第二十八話
「エリアス」
共同寝室の二人きりの空間の中。
名前を呼んでから何と声をかければ良いか分からず黙り込んでしまう私に、エリアスが苦笑する。
「そんな顔をするな」
「っ、でも」
口を開こうとした私の頭にエリアスの手が載り、そのまま頭を撫でてくれながら彼は笑いかける。
「大丈夫。知っているだろう? 俺が強いことは、君が一番」
「……っ」
確かに、エリアスは強い。
だけど、それとこれとは別だ。
「私が協力すると言いながら、エリアスだけ魔物討伐に参加するなんて……」
「国王陛下の命令だし、俺は本望だ。君のために戦えるのなら」
(……また、すぐそういうことを言う)
ただでさえ今、心臓に悪いことばかり起きているから少しは自重してほしい、と目で訴えれば、エリアスは「逆効果だぞ」と今度は私の頭を軽く小突いて笑う。
「大丈夫だ、すぐ戻ってくる。……それに、俺達にはこれがあるだろう?」
これ、と指し示されたのは、私とエリアスの結婚指輪で。
私は自分の左手の薬指に肌身離さず身に付けているそれをギュッと握り、エリアスに提案する。
「あの、もう一度魔力を付与しても良い?
……せめて、私もあなたの力になりたい。
その場にいなくても、あなたを守れていると、そう思えるから」
「……!」
エリアスが目を見開く。
そして、ふっと小さく小さく笑い、手を差し出して言った。
「……実は俺も、君に魔力を付与してほしいなと思っていたんだ」
「そうなの? 言ってくれれば、いつでも補充するのに」
「君の力は大切な魔力だ。何より自分のために、力を使ってほしいと思って」
「……」
そんなエリアスの言葉に私は少しだけむくれる。
「あのね、エリアス。いらぬ気遣いは無用よ。
だって私達は夫婦でしょう? それとも、助け合いたいと思うのは私だけ?」
「!」
「それに見くびられても困るわ。私も魔力を上げるために日々特訓しているの。
エリアスを守りたいという気持ちは、あなたが私を守りたいと思ってくれる気持ちより絶対に優っている自信があるわ」
そう口にすると、エリアスの手を取り彼の指輪に“親愛魔法”と心の中で唱えながら口付けを落とす。
すると、初めて魔法を付与した時よりも強い桃色の光が放たれ、やがて彼の指輪に収束していく。
驚く彼を見上げ、口角を上げれば、エリアスもまた悪戯っぽく笑って言う。
「いや、俺の方が絶対に君を想う気持ちは負けていないと思うが。……見ていると良い」
そう言うや否や、彼は私の左手を取り口付けを落とす。
そして。
「!?」
彼もまた、以前とは比べものにならないほどの眩いばかりの光が指輪から放たれ、その光が吸収されても指輪は光を帯びたままで。
思わず息を呑んでしまう私に、エリアスは耐えきれないというふうに笑うと、やや挑発気味に言った。
「俺も、君に負けてはいられないからな。
君を守るには君を常に上回っていなければ」
「っ、わ、私も負けてはいられないわ! エリアスが帰ってくるまでに特訓しておくから!」
「ははっ、ほどほどにな。だが、楽しみにしている」
エリアスが笑う。
その表情を見て、エリアスが今は一緒に戦えない私を鼓舞してくれているのだと感じ、不意に泣きそうになってしまうけれど、それをグッと堪えて力強く口にした。
「ご武運を」
「あぁ。必ず帰る。君の元に」
エリアスの言葉に、今度こそ涙を堪えきれなくて。
その顔を見られたくなくて衝動的にエリアスに抱きつき、その胸元に顔を押し付けると、彼もまた力強く抱きしめ返してくれた。
王城で魔物と対峙し、話し合ってから一週間。
その一週間の間に私達の生活は一変した。
王太子殿下の口から国王陛下、並びに王妃殿下に私の魔法の件が耳に入ると、すぐにエリアスと二人で呼ばれ、話し合いが行われた。
国王陛下と王妃殿下は歴史について今一度調査すると約束をしてくれ、代わりに私達は王家に力を貸すこととなった。
力を貸すとは、言わずもがな魔物討伐のことで、まずはエリアスのみ魔物が頻繁に発生すると言われる最前線の地へと赴くことになった。
私も本当は一緒に行って戦いたい気持ちは山々だけど、私の魔法は否が応でも魔物を惹きつけてしまう。
