第二十六話
「顔を上げて、二人とも」
王太子殿下の言葉に私とエリアスが揃って顔を上げれば、王太子殿下は微笑みながら言った。
「君達が頭を下げる必要はない。むしろ、私達は助けられた身の上であり、国のためにと英断してくれた臣下の進言を無碍にすることなどもってのほか。
王族の一員として……、王太子として、ロディン公爵とその夫人にこの恩に必ずや報いると約束しよう」
「っ、それでは」
私が発言したのに対し、王太子殿下とヴィオラ様は顔を見合わせてから頷く。
思わずエリアスの方を見やると、彼もまた視線を合わせて微笑みを浮かべてくれる。
(っ、やったわ……!)
これで私が成すべきことにまた一歩近付けた、と歓喜したのも束の間、王太子殿下はただし、と声を上げる。
「この件は、王太子という肩書きの私だけでは十分な采配が取れないだろう。そのため、国王陛下と王妃殿下にも共有させてもらいたい」
その言葉にエリアスが警戒心を強めて言う。
「国王陛下と王妃殿下に伝えたとして、王家というしがらみに囚われアリスの自由が効かなくなる……ということはないだろうな?」
「そうならないよう努めると約束しよう。……本当ならば黙っておいた方が都合が良いはずの大事な秘密を私達に打ち明けてくれたんだ。
公爵である君を……、いや、友とその大切な人を裏切るような真似はしない。
それに、君が一番敵に回したら恐ろしい相手だということを、友人である私は一番に理解しているつもりだ」
「話が早くて助かる」
「エ、エリアス」
私のせいで今後の友情関係にひびが入るのは、と焦る私に、王太子殿下とヴィオラ様はクスクスと笑う。
「本当、エリアスは今までとは別人だな」
「そうね。こんなに生き生きしているところは見たことがないわ」
「……っ」
二人の言葉に居た堪れなくなる私をよそに、エリアスは私の肩を抱くと笑って言う。
「違いない。彼女の強さと美徳に俺は救われた。
彼女は周りを、皆を幸せにする、俺には勿体無いくらいの最高にして最愛の妻だ」
「〜〜〜エッ、エリアス!?」
お二人の前で何をを言っているの!? と悲鳴を上げる私をよそに、二人は顔を赤く染めて口にする。
「待って、こんなエリアス見たことがない……」
「私も……、こんな惚気をまさか彼の口から聞ける日が来るとは……」
(ひぃぃぃぃぃぃ)
今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られている私に、ヴィオラ様が「実は」と話を切り出す。
「これはね、エドにも話したことはなかったのだけど。
私は光属性の家系であると同時に、妖精から祝福されているの。
その祝福を授かる時にね、妖精から告げられたのよ。
“あなたにさらに力を与えるのは、これから訪れるだろうかつてない困難を乗り越えるためである”と」
「かつてない困難……」
「そう。私もその言葉の指す意図は、てっきり学園時代の魔界封印のことを言っているのかと思っていたけれど、それは違ったのだと今なら断言出来る」
ヴィオラ様はそういうと、私の目をしっかりと見据えて告げた。
「妖精にはこうも言われたわ。
“あなたの力はあなただけのものではない。新たな未来を切り拓こうとする人間を支援するためのもの”だと。
……つまり、妖精はあなたのことを言っていたんだわ」
「!? わ、私、ですか……!?」
「えぇ。あなたは妖精からも人からも愛された、尊ばれるべき存在。
もしかしたら女神と同じ力を有したということは、あなたの力は神から与えられたものなのかも」
「!?」
(す、鋭い……!)
さすがは小説のヒロインというべきか、そもそもヒロインであり次期王妃となる彼女を差し置いて、悪役令嬢だった私がその言葉を受け止めて良いものなのかを戸惑っていると、ヴィオラ様はクスッと笑う。
「自分が特別という自覚がなく謙虚だからこそ、あなたは皆から愛されている。
……妖精達が自然と集まってくるのも頷けるわ」
「え……」
その言葉に、ヴィオラ様の背後を飛ぶ金色の光を纏った妖精がいることに気が付く。
(っ、あれはもしかして光の妖精……?)
ヴィオラ様はもう一度笑みを浮かべると、私に向かってはっきりと告げた。
「アリス様。私も次期王妃となる立場として、あなたを全面的に支持いたします。
あなたが下してくれた決断と期待に添えるよう、私も尽力することをここに誓います」
ヴィオラ様が胸に手を当てる。
そのまっすぐな瞳と言葉に、私は礼を述べ、頭を下げたのだった。
そして。
「……そう、でしたのね」
ミーナ様がポツリと呟いた後に言葉を発したのは、一緒に私の話を聞いてくれたリオネル様だった。
「どうして、僕達にそんな重要な秘密を打ち明けてくださったのですか……?
魔物達が目の敵にしているのがアリス様の魔法ということは、それほど強力であり特別な魔法の使い手であることは確か。
ましてや“癒しの魔法”なんて聞いたことがない……」
そう、私とエリアスは王太子殿下とヴィオラ様に魔法のことを打ち明けた後、許可を頂いて庭園パーティーに参加していた面々……、リンデル夫妻とリネオル様、それからフェリシー様に伝えた。
また、先ほど王太子殿下やヴィオラ様とお話しした際に出た記録書に描かれている女神様の内容は定かではないため、そちらは伏せているけれど。
(確かにリオネル様の言う通りだわ)
私の魔法の件について話すことは、随分私達の間で話し合い揉めたことは確かだ。けれど。
「今回のパーティーのことを通して、あなた方には話しておきたいと思ったの。
危険な目に遭わせてしまったのは私が原因でもあること、それから」
私は言葉を切ると、皆の顔をゆっくりと見回して微笑んだ。
「強力な魔物を目の前にして、決して背中を向けることなく私達を守ろうとしてくれたでしょう?」
リンデル夫妻は、王太子殿下とヴィオラ様を。
フェリシー様とリオネルさんは、私とエリアスを逃がそうとしてくれた。だから。
「そんなあなた方に対して目を背けるのは不誠実だと思った。だから私は、あなた方に私の秘密を話すことにしたの。
……いえ、それは建前で、私があなた方に話しておきたかった。友人として、信頼出来る仲間として」
私の言葉に、皆一様に目を見開いたのだった。