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第十話

お待たせいたしました!

エリアス誕生日パーティー編、開始いたします!

最初はエリアス視点でお送りします。

(エリアス視点)


「……おい」


 以前訪れた時と変わらない活気溢れた街とは裏腹に、苛立ちを隠せないまま前を歩く男……自称“忠実な従者”のカミーユを呼び止めれば、カミーユは今日も主人の不幸を見て嬉しさを隠せないだろう、わざとらしく笑みを浮かべて振り返った。


「はい、何でしょう?」

「分かっているだろう。人が誕生日の時にこんな所に連れ回してどういうつもりだ、説明しろ」


 そう、誕生日を迎えた朝、アリスと朝食を共にしようと起きた矢先、この目の前にいる男に有無を言わさず街に連行されたのだ。

 せめて一目でもアリスの顔を見たかったというのに、説明もなしに何が楽しくて従者と二人で街中に、と怒る俺に、カミーユは呆れたように口にする。


「あなた様を連れ出した理由は、他ならないアリス様に頼まれたからです。

 誕生日会を夜に控えているというのに、我が主は誕生日にまで仕事を入れるのですから。

 それを分かっていて強制的にやめさせるよう私達に働きかけた、アリス様に感謝しないと」

「……」


 こうなったことがアリスの計らいだと言われてしまえば、ぐうの音も出ない。

 そんな俺に、カミーユは揶揄うように笑う。


「我が主は、アリス様には滅法弱いですね」

「……何とでも言え」


 そう返してから、彼女の姿が思い起こされる。


(……まさか、一番に誕生日を祝ってくれるとは)


 日付が変わり、俺の誕生日を迎えた時間にノックされた扉。

 真夜中の訪問に驚きながらも扉を開けると、そこにいたのは月明かりに照らされ、まるで妖精……いや、女神のように美しいアリスだったのだ。

 どうしてこんな時間に、という驚きを隠せないでいる俺に、彼女は一言断ってから言ってくれたのだ。


『お誕生日おめでとう』


 その一言に、俺は。


(心が、震えたんだ)


 それだけでなく、彼女は言った。


『お誕生日パーティーの時に貴方に話したいことがあるの。聞いてくれる?』


 そうして涙目でこちらを見上げた彼女の瞳に宿る密かな熱を見て、俺は期待してしまう。

 自ら契約結婚を持ちかけておきながら、烏滸がましくも望んでしまう、隠すことの出来ない想いのほんの僅かでも、彼女もまた抱いてくれているのではないかと。


「……今でも十分幸せなのに、これ以上の幸せを望んで良いのか?」

「は?」


 俺の呟きにカミーユが反応するが、そんな声を無視して思う。


(何だか罰が当たりそうだ)


 ……いや、絶対にそんなことにはさせない。


(人間でも魔物でも神でも、アリスを害そうとするものは俺が排除する)


 今の俺に出来ることは、彼女の笑顔を守り、俺がいつももらっている幸せを彼女に返すこと。

 ただ、それだけだ。


「カミーユ」

「……なんです」


 まだ名前を呼んだだけだというのに、嫌な予感、と顔に描いているカミーユに向かって笑みを浮かべると、口を開いた。


「今街で一番人気が高いもので女性が喜びそうなものを調査してきてほしい」

「……は!? まさかまたアリス様に贈り物をされるおつもりですか!?」

「そのまさかだが」

「やめてください、さすがに怒られますよ!

