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第十一話

 契約結婚二日目の朝。

 今日は何をしようかと考えながら、一人食堂室で朝食を摂っていると、扉が開いた。


「お食事中失礼致します」


 そう言って部屋に入ってきて一礼した男性は、昨日ララから説明を受けた……、


「貴方がカミーユ、かしら?」


 尋ねた私に、彼は目を見開いた後言った。


「よくお分かりになりましたね」

「ララから、『片眼鏡を付けている灰色の髪と瞳の持ち主は、エリアス様の従者のカミーユ』だと聞いていたから」

「なるほど。そうでしたか」


 私の言葉に納得したように頷いた彼は笑みを浮かべると、胸に手を当て口を開いた。


「改めまして、私はエリアス様の従者のカミーユ・グレイと申します。宜しくお願い致します」

「よろしく、カミーユ」


(苗字があるということは、どこかの貴族の次男や三男なのかしらね。

 エリアス様にお仕えしているということは、相当優秀なのでしょう)


 エリアス様の従者の認識をしたところで、カミーユは笑みを浮かべたまま言った。


「エリアス様より、『お食事が終わり次第執務室に来て欲しい』とのご伝言をお預かり致しましたので、ご報告させて頂きます」

「あら? 何かしらね」


 後方に控えていたララと顔を見合わせて首を傾げる。

 私は「ありがとう」と告げると、カミーユは一礼して部屋を出て行った。


(……また面倒ごとでないと良いけれど)


 そう願いながら、今は食事を戴くことに集中しようと、手を止めていた美味しい食事を食べ進めるのだった。




 伝言通り、エリアス様のお部屋を訪れ二人きりになったところで、彼は早速口を開いた。


「おはよう、アリス」


 満面の笑みを湛えてそう口にした彼に対し、私は警戒心MAXで言葉を返す。


「おはようございます、エリアス様。ご用件は何でしょう?」


 そう尋ねると、彼はその笑みを浮かべたまま口にする。


「良い報告と悪い報告があるんだが、どちらから先に聞きたい?」

「……悪い報告を聞かないという選択肢は?」

「よし、良い報告から話そう」

「勝手にお決めになられるのなら、尋ねる意味がありませんわね」


 そう言って眉を顰めると、彼は苦笑いして言った。


「まあまあ、良い報告の方は君なら多分喜ぶはずだ」


 そう言うと、彼は手を組んで尋ねた。


「昨日は()()()()()の部屋でよく眠れたか?」

「……根に持っていらっしゃるのは貴方の方でしょうが、そうですわね。

 おかげさまで()()を見そうでしたが、無事にぐっすり眠ることが出来ましたわ」


 それは本当だった。黒カーテンは相変わらず不気味で、月明かりなど完全に隠してしまうものだから、少しだけ開けたまま眠ったけれど、何といってもベッドの寝心地が最高だった。


(さすがは公爵家、横になった瞬間秒で眠ってしまったわ)


 そして、少し交えた嫌味に、エリアス様の笑顔が若干引き攣ったものの、「それは何よりだ」という返答で止めた彼は、気を取り直すように言った。


「さすがに邸中のカーテンを一日で、というのは無理だったが、君の望むカーテン……確か花柄、だったか?

