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第二十二話

「アリス、疲れたか?」


 そう隣に座るエリアスに声をかけられた私は、正直に言葉を返す。


「えぇ、少し」

「無理もない、今日は一日中出歩いているからな。挨拶も済んだし、本来ならば帰りたいところだが……、まだ帰らせてはもらえそうにないな」

「……魔物も現れていないものね」


 もうすぐパーティーもお開きの時間を迎えようという頃だけれど、魔物は一向に姿を現す気配はない。


(ここまで来ると、逆に不気味というか)


「……こんなことを聞くのもなんだが。アリスは先程、バシュレ嬢と何を話したんだ?」


 その問いかけに顔を上げれば、エリアスが困ったように言う。


「女性同士の会話を聞くのも無粋だとは思うが……、アリスの顔色があれから晴れないような気がして」

「…………」


 やっぱりエリアスには、いくら隠そうとしてもバレてしまうのね。

 そう思い、深呼吸を数度繰り返し自分を落ち着かせてから、彼を見ることなく俯き、言葉を選び発する。


「……今夜魔物がたとえ姿を現さなくても、やはりこの魔法を得て今ここにいる私は、単なる()()などではなくこれが()()なのだと再確認したの」


 私の言葉にエリアスが動揺したのが見なくても分かって。彼は掠れた声で問う。


「それは、どういう……」


 そんな彼の戸惑いに揺れる瞳とゆっくりと視線を合わせた、その時。


「きゃーーーーー!!!!」

「「!?」」


 バッと二人で悲鳴がした方を見る。


「っ、ヴィオラ様!?」

「行こう!!」


 エリアスに手を握られ、同時に走り出す。

 心臓が嫌な音を立て、走っているのに背中に冷や汗が流れるのが分かって。

 そして、私達は驚くべき光景を目の当たりにする。


「「……エドワール!/殿下!!」」


 そこには、足から血を流して倒れ込むエドワール殿下と、今までに見たことのないほど動揺し、エドワール殿下の傍らに座り込むヴィオラ様とリンデル夫妻の姿があって。

 それを庇うように立つ火属性のフェリシー様、そして。


「っ、上級魔物……!!」


 そうエリアスが口にした途端、龍を模った魔物は真っ赤な瞳で私達を見下ろし、咆哮を上げる。

 その咆哮は耳をつんざき、思わず目を瞑りそうになるほど空気を震わせる威力があって。


「今までに見たことがない……!」


 エリアスの言葉に全身に震えが走り、あの日……ロディン邸で初めて上級魔物と対峙した時のことを思い出して目を見開く。


「どうして!? 魔物は普通人間界にいる生き物の容姿をしているのでは」

 

 私達を遥か頭上から睥睨するその赤い瞳は、まるで物語で見る龍と何ら変わらない容姿をしていて。

 龍は伝説上の生き物と言われていることを思うと、今まで見た魔物とは大きさもオーラも段違い……それも、エリアスでさえ見たことがないと言うのだ。


(あの日よりも確実に魔力が強くなったとは思う。けれど、魔物の威力も比べ物にならない!)


「アリス!!」

「!」


 エリアスが私を庇うように抱き寄せ地を蹴ったかと思うと、二人同時に地面に倒れ込む。

 何が起こったのかと元いた場所に目を向ければ。


「「……!!」」


 私達がいた場所の地面が抉られ、見たことのない黒い炎が上がっていた。


「……アリスハ、オ前カ」


 地を這うような、背筋がゾッとするような声。

 その声の主は、目の前にいる魔物しかいない。

 意を決して肯定しようとした私よりも先に、聞き知った声の持ち主達が声を上げる。


「エリアス様と共にお逃げください!」

「フェリシー様!?」

「僕達が足止めしますから、早く!!」

「リオネルさん!!」


 そんなことを言ったら、と悲鳴を上げかけた私よりも先に、龍が動く。


「邪魔ダ、失セロ」


 そう言うや否や、フェリシー様とリオネルさんに向かって龍の口から黒い炎の塊のようなものが放たれる。


「やめて!!!!」


 身体の中で魔力が渦巻く。

 それを制するようにパシッと冷たい手に腕を掴まれ、見上げればエリアス様が二人に向かって呪文を唱えた。


「氷よ、炎を消し盾となれ!」


 刹那、エリアスの足元に無詠唱にも拘らず魔法陣が現れ、手のひらから放たれた魔法が黒い炎の塊を一瞬で相殺し、盾となる分厚い氷が出現する。

 その光景を見ていた二人は、力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。


「フェリシー様、リオネルさん!!」


 思わず走り寄ろうとした私の腕を掴んだままのエリアスは、強い口調で言った。


「あいつの狙いは彼らではなく君だ!」

「!」


 彼の言葉でようやく頭が冷静になる。


(そうだ、今私がすべきことをしないと。ここにいる皆だけでなく、この国にも危険が及んでしまうのだから)


