第二十三話
そうして二頭の魔物の姿が消え辺りが静まり返る中、私は隣で目を見開き固まったままのエリアスに向かって口を開く。
「……ごめんね。守ってくれると言ったのに、約束を破ってしまって」
「っ、身体は」
「心配しないで、大丈夫だから。……魔力も、全く枯渇していないみたい」
「……!!」
全く、という言葉にエリアスが瞠目する。
私自身も震える手を誤魔化すようにギュッと反対の腕を握る。
(これで私は、人間離れした……、いいえ、魔法使いの中でも並外れた能力の持ち主であることが証明された)
もう、ここまで来たら隠し通すことも言い逃れも出来ない。
再度、エリアスに向かって謝る。
「ごめんね」
そう口にしてから、踵を返して向かった先は、足から血を流すエドワール殿下の元で。
その傍らにしゃがみ、王太子殿下の足に両手を翳すと。
「「……!」」
桃色の光が手のひらから放たれ、みるみるうちに足からの出血が止まり、傷が塞がる。
“癒し”の魔法は病気を治したり身体の欠損を再生したりは出来ないけど、怪我を治癒出来る能力があり、私は習得していたのだ。
その光景を目の当たりにしたエドワール殿下が驚いたように言葉を発する。
「今のは、一体……」
「殿下、ご無事ですか!!」
エドワール殿下が何かを言うより先に走り寄ってきたのは近衛兵達で。
到着が遅れたのは敢えて私達だけでパーティーをするためだったのだと、そこで初めて勘付き俯く。
(私の魔法が知れ渡るのも、時間の問題)
そう思った私の耳に届いたのは、あんなことがあったにも拘らず、落ち着きを払い王太子として言葉を発するエドワール殿下の声だった。
「魔物に襲われたが心配はいらない。私達で追い払うことが出来た。
それよりも、二人が気絶してしまっているようだから運んでくれ。
この場にいる招待客全員を城に泊まらせるため、部屋の準備と各家への伝達を頼む。
それから、他にも魔物が出現していないか念の為確認するよう国王陛下に報告してくれ」
「「「はっ」」」
エドワール殿下の的確な指示に、近衛兵達もテキパキと動く。
「殿下」
思わず口を開いた私に、エドワール殿下は今も少し顔色の悪いヴィオラ様の肩を支えながら返した。
「今は何も言わないで。……明日、改めて話をするとしよう。
今日はエリアスと二人、ゆっくり休むと良い」
エドワール殿下のこちらを思いやるような柔らかな口調に、意図を汲み言葉を発する。
「……ありがとう、ございます」
「礼を言うべきは、私の方だ」
王太子殿下は微笑むと、ヴィオラ様を横抱きにして行ってしまう。
その背中を見送っていると、後ろから近付いてくる足音が聞こえてきて。
それが誰のものか分かっている私は、立ち上がると彼の胸に顔を埋め、縋るように声を押し殺して泣いてしまうのだった。
「……落ち着いたか」
コト、と机の上にカップを置く音がして窓の外に広がる夜空から視線を移せば、こちらを心配気に見やるエリアスの姿があって。
「……何とか」
言葉を返し一言礼を言ってからカップに口を付ければ、それはホットミルクだったようで、甘くまろやかな味と丁度良い温度、それから彼の気遣いを感じ冷え切っていた心に染み渡る。
「美味しい」
心からそう吐露すれば、エリアスは先ほど私が見ていた窓の外の夜空を見上げる。
「……綺麗だな」
エリアスの言葉に頷き、ポツリと呟いた。
「本当に。先ほどまで魔物と対峙していたとはとても思えない」
そんな私の前でエリアスは床に跪き、一言言葉を発した。
「ごめん」
「!? どうして、あなたが謝るの? むしろ謝るべきなのは、あなたとの約束を反故にした私の方で」
「守ると言いながら、君が大切にしていたものを……、クロを、守れなかった。その結果、君に魔法を使わせてしまった」
「……クロはもう、いないのよね」
ポツリと呟いた言葉と共に、先ほどまで流し切ったはずの涙がこぼれ落ちて。
私は言葉を紡ぎ続ける。
「私が、私の魔法が、周りを不幸にする」
「っ、アリス」
「クロは、私のせいで犠牲になった。それだけでない、本来ここにいるべきではない私がいるから」
「アリスッ!!!!」
エリアスが私をかき抱くように抱きしめる。
その力強い腕に反射的に身を捩った私を、彼は逃がさないとばかりに強く抱きしめる。
「そんなことを言うな。俺は……、君がいない世界なんて、考えられもしないし考えたくもない……っ」
「……エリアス」
私だって、考えたくない。
この幸せを……、きっと、誰よりずっと願っていたこの幸せを、手放すなんて考えられない。けれど。
「……私は、戦わなければいけない」
フェリシー様と話した時に確信した。
魔物の一番の狙いは紛れもない私。そして、小説中のアリスとは違う動きをしている私がいることによって、今この状況が引き起こされているのだと。
(妖精から魔法を授かることなどなかったアリスが魔法を授かった。その魔法こそが、魔物が敵対視している魔法そのもの)
「魔物がなぜ、私を恐れているのかを知らなければいけない。
……魔物が言っていた“真実を全て闇に葬り去った”のが本当に私達の祖先である人間なのであれば、私は真実を探し出さなければいけない。
でなければ、魔物と人間がいつまでもいがみ合う構図は消えてはくれない」
「……アリス」
「クロの仇を討ちたい。怒りは今でも、この胸にある。
けれど、クロはそれを望んでいないと思う」
「……あぁ。クロは、望んでいないだろう」
エリアスが肯定してくれたことで、揺らいでいた気持ちが確固たるものに変わっていく。
「だから私はクロのように、人間や妖精、魔物……立場など関係なくそれらが分かり合える世の中にしたい。
驕りではなく、それが出来るように私は、この魔法を得て今ここにいる。そんな気がするの」
ソールが私の運命を変えてここに連れてきてくれた。
小説中のアリスとは違うことをしている私に、妖精や神様が力をくれた。
それは単なる偶然などではなく、“運命”なのではないかと、今ならそう思う。
そして。
「……私の隣にエリアスがいてくれることも、運命なのだと思いたい」
「……そうだな。俺も、心からそう思う」
そう口にしたエリアスの手が、膝の上にあった私の手に重ねられる。
少しだけ顔を上げた先には、氷色の瞳の中に確かな熱を込めた眼差しが向けられていて。
「アリス」
エリアスが私から目を離すことなく静かに告げる。
「俺はどんなことがあっても……、何度も言うようだが、たとえ王家を、国を敵に回したとしても、俺は君の味方であり続ける。
そして君がいるところに、俺もいる」
「……!」
それは先ほど、私が彼に告げた言葉で。
一筋、頬に伝った涙を彼は優しく拭ってくれながら、その顔が近付くのを感じて瞳を閉じる。
そうして初めて訪れた温かな唇の感触に、彼が確かに味方としてここにいてくれることを改めて感謝し、今度こそ温かく穏やかな心地が胸いっぱいに広がっていくのだった。




