第十二話
「わぁ……!」
私より先に、ララが歓声を上げる。その後に続き、私も言葉を発した。
「やはりカーテンを替えただけでも、お部屋の雰囲気が変わるわね」
そう、ついに黒カーテンから花柄のバルーンシェードカーテンへと替えることが出来たのだ。
デザインは、レース地に小花の刺繍があしらわれている、形こそ違えど以前私が前世で持っていたものと似ているデザインを選んだ。
そうしてカーテンを眺める私に対し、ララが口にする。
「ですが、このデザインでよろしかったのですか? 一目惚れされていたデザインとは全く異なりますが」
「……あれはいくら可愛いといえど、お値段が可愛くなかったわ」
ララの言う通り、最初に一目見て手に取った品は、色もデザインも全く違う物だった。
しかし、いくらエリアス様の無茶振りに対し最高級の物を買おうと意気込んだ私でも、私が買ったカーテンをいくつ買えるか分からない程の金額にドン引きしたのだ。
(さすがにあの値段のカーテンなんて、無駄遣いも良いところだもの)
思わず遠い目になりかけたところで、ララが首を傾げて言った。
「公爵様にお願いすれば、買って下さるかもしれませんよ?」
「別に何が何でも欲しいというわけではなかったから、これで良いの」
「そうですか?」
ララの言葉に頷き、白地のカーテンを眺めながら口にする。
「後はどうすれば、皆から“幽霊屋敷”なんて呼ばれなくなるかしらね?」
「!? こ、ここってそんな風に呼ばれているんですか!?」
「あら、ララも知らなかった?」
「は、はい。外の噂なんて耳にしないものですから……、それよりも、幽霊屋敷ってどなたがお付けになったのでしょう!?
物凄い納得してしまうのですが!」
「ふふ、本当。言えているわよね」
そう言って、私達はクスクスと笑ってから、ふと思いついて口にした。
「そうだわ。ララ、一つ頼みたいことがあるのだけど」
ララに連れて来てもらった場所は、昨日も訪れた庭園だった。
ララは慣れた足取りで、広大な庭園の中を歩く。
「確かこの辺にいるはずなんですけど……」
そう言ってキョロキョロと辺りを見渡す彼女の後ろを追っていたら、不意に花と葉の隙間から視線を感じて……。
「きゃ!?」
「!? アリス様!? いかがなさ……って、クレールさん、こちらにいらっしゃったのですね」
ララの言葉に、今度こそクレールと呼ばれた青年が姿を現す。
帽子を被り、土で所々服が汚れてしまっている彼は、紛れもなく。
「貴方がここの庭師のクレールね?」
「はい……、そうです」
(ララから聞いていた通り、口下手で静かな印象ね)
そんなことを考えながら口を開いた。
「私の名はアリス・フリュデン。エリアス様の妻となる者ですわ」
「……はあ、伺っております」
心底どうでも良いという顔をする彼に、なるほど、とララの言葉を思い出す。
(無口で無愛想、そして気難しい人。エリアス様よりも3歳ほど年上だと聞いているけれど、だから何だというの)
私は腕組みをすると口にした。
「貴方、次期公爵夫人となる私に向かってその態度は何?」
「……では、どうすればよろしいでしょうか」
今にでもため息を吐きそうな顔でそう口にする彼に対し、私は背の高い彼を見上げて言った。
「敬えとは言わない。けれど、もう少し人の話を聞く態度を改めた方が良いのは確かね。
そうしなければここにある花達が……、貴方の亡くなった御祖父様も悲しむわよ」
その言葉に、クレールの目が鋭くなる。
私は息を吐くと言った。
「どうして知っているのかという顔をしているけれど、これも妻としての役目よ。
邸に仕えてくれている者の名前、仕えた経緯など、出来る限りのことは把握しておきたい。
そして私は、心から貴方を尊敬しているわ」
そんな私の言葉に、帽子から覗く彼の緑の瞳が見開かれる。
その瞳をまっすぐと見ながら言葉を続けた。
「だって、こんなに素敵な庭園を作り上げることが出来るんだもの。
このお庭の花々全てを手入れするのに、どれほど膨大な時間をかけているかと思うと、よほどお花が好きでない限り続かないわ。
まあ、私がお花を好きな気持ちは貴方にも負けないと思うけれど」
「!」
そう言って笑みを浮かべると、更に言葉を続けた。
「本当は、貴方にお花を少し分けて頂こうと思って来たのだけど、貴方はこの庭園のお花を譲ることが嫌だと聞いているから今日のところは諦めるわ。
……でも、こうして見ているとその気持ちも分かる気がするのよね」
そう言って庭園の花々をぐるりと見渡した。
(ララの情報によると、彼は花の妖精の祝福の持ち主。だけど、魔法を使うところを誰も見たことがない。
それほどに花を愛し、自らの手で花を育てることに誇りを持っている人なんだわ)
咲き誇る花々が、太陽に向かって真っ直ぐに咲き、風に撫でられて揺れている。
その様は本当に素敵で、私は思わずうっとりとしてしまいながら口にした。
「これだけ見事な庭園だもの、私も皆に自慢したくなってしまうと思うわ。
いえ、貴方と同じように独り占めしたくなってしまうかも。
というわけで、毎日ここへ花を見に来ても良いかしら?」
「……!」
クレールは僅かに目を見開くと、クルッと踵を返した。
(あら、怒らせてしまったかしら?)