 この前だってお二方で買い物に行ってアリス様に大量に贈り物をされたばかりではないですか!」

「駄目だ、まだ足りない」

「はあ!?」


 彼女から貰ってばかりの俺が、返せるものなんて……。


「前々から思っていたことですが」


 不意に話を切り出され、顔を上げると、カミーユは呆れたように言った。


「あなたはアリス様に関してとなると、鈍感というかポンコツになるのですね」

「ポンコツ……!?」


 まさかの単語に絶句しているのを良いことに、カミーユは言いたい放題言い始める。


「大体アリス様が物で釣られるお方だとでもお思いですか」

「も、物で釣ろうだなんて……」

「貴方様にそのおつもりがなくとも、アリス様はどう思っていらっしゃるかはわかりませんよ。現にいつも困惑していらっしゃるではありませんか」

「うっ」

「あ、侯爵様からいただいていた品々は、以前必要な物と不要な物に選別されていらっしゃいましたね」

「うっ……」


 返す言葉もなく撃沈した俺に対し、カミーユは「本当に」と頭を振って言った。


「学園でトップであり続けた天才が、どうしてそんなになってしまわれるのです?」

「……分からないことだらけだからだ」


 俺は一度落ち着くため、近くにあったベンチに座ると天を仰ぎながら言う。


「俺だって驚いている。自分の中に、まさかこんな感情が芽生えるなんて。

 ……あの両親を見て育った俺がだぞ。考えられるか?」

「……まあ、そうですね」


 俺の言葉に、カミーユも思い当たる節はあるようで黙り込んでしまう。

 そうして、前髪をかきあげ呟いた。


「……俺は、両親とは違う。アリスを、大切にしたいんだ」

「……」


 その言葉に従者からの返答はない。

 疑問に思い、視線を天から従者に戻すと。


「……なんて顔をしている」

「いえ……、女性に対しても冷たかったあの主人が、こうも変わるとは信じられず。恋愛とは恐ろしいものだと再確認していたところです」


 そう言われた暁には、俺も苦笑いしてしまう他ない。


「まあ、そうだな。俺もそう思う。

 ……だが、恋愛は良いぞ? 彼女が側にいてくれるだけで、世界か色付き輝いて見えるからな。

 お前も仕事だけでなく視野を広げてみたらどうだ」

「……アリス様とまだ想いを通じ合わせていない貴方に言われたくはないですね」


 そう言ってから、でも、と従者は笑みを浮かべて言った。


「アリス様がいらっしゃってからのエリアス様は幾分丸くなったように思われますので、私を含め、使用人達もその点では嬉しいですよ」

「その点でとはなんだ」

「万が一玉砕した時は使用人総出で労わりますから」

「やめろ。何なんだ慰めでもなく労わるって」


 そんな軽口を叩き合ってから互いに吹き出す。

 そして、よし、と気を取り直して立ち上がると言った。


「やはり、今日も一日がかりで準備してくれている彼女に何か贈り物がしたい。

 付き合ってくれるか?」


 そう言うと、カミーユはわざとらしくも恭しくお辞儀をして言った。


「はい。エリアス様の、仰せのままに」




 そうして、悩みに悩んだ末無事に満足のいく品を買い終えた俺の元に、待ちに待った愛らしい彼女の声が指輪を通じて頭の中で響く。


『長らくお待たせしてしまってごめんなさい、エリアス』


 そう申し訳なさそうに口にする彼女からは互いの表情が見えないと分かっていても、自然と笑みを溢す。


「謝る必要がどこにあると言うんだ。俺のために時間を割いてくれているんだ、全然気にしなくて良い」

「……どの口が言うんだか」


 朝は超不機嫌だったとアリス様に言いつけますよ、という従者をひと睨みしていると、アリスが口にする。


『準備が出来たから公爵邸にまっすぐ帰ってきて。……あっ、風魔法を使って良いけれどきちんと玄関から入ってきてね!?

 色々段取りがあるというか……、とにかく皆で待っているから!』


 その慌てように、必死になって俺にサプライズをしようとする彼女の愛らしさが見えて。

 クスッと笑ってしまいながら、愛しい彼女に答えた。


「あぁ。すぐ帰るから待っていてくれ」


 そう返すや否や、カミーユに向かって告げる。


「すぐ帰ると約束した。だから、今から風魔法で帰る」

「……えっ」


 察しの良い従者は、俺がそう伝えただけで一瞬にして青褪める。

 逃げようと後退りしたその首根っこをむんずと捕まえ、人気のない場所まで移動してから魔法陣を発動させ、何やら喚く従者のことなど知らず音もなく飛び立つ。


 アリスと約束した通り玄関から邸へ入ると、そこにアリスの姿はなかった。

 彼女は招待客である友人達と共に会場で待っているらしく、カミーユも事前に聞いていたのか、まずは着替えをと俺の部屋へ案内された。

 その足取りがフラフラで顔色も悪かったため、早々に下がらせたが(間違いなく自分史上最高の速さで風魔法を使って帰ってきた俺のせいだ)。

 そして、はやる気持ちで用意されていた“プチット・フェ”の物と思われる衣装を着て、侍女に案内されて向かった場所は、晩餐室だった。


(この先に、アリスが待っていてくれているのか)


 一体どんなサプライズを用意してくれているのだろう。

 まあ、どんなサプライズであれ、彼女が考えてくれているという時点で喜ぶ自信があるのだが。

 そんなことを思いながら、扉を開けると。


「…………!」


 目の前の光景に釘付けになる。

 それは、自分が全く予想もつかなかったことだったから。


「ふふっ」


 不意に笑い声が聞こえて後ろを見やれば、彼女はそこにいて。


「驚いた?」

「……驚いた」


 驚きすぎてそう返すのがやっとの俺の手を引きながら、彼女は俺の前に回り込んで悪戯っぽく笑う。


「ようこそ、エリアスの誕生日パーティーへ」

「……他の、皆は」


 違和感の正体に気が付き指摘した俺に、彼女ははにかみながら答えた。


「今日は、二人きりよ」

「え……?」

「説明するから、とりあえず中に入りましょう?」


 彼女はそう言うと、俺を部屋の中へ……、無数のキャンドルの明かりと、その光に照らされた花々が舞う幻想的な空間へと導いたのだった。

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