第二十七話
「私があなた方に話しておきたかった。友人として、信頼出来る仲間として」
そう告げた私に対し、皆一様に私を見つめたまま固まってしまって。
その反応を見た私はハッとし、慌てて言った。
「か、勝手に友人と一括りにしてしまったのは私の思い込みであり迷惑だったかしら!?」
「ふ、はははは!」
そんな私の言葉に笑ったのはエリアスで。
思わず彼を見やると、エリアスはすまない、と口にしながら言った。
「君は本当に人たらしだ。天然は罪だな」
「な、何のこと??」
「自覚がないのが君らしい」
エリアスの言葉に戸惑っていると、賛同するようにファビアン様が言う。
「確かに。ミーナもいつも言っているよな?」
「えぇ。アリス様はそういう言動に全く自覚がないというところが、良いところであり本当に可愛らしいのですわ!」
「そういう言動って!?」
今度はたまたま目が合ったフェリシー様がにっこりと笑って言う。
「要するに、アリス様は根っからの良い人だということです!」
(わ、私が良い人? 今は違えど元悪役令嬢であるこの私が?)
自分でも性格はそんなに良い方ではないと思うけれど、と首を傾げてしまう私を見た皆がクスクス笑う。
次に声を上げたのは、隣にいるエリアスだった。
「バシュレ嬢の言葉に賛成だ。正直、俺も魔法に関して皆に話すことを躊躇い、王太子殿下やノルディーン嬢からも反対されたのだが、アリスがどうしてもと聞かなかった。
“皆を巻き添えにした責任がある。守るためには、皆に真実を話しておくべき”だと。
彼女は二頭の龍を目の当たりにしてもなお怯むことなく立ち向かうことが出来るひとだ。
……俺が守ろうとしても、この腕から逃れてしまって守らせてはくれないのが何とももどかしい」
彼の表情と最後の言葉が妙に色っぽく聞こえるのと、それによって昨夜のことを思い出した私は、慌てて振り払うように声を上げる。
「そ、そんなことはあるかもしれないけれど!
私だってエリアスを、皆を守りたいもの!
お荷物になんてなりたくないし、この力で皆を守ることが出来るのなら、私は力を行使することを惜しまない。
……それにこの力を使えば、魔物を斃さず魔界へと送り返すことが出来る。
そうして魔物が人を、人が魔物を傷つけることのない世界を作りたい。
それが私の、運命だと思うから」
ギュッと拳を握りしめた私の手を、エリアスが握ったことで彼を見上げれば、彼は困ったように笑って言った。
「アリスはこうして、何でも一人でやってのけようとする。
今まで誰一人として考えたことがなかった、魔物と人間が対立することのない世界を作るために。
俺は、そんなアリスを全面的に支持する。王太子殿下とノルディーン嬢からも協力を得て、国王陛下夫妻の耳にも入ることになったら、その時は魔物といよいよ向き合う時がくるだろう」
「「「……!!」」」
魔物と向き合う。
それはつまり、エリアス達学園時代以来の魔物との全面戦争が始まる、ということ。
(本当は、戦争なんてしたくない)
魔物と戦いたくないし、人間や魔物問わず怪我を、ましてや命を落とすようなことが起きてほしくない。
けれど、魔物は私達を憎んでいる。
話し合うためには、魔物が人間に攻撃してくる限り魔法を使うことは免れないだろう。
(これが最善の選択か、私には分からない。
けれど、もし戦争になったとしても誰も、誰一人死なせはしない)
「そのために、お願いがあるの」
ギュッと拳を握り、意を決して口を開こうとした私よりも先に。
「是非協力させてください」
「っ、え……」
言葉を発したのは、リオネルさんで。
リオネルさんはギュッと拳を握って言った。
「僕も魔物は本当に悪の存在なのか、疑問に思っていました。
確かに学園時代や昨夜見た魔物達は、敵意があり攻撃性の高い魔物ばかりでしたが、街中にも普通に現れる魔物は、可愛らしい魔物ばかりで。
可愛いものが好きな僕としては、触ってみたいな、とつい思ってしまうほどです。
だからこそ、アリス様が仰る人間と魔物が分かり合える世界、というものを純粋に見てみたいと思うのです」
「リオネルさん……」
リオネルさんが笑みを浮かべて頷いたのを見て、今度はミーナ様が口を開く。
「もちろん、私とファビアンも協力いたしますわ。
……昨夜、私達は何もすることが出来なかった。
お守りしようと思っても、私達の魔法は攻撃には向いていないものばかりで、情けなく思っていたところなのです。
だから今度こそ、アリス様やエリアス様のお力になりたい。
私達に出来ることは微々たるもので限られているかもしれませんが、それでも協力させてくださいませ!」
「っ、ミーナ様……」
ミーナ様は私を、ファビアン様はエリアス様を見て頷いてくださったのを見て、エリアスとも顔を見合わせ互いに頷くと。
「……さすが、アリス様ですわ」
「え?」
フェリシー様の口からポツリと呟かれた言葉に目を瞬かせれば、彼女も両手で拳を握り力強く口にした。
「私も微力ながらお供させてください!
火属性魔法なら私、自信があります!
もう魔物に身体を乗っ取らせはしませんから!」
「フェリシー様……」
フェリシー様の言葉で、不意に花祭りの際に言われた彼女の言葉を思い出す。
『お姉様は、小説の“アリス”とも、前世とも違う。
今はもう、お姉様は一人じゃない』
その言葉を、今この場にいる皆が私を見てくれていることで不意に思い出されて。
「…………」
「ア、アリス!?」
エリアスが驚いたように私の名前を呼んだことで、自分が初めて泣いていたことに気が付いて。
私は目元を拭いながら笑って言った。
「ごめんなさい、嬉しくて。……一人じゃないんだって、改めてそう思ったから」
……そうよね。暗がりで一人、窓の外で打ち上がる花火を見ていた自分とは、もう違うんだわ。
自分の気持ちを落ち着かせるため、瞳を閉じて目元を拭ってからゆっくりと目を開ける。
そして、いつもの自分に戻った私は、力強く口にした。
「皆、本当にありがとう。決断してくれた皆のことは、絶対に私が守る。
だから、私を信じて一緒に戦って」
そう言った私の言葉に、エリアスはクスッと笑って言う。
「なら俺は、そんな君を何が何でも守らなければな。
……そして、この国を、世界のことわりをも覆そう。皆で、一緒に」
エリアスの言葉に、その場にいる皆で力強く頷いたのだった。