そうなると、私だけでなく周りに甚大な被害が及びかねないこと、また、私の魔法を持ってしてでも最前線に立つにはまだまだ準備不足だというのが国王陛下、並びに王妃殿下の見解だった。
エリアスが最前線に立つことで私の警備が手薄になってしまうことを危惧されたけれど、王城ではなく公爵邸でも十分に警備体制を整えられるとエリアスが進言してくれたおかげで、私達はロディン公爵邸へと無事に戻ることが出来たのだ。
(そして戻ってきてから二日が経った今日、エリアスは戦地へと向かった……)
共同寝室の窓の外は、先程まで明るかったのに今では月のない宵闇が広がっている。
その空を見上げながら無意識に指輪に触れ、ギュッと強く握る。
「……ごめんね、エリアス。あなたまで巻き込んでしまって」
私も早くあなたと並び立てるように、魔法の特訓を頑張るから。
私はここで、私に出来ること……来たる時のために、仲間達と協力して万全の準備を整えることに専念するから。
だからどうか……、どうか、怪我一つなく無事で帰ってきて。
「女神様、神様、どうかエリアスをお守りください」
そう口にしながらギュッと目を閉じて祈った私の薬指に身につけていた結婚指輪が、僅かに桃色と青白い色の光を帯びたことに気が付くことはなかった。
「……おい」
「ん……」
頬に感じた柔らかな感触に目を開けると、ぼやけた視界の先にいたのは。
「……ソール!?」
思わずガバッと立ち上がった私を見て、黒猫姿をしたソールが呆れたように言った。
「お前、なんでベッドで寝てねぇんだよ? そんなんじゃ体力持たねーぞ」
ソールの指摘に周りを見渡せば、確かに共同寝室に備え付けられている机に突っ伏して眠ってしまっていたようで。
「わ、私魔法の特訓をしたまま寝落ちしてしまったんだわ……、ってそうではなくて!
なぜあなたがここに!?」
驚く私に、ソールはふわっとあくびをしながら言った。
「あいつに頼まれたんだよ」
「あいつって……、エリアスに?」
「他に誰がいるんだよ」
「え……」
確かに出立する前、エリアスが私に言っていた。
『俺の代わりに、君にとって強い味方になってくれる人に頼んでおいたから。何かあったら遠慮なくそいつを頼れ』
「…………あなたのこと、だったのね」
「え?」
ソールが首を傾げたのを見て、思わず笑ってしまう。
「っ、ふふふ、いつも思うことだけどいつの間にあなた達仲良くなったの?」
「はあ? 仲良いわけねぇだろ。あいつは俺にとって敵も敵だ」
「という割に、最近は私よりエリアスに会いに行っていることが多いんじゃない?」
「勘違いするな。俺はあいつが気にくわねぇから見張ってるだけだ。っておい、笑うな」
「ふふふ、だって」
クスクスと笑っていると、ソールが人間になって私にデコピンをくらわせてくる。
そのソールの顔がほんの少し赤いことに気が付いて、より一層笑ってしまいながらソールに向かって口にする。
「ソール、ありがとう。改めてこれからもよろしくね」
「!」
自分がいない代わりにと心強い味方を送ってくれたエリアスと、文句を言いながらもエリアスの言葉通りに私を守るために来てくれたソール。
そんな二人の心遣いに、冷え切っていた心がじんわりと温かくなっていくのを感じ、改めて私は恵まれていて幸せだなと感じたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
この物語ももう少しで40万字を迎えようとしているところですが、第四章が作者の想定以上に長く、第五章を作成するほどではないにしても、その半分程度まで話数が増えるかも、というご報告をさせて頂きます。
本来であれば取捨選択すべきところなのかもしれませんが、アリスとエリアスの関係性、世界観を丁寧に描きたい気持ちが強く、バランスを考えながら執筆させて頂こうと思っております。
「愛されない〜」の世界を応援して下さる読者の皆様にもう少しお付き合いいただけたらとても嬉しいです。また、プロットは最後まで既に頭に入っているので、完結保証、安心してお読み頂けたらと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。