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第八話

―――――

―――

『オマエニナガレルソノチ、ニクイ』


『サテハオマエ、ナニモシラナイナ?』 


『カワイソウニ。オマエダケ、ヒトリボッチ』


『ナゼ、ダ……ナゼイツモ、マホウツカイハジャマバカリスル。モトドオリダトイウノナラ、オレタチダッテタダ、ニンゲント……』

―――

―――――





「っ!」


 ハッと目が覚めた。


(夢……)


 まだ昼間だというのに、ガゼボの椅子に座りうたた寝をしてしまったらしい。しかも。


(……この夢は、以前屋敷に魔物が現れた時に私にかけられた言葉……)


 最近、あの夜の記憶を思い出すかのように夢を見る。

 上級魔物と対峙した時の、あの夜のことを。

 ゆっくりと花壇の方を見やれば、今ではすっかり仲良くなっている妖精と戯れる子犬の見た目をした魔物の姿がある。


 あれから二週間ほどが経過した今も、子犬は私の側にいるのだ。

 私の側といっても、正確には屋敷の中を楽しそうに歩き回っているのだけど。

 魔物を連れ帰った時は、屋敷に仕えている魔法使い……庭師のクレールと、従者のカミーユには心底驚かれた。

 特に、屋敷の周りを覆っている結界の管理を担っているカミーユには、猛反対を受けることとなったのだけど。


(二人がかりで何とか説得して、今では邸中を歩き回っている……)

 

 妖精達も、最初こそ警戒して追い出そうとしていたけれど、純真無垢な子犬と何ら変わりはないと思ったらしい。

 今ではすっかり心を開いて一緒に遊ぶようになるなんて、誰が予想したかしら……と一緒に遊ぶ彼らの様子を目で追っていると。


「アリス」

「きゃ!?」


 いきなり後ろから声をかけられ、驚いた私がバッと立ち上がると、そこには同じように驚いた様子のエリアスの姿があって。

 エリアスはそんな私を見て申し訳なさそうに言った。


「すまない、驚かせたか?」

「い、いえ、大丈夫。少し考え事をしていたから必要以上に驚いてしまっただけ」

「そうか。……隣、座っても?」


 彼の言葉に小さく頷けば、エリアスは私の横に腰を下ろす。

 そして、私の方を見て口を開いた。


「無理、していないか?」

「え?」

「その本を読みながら寝ていたんだろう?」


 その本、とエリアスが視線で示したのは、私の手元に置かれた分厚い茶色の背表紙の歴史の本で。

 私はそっと本の背表紙をなぞって口を開いた。


「書物に書かれている内容が少し難解で、読解するのに時間がかかってしまって。

 ……でも、この書物に書かれていることって、果たして本当なのかしら」

「と、いうと?」

「遠い昔、魔物が人間に悪さをするのを見かねた神々が、人に特別な力……“魔法”を与え、魔法使いが生まれた。そこから魔物と人間は対立し、魔物は悪として排除されるようになった」


 それは、前世の小説の知識では知り得なかった事実。

 この歴史書には、魔物と人間の対立から魔法使いの出現、魔物との衝突までが事細かに描かれている。


「当然、書物には魔物は“悪”であり、排除すべきものとして描かれているし、まだ私が魔法を使えなかった頃に家庭教師から習った時も、魔物は忌むべき者として習った。学園や魔法使いではない人達もそうなのだとしたら、魔物が本当に“悪”であるのかを疑いもせず、その教えを受け入れることになる……」