説得失敗かと思われたその時、彼が小さく口にした。
「……好きにしてください。ここは、貴女と公爵様の家なのですから」
「……!」
そう呟くように放たれた言葉に、私はその背中に向かって叫んだ。
「えぇ! 好きにさせてもらうわ!」
彼はその言葉に何の反応も示さず、花々が咲き誇る庭園の奥へと消えた。
「こんなに回りくどいやり方でよろしかったのですか?
公爵様にお願いすれば、クレールさんの意思に関わらず切り花を頂けると思いますが」
そう口にするララに対し、私は首を横に振って言った。
「良いのよ。それに言ったでしょう? 私もその気持ちは分かるって」
ララから聞いた情報によると、クレールは亡き御祖父様が庭師だったという影響で、花が大好きで、彼自身も庭師になることを望んでいた。
そして、御祖父様との間に何があったのかは分からないが、亡くなったことをきっかけに心を閉ざすようになってしまった。
特に花を摘む、切り花にするといったようなことを願い出た者には容赦しないとも。
(気持ちは分かる。便利な魔法を使わずして育てた大切な花を、そう簡単に人の手に渡せないと思う。けれど)
「……どうしても私は、切り花を彼から譲ってもらわなければならないの」
そうでないと私の夢は……、“花にまつわる職業”という夢は、叶えられないのだから。
「だから、公爵様に頼んで無理矢理頂くというわけにはいかないの」
花は心を表現出来る“心の鏡”だと、私は思っている。
「そのためには、クレールに心を開いてもらわないとね」
そう言ってララに笑みを浮かべれば、彼女は少し驚いたように目を見開くと……、クスクスと笑って言った。
「ふふ、何だかアリス様らしいです」
「えっ、それって何? どういうこと? 悪口なの??」
言われたことのない言葉に驚く私に対し、彼女はあははと笑って返した。
「まさか! むしろ褒め言葉です!」
「そ、そう?」
「はい」
ララの言っている意味が分からず首を傾げたものの、まあ、褒め言葉なら良いのかしら、と結論付け、切り花を譲って頂けますようにと切実に願うのだった。
そうして申し出た通り、定期的に庭園を見に行き始めたその二日後、契約結婚四日目を迎えた朝。
私は目の前に現れた光景に唖然とする。
「な、何これ……」
それは、邸の前いっぱいに連なっている馬車の数だった。
「一、二、三……、何台いるのよ」
「全て君が頼んだカーテンを積んだ馬車だ」
「!?」
後ろから不意に声をかけられ、驚いてみれば、エリアス様の姿があった。
「ゲッ」
「ゲッ、とはなんだ。一応君の夫だぞ?」
「そうですね、私も一応貴方のお飾りの……っ!?」
そう口にしようとした瞬間、彼の手で口を塞がれる。
そして、彼は一気に縮まった距離のまま、皆に聞こえないくらいの声で言った。
「おい、契約を台無しにする気か」
「っ、貴方が喧嘩をふっかけてくるのが悪いんでしょう!?」
そんな言い合いをしている私に、少し遠くに控えていたララが笑って言う。
「相変わらず仲がよろしいですねぇ」
「「どこが!?」」
「そういうところです」
デジャヴを感じ、二人で顔を見合わせ、ふんっと同時に顔を背ける。
(そうよ、今はこの人に構ってる場合ではない)
私は腕捲りをすると、気合いを入れるように口にした。
「よし、どの部屋のカーテンから替えていきましょうか」
私の言葉に、エリアス様とララがギョッとしたように目を見開き、口々に私に尋ねる。
「お、おい、君も手伝うのか?」
「アリス様、いくら何でもそれだけはやめてくださいね!?」
そんな二人の言葉に、私はキョトンとして返事を返す。
「なぜ? だってこんな量では一日で終わらないじゃない。
だったら、一人でも多く人手がいた方が良いでしょう?」
「だ、だからってアリス様が手伝うことではありません!」
「そうだぞ。それを言うなら、俺が手伝えば一瞬で終わるんだが」
そんなエリアス様の言葉に、私は笑みを浮かべて言う。
「大丈夫ですわ。それでは貴方に借りを作ることになってしまいますので、それだけは避けたいです。
よって、エリアス様は一切手出しご無用です」
後で何を言われるか分からないもの、なるべくエリアス様の力だけは借りないようにしたい。
「というわけでララ、行くわよ!」
「あ、お待ちください、アリス様〜!」
ララを置いてけぼりに、私はカーテンを積んでいる馬車へと向かって走り出した。
「……全く、とんだじゃじゃ馬むすめだな」
そう言ってエリアスは笑みを溢し、一人邸へと戻って行ったのだった。