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第三十四話

「はい。私は、魔物討伐に参加いたします」


 そうはっきりと告げた私に、お父様とお兄様が顔を見合わせる。

 何を言われても……、たとえ止められたとしても絶対に引かないという思いで、握った拳をそのままに彼らを見つめていると。


「……そうか」


 意外にも、お父様から発せられた言葉に目を丸くすれば、お父様は苦笑しながら言った。


「私が止めると思ったか」

「……はい」


 戸惑いを隠せないまま素直に頷けば、お父様は「そうだな」と言葉を続ける。


「今までの私ならそうしていただろう。

 アリスは女の子だし、どう育てれば良いか分からず、手探りで……、そのせいでまるで腫れ物に扱うように接してしまい、結果的に深く傷つけてしまった。

 いくら謝っても謝りきれないことを、私達家族はしてしまったんだ」

「……」


 その言葉にかける言葉が見つからず、俯き黙り込む私に、お父様は続ける。


「許してほしい、とはもう言わない。

 だが、アリス。私達はこれから先もずっと、味方であり続けたい。

 お前が選択したこと……、魔物の討伐のことも、止めることなどしない。むしろ、私達は侯爵家の名にかけて応援したい」

「!」


 思いがけない言葉に顔を上げる。

 目が合ったお父様は、柔らかな表情をしていて。


「……正直、魔法が使えなかったアリスが花魔法を授かったとはいえ、攻撃魔法でない花魔法でどのようにして戦うのか。

 心配でないといえば嘘になる。

 出来ることなら、戦いの場には出て欲しくない……、私達が身を賭して守りたいという気持ちもある。

 だが、アリスの決めたことだ。私達にそれを止める権利はないし、隣には公爵様がいる。

 私達に出来ることは、お前を見守り共に戦うことだけだ」

「……お父様」


(まさか、それを伝えるためにわざわざここへ?)


 フリュデン侯爵家は、代々火属性の使い手として魔力が強い家柄のため、来月の魔物討伐の筆頭の中にもお父様のとお兄様の名前があることは知っていた。

 今その準備で忙しいはずなのに、わざわざやってくるとは思わなくて驚いたけど……。

 戸惑う私に、お父様は告げた。


「今まで不甲斐なくも父親として失格な姿を見せていたからな、せめてこれからは少しでも格好良いところを見せられるよう努力したいと思っている」


 お父様はそこで言葉を切り、それと、とバッグから何かを取り出して私に差し出した。

 恐る恐る受け取ってみると、それは古い手帳のようで。


「これは?」

「私の妻であり、まだ赤子だったお前を見つけた母親の形見だ」

「!」


 驚き目を見開いた後、戸惑いながらも尋ねる。


「……どうしてこれを、私に?」


 そんな私の言葉に、お父様はお兄様を見やってから口にした。


「私は、今まで現実から目を背けてきた。

 妻が亡くなったという現実から……、妻の部屋に入ることさえもしなかった。

 お前とあまり顔を合わせられなかったのも、まだ幼かったお前を嬉しそうに抱いていた日を思い出してしまうから……、無意識に避けていたのだと今では思う」

「…………」


 そう言ったお父様の表情が翳って。

 私を拾ってくれたお母様のことを愛していたからこそ、形見となる私と向き合えなかったということだろう。


 気持ちは分からなくもない。

 愛している人を失ったのだから、その消失感は計り知れないだろうと、愛する人と巡り逢えた今なら分かる。

 だけど、そんなことを知らずに、味方のいない屋敷でずっと独りぼっちで生きていた私の傷は、それを聞いても癒えることはなく、今もなお心に深く傷が残っているのも事実で。

 そんな複雑な心境でいる私を見て、お父様は困ったように笑って言った。


「先ほども言ったように、そのせいで何も知らないお前を深く傷つけてしまったのだから、私達のことは許さなくて良い。

 ……ただお前は、一人ではないのだということを伝えたかった。

 特に亡くなった妻は……、娘が欲しいと切に願い、その願いは叶うことがないと、刻一刻と死が近付いていく最中で、お前という希望の光を見つけた。

 ……アリスをその腕に抱きしめ、頬を寄せるその姿が今までで一番、嬉しそうに笑っていたんだ」

「…………」


 初めて聞く内容に、以前肖像画で見た女性の姿を思い浮かべ、そして、古びた日記を持つ手に視線を落とす。

 お父様は言葉を続けた。


「アリスと向き合うことを決めてから、妻は亡くなったという事実と向き合うことを決めた。

 二十四年も経ってしまったが……、その日記の内容を見て、アリスに渡すべきだと思った」

「でも、よろしいのですか? これは、お母様の数少ない生きた証であり、大切な形見なのでは」


 戸惑う私に言葉をかけたのはお兄様だった。


「いや、それは君に持っていてほしい。

 ……その日記には、私達のことよりずっと、君のことが書かれているんだ」

「私のこと?」

「そう。私も覚えているんだ。母上が君を見つけ、連れてきた時のことを。

 ……母上は余命を宣告された時から、私に心配をかけさせまいと笑うことはあっても、心の底から笑うことはなくなった。

 日に日に笑顔が消えていくのをただ見守ることしか出来なかった時、母上が急に散歩をしたいと言い出し、制する使用人の声を振り切って外に出て……、連れてきたのが君だった。

 私はとても驚いたけど、父上の言う通り、その時の母上は、君を抱きしめて、今までに見たことのないほど幸せそうな笑みを浮かべていたんだ……」


 そう言ったお兄様の目には、涙が光っていて。

 そして、私に言った。


「魔物討伐に参加するとなると忙しい今、どの面を下げて君に会いに来るんだと私も思う。

 だけど、君にこれを見せたかった。

 過去が無くなるわけじゃない。何度も言うようだが、私達が君にしたことが無くなるとも、許して欲しいとも思っていない。

 ただ……、母上も、父上も、私も、君が来てくれて良かったと、心から思っている」

「……っ」


 お兄様の言葉に、表情に心が震える。

 だけど、やはり今更という気持ちの方が強い自分がいて。


(お兄様の言う通り、過去の傷が消えるわけではないし、信じられないもの……)


 返す言葉を見失ったままの私に、お父様は言う。


「……迷惑だとは分かっていたが。

 魔物討伐に参加すると聞いて居ても立ってもいられず、こうして来てしまった。

 その日記も、迷惑かもしれないが持っていてほしい。

 そして、もし気が向いたら……、その時に読んでほしい。

 お前は、本当は、愛されていたのだと」

「……!」


 お父様の言葉にパッと顔を上げる。

 お二人は困ったようにもう一度微笑んだから、今度はエリアスに向けて言葉を発した。


「ご多忙の中、お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。こちらで失礼致します」

「私達がこんなことを申し上げるのは、相応しくないかと思いますが。

 アリスのこと、何卒よろしくお願い申し上げます」


 そう言ってエリアスに向かって頭を下げる二人を見て、私は、お母様の形見だという日記帳を持つ手に、知らず知らずのうちに力が入った。

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