「……確かに俺も、何の躊躇いもなく魔物は排除するのが当たり前だった。君が来るまでは」


 エリアスの言葉に私はもう一度、子犬の見た目をした魔物に目を向ける。

 そして、エリアスの方に向き直ると、夢でも見たあの夜のことを思い出すように口を開いた。


「……私が上級魔物と対峙した日のことを覚えている?」


 唐突に切り出した私の言葉に、エリアスは一瞬目を見開いたものの、「あぁ」と頷きを返す。

 その反応を見て意を決して口を開いた。


「あの時、エリアスに言い忘れていたことがあって」

「言い忘れていたこと?」

「上級魔物と対峙した時、彼らは言ったの。『ようやく見つけた』って」

「……やはりか」


 エリアスは顎に手を当て呻くように呟く。

 そんな彼の様子を見て口にした。


「クレールから聞いたのね?」

「あぁ。君が倒れている間に、粗方クレールから聞いた。

 上級魔物の中には話すことが出来る者がいて、そして邸に侵入してきた目的は、君……アリスを探していたのだと」


 エリアスの口から紡がれる言葉に目を伏せ、私も説明すべく口を開いた。


「彼らは、私のことを知っていた。私が何者なのかを、多分私より、ずっと」

「……アリス」

「彼らは私に流れる血……、私の力を憎んでいるようだった。

 この力がある限り、安寧は保たれない。そう言っていた」


 その言葉に、エリアスが息を呑んだのが分かる。

 私は言葉を続けた。


「だから、調べれば何か分かることがあるかもしれない。

 そう思って、歴史書を読んでみたけれど、私が欲しかった情報はどこにも載ってはいない。

 ……あの子犬のように私を助けてくれた魔物もいれば、上級魔物やエリアスに助けてもらった時の中級魔物のように、私に明確に敵意を表してくる魔物もいる。

 そんな私は一体何者で、この先どう行動すれば良いのか分からなくて不安になる……」


 特に毎晩のように見る上級魔物と対峙した時の夢には、クレールが血を流して倒れている姿も度々思い起こされて。

 もしまたあんなことが起きて、今度はより多くの人やもっと酷い怪我を……、私の大事な人達まで、私のせいで巻き込んでしまうとしたら……。


「アリス」

「!」


 エリアスの温かくて大きな手が、私の手を包む。

 ハッとして顔を上げれば、少しだけ近くなった距離で私をじっと見つめ、微笑む彼の姿があって。


「大丈夫。言っただろう? 俺は君を、手放すつもりはないって」

「……!?」


 それは以前、彼の誕生日会で告げられた言葉で。

 私が驚き言葉を失ってしまっている間に、彼は続けた。


「ただでさえ、一度君に手放されてしまっているからな。

今度こそこの手を放すまいと、俺は必死だ」

「!?」

 

 そう言って、何とも言えない甘やかな雰囲気を醸し出す彼に向かって慌てて声を上げる。


「ま、待って!? 今私、そんな話をしていたかしら!?」

「不安に思っていたんだろう? “ここにいても良いのか”と」


 確かに、そう考えていた。だけど。


「……どうして」


 口には出していないはずなのに。

 そう呟いた私に、彼は笑って言った。


「いつも見ているから」

「っ」


 なんで。


(貴方はいつも、そういうことをさらっと言い退けるの……)


 自分の気持ちに名前をつけることを、迷って、戸惑って、逃げてばかりの私とは大違いだ。


「っ、ふふふ」

「ア、アリス?」


 目を丸くする彼の重ねられた手を、ギュッと握る。

 そして、笑って口を開いた。


「ありがとう」


 そう言って笑うと、彼は顔を赤くさせながら言う。


「〜〜〜わ、笑うのか泣くのかどっちかにしてくれないか。心臓に悪い……」

「え、私泣いているかしら?」

「泣いている」


 エリアスはそういうと、いつもより少しだけ乱暴に私の目元を拭う。

 そんな彼に、また笑ってしまいながら言った。


「ありがとう。魔物にうつつを抜かしているように見えるかもしれないけれど、貴方の誕生日会にはとっておきのプレゼントを用意しているから! 期待して待っていてね」

「!! 君はやはり策士……じゃなくて! 

 今の君に必要なのは休息だ。だから、俺の誕生日会なんてほどほどで良いから」

「良くない!」


 私が抗議の意味を込めて反論すれば、彼は目を丸くする。

 そして、どちらからともなく笑いが込み上げてきて。

 笑い合った後、エリアスは笑みを湛えたまま言った。


「魔物のことは、気負わなくて良い。

 俺も、君の気持ちが晴れるように協力するから。

 一人で抱え込まず、俺を頼って欲しい」

 

 彼の優しさが、言葉が胸に沁みて。

 込み上げそうになった涙をグッと堪え、代わりに微笑んで礼を述べる。


「……ありがとう」


 その後、互いの手を繋いだままのことも忘れ、後から来たカミーユにそれを指摘されるまで、話題が尽きることはなく二人きりで話を続けた。

 そして、その日を境に、私が魔物の夢を見ることはなくなったのだった。

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