 そのカーテンが数点店に在庫があるらしく、既存のもので良ければ今日にでも持ってくると言っているが、どうだろうか?」

「本当ですか!?」


 思わず身を乗り出す私に対し、彼は「あ、あぁ」と引き気味に答えた。


「その代わり、既存の物を何種類かと言っていたが」

「それで十分です!!」


 黒カーテンから花柄カーテンに替えられる! と嬉しさから自然と口角が上がる私を見た彼は言った。


「カーテンまで花柄だなんて、本当に花が好きなんだな」

「えぇ、好きですわ!」

「! ……そ、そうか。それならすぐに手配しておこう」

「ありがとうございます!」

「それから、悪い報告についてなんだが」

「……」


 その言葉を聞いて、一気にテンションが下がる。

 それには構わず、彼は神妙な顔をすると、「実は」と私をまっすぐと見て口を開いた。


「半月後に予定していた結婚式が出来なくなった」

「……え?」

「公務が入りそうなんだ。急遽招集がかかったから行かなければならない」

「……や」

「え?」

「やったー!!!」


 私が両手を上げて喜ぶ姿を見て、彼がポカンと口を開けている。

 そんなことには構わず、私は言葉を続けた。


「では結婚は、書類上の結婚ということでよろしいのですね!?」

「あ、あぁ、そうなるが……、やけに嬉しそうだな?」

「当たり前ですわ! 半月で急ピッチの結婚式の準備という面倒くさいことがなくなるんですもの!」

「……まあ、確かに分からなくもないが」

「でしょう?」


 それでも彼は腑に落ちないようで、私に尋ねた。


「カミーユに言われたが、女性はウェディングドレスというものに憧れがあるのではないか?」

「あー、まあ、世間一般にはそう言われておりますね。

 ですが、私は生憎面倒なことが嫌いですので、何の問題もありませんわ。むしろありがたいくらいです。それに」


 私は彼の薄い青の瞳を見て、首を傾げて言った。


「そもそも、最初から書類上だけでよろしかったのでは?

 準備やら当日やらにかかる労力と費用を考えたら、全て無駄な気がします。

 だって私達は、あくまで“契約結婚”……そこに愛なんてない関係なのですから」

「……!」


 その言葉に、彼の瞳がこれ以上ないほど大きく見開かれる。

 その表情を見て、わたしは頭の中で疑問符を並べた。


(あら? そんなに驚くことかしら? むしろ賛同すると思ったのだけど)


 変なことは言ってないわよね?と首を傾げながら、黙ったままのエリアス様に向かって声をかけた。


「お話はお済みでしょうか? そろそろエリアス様のお仕事のお邪魔になってしまうと思いますので、これで失礼致しますわね」


 そう言って踵を返したその時、後ろから声をかけられた。


「ま、待て!!」

「!?」


 呼び止められた声の大きさに驚いて振り返ると、彼はハッとしたような顔をした後、少しバツが悪そうに言った。


「代わりと言ってはなんだが、結婚指輪は君の好きな物を贈りたいと思う。何が良い?」

「え……」


 思いがけない質問に、私は少し考えた後答える。


「エリアス様がお決めになったもので大丈夫です」

「それでは意味がないじゃないか」

「そう言われましても、指輪のデザインなんて分からないですし……、とにかく、エリアス様も作成されるでしょうからそれに合わせます。

 そして一年後、私達の関係が終わる際には必ずお返し致しますのでご安心下さい。それでは」


 今度こそ話は済んだだろうと、逃げるように部屋を後にする。

 そして、扉を閉じながら思ったことは。


(今日のエリアス様、やけにしつこくて面倒くさかったわ)


 結婚式が無くなったくらいで何だというのか。別に、癇癪を起こすことなどないのに。

 むしろ、本当にありがたいくらいなのだから放っておいて頂きたい。

 そう思って少しため息を吐いた私に、廊下で控えていたララが尋ねてくる。


「いかがなさいましたか?」


 そんなララの問いかけにハッとする。


(そうだわ、ララは結婚式を楽しみにしていたのだっけ)


 それに、ララは私と彼があくまで“契約”上の関係だということを知らない、ということは。


(ここで結婚式が中止になったことを喜ぶのは不自然)


 そう考えて、盛大に心の中でため息を吐きたい衝動を何とか堪え、代わりに口にした言葉は。


「……結婚式は中止だそうよ」

「え……!?」


 声のトーンを落として、視線を下に向けて、ララの目には悲しげに映るように計算してそう言葉を発した私を見て、彼女は衝撃を受けた顔をした……と思ったら、次の瞬間目くじらを立てて言った。


「何てことを! 女性の気持ちが分からないにも程があります! 

 今から侍女長にもお話しして説得を」

「い、良いの!」


 今すぐにでも殴り込みに行こうとする勢いのララを止めると、演技を続けた。


「私がご公務を優先させて下さいと言ったの。

 ただでさえお忙しいのに、無理をして身体を壊されてはいけないでしょう? だから、良いのよ」


 そう言って微笑みを浮かべた瞬間、ララの目が潤み始める。


「!?」


 驚く私に向かって、彼女は言った。


「っ、アリス様はお優しすぎます……っ!」


 そんな彼女を見て、騙しているということに対して初めて罪悪感を覚えた私は、こう誓った。


(……演技代もきっちり戴きましょう)


 と。そして今日の分は、カーテン代と称して最高級な物を選びましょうと、そう決意したのだった。

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