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第十八話

 一ヶ月後。


「どうしてこうなるんだ」


 そう呟いた隣にいる彼を諌める。


「エリアス」

「今日こそ二人で出掛けられると思っていたのに」

「ちょっと……!」


 どうしてそういうことを人前で言うの! と目の前にいる方々に対して恥ずかしさやら申し訳なさやらでいっぱいになっていると、プチット・フェのミーナ様とファビアン様が顔を見合わせて笑う。


「相変わらず、二人は仲が良いな」

「そうね。けれどファビアン、よく見て。以前よりもっと夫婦らしくなった気がするわ。カップルから新婚のご夫婦になられたような感じかしら」

「「……!」」


(す、鋭い……!)


 ミーナ様にももちろん、私達の間で交わしているのが契約結婚であることを言っていない。

 知らないはずだけど、そんなに私達って分かりやすいかしら……? と一瞬ドキッとしてしまったのはエリアスも同じだったようで、彼は一つ咳払いしてから今度は開き直って言う。


「そうだ。新婚の夫婦なのだからもう少し気を遣ってほしい」

「そんなことを言われてもお二人を困らせてしまうだけでしょう! 

 “リンデル夫妻とロディン夫妻で馬車に乗り一緒に登城してほしい”と、他ならぬ王太子殿下の命なのだから」

「そもそもその命がおかしいんだ。日中なのだから行動を共にする必要はないはずだ」

「万が一を考えてのことでしょう……」


 何を言っても不機嫌さを隠さないエリアスに、さすがにこのまま本日の主役である王太子殿下にお会いするのは失礼に当たると、私は意を決して口を開いた。


「……私は、エリアスとこうして一緒にいられるだけで嬉しいけれど?」

「……えっ?」


 エリアスがようやくこちらを向くのと同時に、向かいに座っているお二人の視線も感じながら何とか口にした。


「普段公務で忙しいあなたと久しぶりにお出かけをするのだから、楽しみにしているってこの前も言ったじゃない」


 この言葉に嘘偽りはない。

 だけど、二人きりならともかく、お二人がいる前で言うのは恥ずかしくて怒って言い募る。


「こ、こういうことを何度も言わせないで!」

「……!」


 そう言ってエリアスを睨めば、彼は吹き出したように笑う。


「な、なに」

「いや。悪くないなと思って」


(か、揶揄われた……っ)


 しかも幸せそうに笑うものだから睨むくらいしか反撃出来ないでいると。


「いやー、まさかエリアスのこんな顔を見られるなんてな」

「ちょっと、茶々を入れないの」


 そう言いながらも、ミーナ様もこちらを見て良い笑顔で言った。


「ロディン様、楽しみにしていてくださいな。

 今夜開催される誕生日パーティーのドレスも、とびきり可愛く仕立てさせて頂きましたから!」

「ミ、ミーナ様まで……!」


 なにこの空間は! と熱くなる頬を抑えチラ、と横を見れば。

 エリアスはなぜか私の方を向いて口にした。


「あぁ、もちろん。楽しみにしている」

「〜〜〜っ」


 今度こそキャパオーバーの私はもう何も言うまいと、現実逃避のために今日一日の予定を窓の外、城下を眺めながら思い出す。


 今日は王太子殿下の誕生日。

 昼からパレードが、夜には招かれた客……こちらは私達と、それから親しい友人と称した方々でのガーデンパーティーが行われることになっている。

 そして今はというと、昼のパレードの前に話がしたいという王太子殿下のご所望により、王家に用意して頂いたお忍び用の馬車で王城へと向かっているところなのだ。


(リンデル夫妻と馬車を共にするようにという命も、万が一魔物が襲ってきても対応出来るようにというご配慮の下、なのよね……)


 今日一日、エリアスに同伴することを許される代わりに彼から二つの条件を提示された。

 一つはエリアスの側を離れないこと、それから、魔物が襲ってきた場合には私が魔法を使ってはいけない、ということ。


(エリアスは言ってくれた。『必ず私を守る』って……)


 お荷物にはなりたくない。本当は私も戦いたい。

 けれど、私の魔法がどれだけ希少で強大な力なのかは、妖精達の話からもエリアスが警戒していることからも容易に推測は出来ている。

 もし、私の能力が知られたら、困るのは私だけではないのだということも。


(エリアスは私よりもきっと、私の魔法がどんなものなのかを知っている)


 本当なら知っておかなければいけない私も、怖くて聞けずにいる。

 最初は面倒なことに巻き込まれたくないからと思っていたけれど、もうその二文字で終わらせられはしないところまで来てしまっていることだって、頭の中では分かっているのだ。目を背け続けられるのも時間の問題だということも。


(その時が来たら、私は……)


 つい考え込んでしまっていた私の手を不意に握られる。

 え、と驚き見やればエリアスが悪戯っぽく笑って言った。


「なんだ、緊張しているのか?」

「えっ?」

「登城するのも久しぶりだから無理もないが、普段の君らしく凛として胸を張っていれば良い。

 後は俺がついているから」

「……!」


 俺がついている。

 その言葉と繋がれた手の温かさに、気づかぬうちに冷え切っていた自分の指先がじんわりと温かくなっていくのが分かって。


(……エリアスには、やはりお見通しなのね)


 そう内心苦笑いしながらも彼の気遣いが嬉しくて、私は笑みを浮かべて頷きを返してみせたのだった。




 そして。


「……エ、エリアス。さすがにいくら友人だといえど、王太子殿下お相手に失礼よ」


 と小声で口にしたけれど、私の隣に座っているエリアスは不機嫌さを露わにして言う。


「どういうつもりだ、エドワール。

 着くなりリンデル夫妻とノルディーン嬢抜きの三人で話をするとは聞いていないぞ」


 エリアスの言葉に、王太子殿下は口を開いた。


「まあまあそんなに怒らないで。……でも、無理はないか。

 君が怒っている理由は、私がアリス嬢を名指しで今宵のパーティーに招待したからだろう?」

「分かっているならなぜ招待した」

「エリアス」


 怒りを露わにするエリアスの名前を呼んだ私に、王太子殿下は笑みを消して言葉を発した。


「……想定以上に魔物の被害が深刻化しているからだ」

「「……!」」


 王太子殿下の見たことのない暗い表情に、私とエリアスは息を呑む。

 王太子殿下は窓の外を見やり、口にした。


「魔物は日に日に数を増やし続けている。

 初級魔物が白昼堂々現れたり、中級以上の魔物が毎夜騎士団の前に姿を現し、攻撃を繰り返している。

 ここだけの話、負傷者も出始めているところだ」

「そんな話は聞いたことがなかったが」


 王太子殿下の言葉にエリアスが反論すると、王太子殿下はエリアスをじっと見つめて言う。


「だからここだけの話なんだ。王族や騎士団以外の人間は知らない。

 今この状況を国民に伝えたところで不安を煽るだけだ。

 ……その上調査の結果、結界はやはりどこも破られていなかった。

 それではどこから現れるかというと、騎士団の目撃情報によると、何もない空中から発生する……、つまり、結界関係なくどこからでも現れることが出来るようだ」

「「……!?」」


 王太子殿下から放たれた衝撃の言葉に、私とエリアスは言葉を失ってしまうのだった。

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