 もし魔物と対峙することがあったら、とエリアスと打ち合わせしていた内容を、震える拳を叱咤するように握りしめて口にした。


「そうよ、私がアリス。貴方方が探しているのは、この私よ」

「……ソウカ、オ前ガアノ忌々シイ魔法ノ持チ主」


 忌々しい魔法。


(……やはり、彼らが敵視しているのは私に流れるこの魔法なんだわ)


 フェリシー様とお話ししてからずっと考えていた。

 私がここにいる意味は……、私がこの世界に転生して、小説中のアリスとは違う行動を取り、今も()()()()()()()()()()ことで、小説では起きていない大事件が起きているのだと。

 つまり。


(原因は、他でもないこの魔法の力を持つ私)


 だから私は、知らなければならないのだ。

 この魔法の意味を、そして。


「教えて。どうして私を……、私の力を、あなた方は憎み、恐れているの?」

「……恐レテイル、ダト?」


 龍の赤い瞳がギョロリと動く。


(……怒らせてしまったかしら?)


 でも、きっとこうでもしないとあなた方は教えてはくれないだろうから。

 だから私は、敢えて笑みを浮かべて悪女を演じるのだ。


「だって、私を随分熱烈に探してくれているようではないの。

 私は別にあなた方を攻撃しようだなんて思っていないというのに、なぜ妖精さん達が与えてくれたこの魔法を使えるだけで悪いと言うの?」


 そう尋ねた私に、龍は私達の思惑通りに憤慨したように言った。


「オ前自身ハ知ラヌト言ウノカ!! 身勝手ナ魔法使イ達メ。

 オ前ラガ我々ノ居場所ヲ奪イ、追イヤッタト言ウノニ!!」

「追いやった……?」


 隣にいるエリアスがの呟きに、龍は笑う。


「ソウダ。ダト言ウノニオ前達ハ、アロウコトカ全テヲ魔物ノセイニシ、真実ヲ全テ闇ニ葬リ去ッタ。

 ……例エ歴史ガ失ワレヨウトモ、我々ハ忘レルコトハナイ。

 必ズオ前達魔法使イヲ全員皆殺シニシテヤル……!!」


 龍の怒りに呼応するように、空気がビリリと震える。

 それよりも、龍の発した言葉が頭の中でぐるぐると駆け巡る。


(真実を全て闇に葬り去った? 私達が習った歴史には、穴があるということ……?)


「ソシテソノ原因ハ全テ、オ前ニ宿ル魔力ダ!!

 オ前ニ宿ル魔力ソノモノガ、全テノ元凶デアリ憎ムベキアノ女ノ血ヲ引イテイル。

 恨ムナラアノ女ヲ恨ムンダナ!!」

「あの女って誰なの!?」

「ウルサイ!! オ前ニハ死ンデモラウ!!!!」

「っ!?」


 刹那、龍の口から真っ黒い炎が放たれる。

 その炎は、先ほどのものとは比べ物にならない速さと威力で私達に迫ってきて。

 そんな強烈な攻撃にもエリアスは無詠唱で魔法を発動し、今度は風魔法で攻撃を完璧に防ぐ。

 お礼を言おうと口を開きかけたけれど、その前にエリアスが今もなお続く攻撃を防ぎながら、私の背後を見て焦ったように口を開いた。


「アリスッ!!」

「!?」


 鋭い声にハッとし後ろを振り返れば、私の背後にもいつの間にか前方にいる龍と同じ形の魔物がいて。

 その龍の口から、真っ黒な靄が放たれる。

 咄嗟に防ごうとするけれど、私の魔法は攻撃魔法に対する盾にはならないことを思い、絶望する。

 無力感に苛まれ、どんどん近付いてくる真っ黒な靄を呆然と見つめてしまう私を、エリアスが自分の方に引き寄せ抱きしめたその時、私の後ろから同じくらいの背丈の“何か”が前に躍り出た。

 その後ろ姿はいつも日中見る姿とは全く違かったけれど、すぐにピンときて。


「……クロ?」


 日中にしか姿を現さず妖精達と戯れる姿とはまるで違うけれど、最近では名前を付けるほどに可愛がり、今日は人間の前に姿を現さないようにと厳重に伝え、いつもなら約束を守るクロが、中級魔物……いつか見た狼の姿となって私達の前に現れて。

 やけにそれがスローモーションに見える中、クロが私達を振り返ったことで、私はクロが何をしようとしているかを察する。


「っ、いや……!!」


 そうして手を伸ばした私の目の前で、クロは黒い靄に飲み込まれ、そして……、跡形もなく消える。同時に靄が晴れ、攻撃してきた龍もまた驚いたように真っ赤な瞳を見開いていた。

 そうしてクロがいなくなった光景を目の当たりにした私は、今度こそ何かが音を立てて崩れ落ちる。


「……さない」


 大切な子を、失った。

 たとえ魔物でも、妖精と戯れ私の側を離れなかった可愛いあの子は、もういないのだと。


「ッ、アリス」

「許さない…………!!!!」


 エリアスの呼び止める声が遠くに聞こえるほど怒りで我を失った私から、かつてないほどの威力の魔法が二頭の龍目掛けて放たれる。

 そして……、二頭の龍は光となって空を舞い、地上から姿を消したのだった。

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