ることが出来るため最前線の地へ向かうことになった。
二人で話し合って決めたことだ。どうか、理解してほしい」
「…………」
エリアスの、私の手を握る力が強まる。
分かっているのだ、エリアスも。
実際私とエリアスの魔法は対魔物に対して最も効果的であるため、王太子殿下の言う通り二手に分かれるべきだということを。
私は“癒し”の魔法、エリアスは、二つの強力な攻撃魔法を扱えるから……。
「エリアス」
俯き気味なエリアスの頬にそっと手を添えれば、ゆっくりと視線が交わる。
その氷色の瞳を真っ直ぐと見て、微笑みながら言う。
「『二人で一緒に戦う』という約束を覚えているわよね?」
「……もちろんだ」
「それは何も、物理的に一緒にいることを意味しているわけではない。
距離は離れていても、私も魔法をコントロール出来るようになった今、今度こそ一緒に戦える。
私達には互いを結ぶ“これ”があるのだし」
いつかエリアスが私に同じことを言ってくれたように、薬指で光っているお揃いの指輪を見せて笑う。そして、言葉を続けた。
「それだけでなく、エリアスには私があげた“お守り”もあるでしょう?
あれはとても強力よ。何せ、私の念が詰まっているもの」
お誕生日にあげた大きな魔石のことを冗談めかして言えば、エリアスは目を丸くする。
そんな彼に向かって「それは冗談として」と笑って言葉を続けた。
「何かあったら“親愛魔法”がある。
もし互いに助けが必要な時が来たら、迷いなく頼ることが出来るし、別の場所にいても、私達は共に戦っている。そうでしょう?
……私の力は、エリアスを、民を守り魔物との関係改善を図るために使いたい。
エリアスも、私に協力してくれたら嬉しいわ」
その言葉に、エリアスは少し考えた後、ふっと困ったように笑って言った。
「全く。アリスにそんなことを言われたら断れないじゃないか。
俺が駄々をこねている子供みたいだ」
「ふふ」
私達はお互いに手を握り、頷くと、王太子殿下とヴィオラ様に向かって私から言葉を発した。
「大丈夫です。私は最前線へ、エリアスは城下へ向かいます」
「アリスも、仲間も、民も守る」
私に続くエリアスの言葉に、王太子殿下は頭を下げる。
「ありがとう、恩に着る。私は良き友人を持った」
「今更だろう」
「エ、エリアス」
尊大な態度で言い放ったエリアスの名前を呼んだけど、何だかおかしくてつられて皆が笑う。
そうして一頻り笑い合った後、王太子殿下は言った。
「では、討伐の編成が決まったところで。
今度は君達に見せたい資料を見に行こう」
その言葉に、私達は自然と背筋を伸ばし、頷いたのだった。