第五話
ミーナ様とファビアン様に別れを告げた私達は、再び城下のメイン通りを歩き始める。
「さて、まずはどこへ行こうかしら? エリアスはどこか行きたいところはある?」
そう尋ねながら見上げれば、至近距離で視線が重なる。
「っ」
思わず息を呑んでしまうけれど、ここで視線を逸らしてしまえば変に思われる! と我慢してじっとエリアスを見れば、彼は吹き出したように笑う。
「何よ」
ムッとして尋ねれば、彼は「いや」と笑いながら言った。
「俺はやはり幸せ者だと思って」
「は!?」
「質問の答えだが、君とならどこでも良い」
「〜〜〜だからそれが一番私が困る答えだって知っているでしょう……!」
「ははっ」
エリアスの笑顔が心からのものである度、胸が……言葉にも詰まってしまって。
今まで自分が彼とどう接していたのか分からなくてなりそうになる。
それでもこの気持ちを悟られないよう、何とか平然を装いながら口を開く。
「分かったわ。それなら、あなたの好きなものを教えて。そのお店に行くから」
「……それは、俺のことをもっとよく知りたいということだろうか?」
「!? そ、そうよ。でないと誕生日プレゼント、選べないでしょう?」
質問に質問を返してきたエリアスの言動にまた揶揄われていると感じながらも、その手には乗らないと言葉を返せば、彼は「そうきたか」と呟いてから顎に手を当て首を傾げた。
「とは言っても、これといって好きなものが思い浮かばない」
「え?」
思いがけない言葉に私まで首を傾げれば、彼は苦笑いをして言った。
「誰かに聞かれたことなどないし、考えたこともなかったな」
「……考えたことがない!?」
「あぁ」
迷いなく頷く彼を見て唖然とするけれど、小説中の内容を思い出して納得してしまう。
(彼は元は氷公爵の異名を持つほどにどんなことにも無頓着だった。ヴィオラ様には唯一懐いていたけれど……、確かに言われてみれば、私が誕生日プレゼントを尋ねる度に欲しいものがないと困った顔をしていたのは、彼の本心だったからなのね……)
「……それなら」
「!」
私は彼の手を導くように引きながら言った。
「色々なお店を見て回りましょう? ウィンドウショッピングよ」
「うぃんどうしょっぴんぐ??」
「要するに、まずは購入せずに目で見るだけの買い物をするってこと!
そうすれば、一つくらいはあなたのお眼鏡に適うものがあるかもしれないでしょう?」
「あ、あぁ……」
「よし! ではまずは骨董品店から見に行こうかしら。その次は宝石店ね。
あ、城下のお店巡りは任せて。贈り物に適したお店は一通り頭に入れてきたから」
「そ、そうか……任せる」
「えぇ、任せて」
まずはエリアスの好きなものを探してあげないと!
と小説中の彼を知っている私は、決意して一生懸命叩き込んだ地図通りに目当ての店めがけて歩き出す。
「……」
そんな彼が、私の横顔と繋いだ手を交互に見て小さく笑ったことに私が気が付くことはなかった。
「……だから何でこうなるの!」
声を上げた私に対し、エリアスはまるでしょげた子犬のような表情をして言う。
「嫌だったか?」
「嫌とかそういう問題じゃなくて……、これじゃあ私の買い物にあなたを付き合わせているだけじゃない!」
そう、エリアスの好きなものを探すためにウィンドウショッピングを開始したはずなのに、いつの間にか積み重なっていった箱の数々……もといエリアスから私への贈り物。
「私の誕生日はとうに過ぎた上にもう貰いましたけど!?」
「今日一日付き合ってもらっている礼だと思ってくれれば良い」
「それにしては多すぎるわよね!?」
ちなみに、その箱の数々はもう手元にはない。
陰で私達の護衛をしてくれていた騎士達に屋敷へ運ぶようエリアスが指示したからだ。
(しかもドレスまで何着も買ってくれたものだから、付いてくれていた騎士達全員が帰る羽目になったのよね……)
公爵様から離れるわけにはいかないと騎士達は戸惑っていたけれど、エリアスが言ってのけたのだ。
『俺が負けるとでも?』
その言葉で騎士達は帰らざるを得なくなったのだけど。
「……エリアス、あなたわざとやったでしょう?」
「何のことだ?」
「護衛してくれていた彼らを帰したことよ!」
「あぁ。だってあれは、俺が指示したのではなくカミーユの指示で俺達についてきた者達だからな。あいつがいらぬお節介をしたんだ」
「従者としてそれが普通の対応よ……」
カミーユは公爵邸の周りに結界を張っているため、万が一のために殆ど外出をすることがないのだと言う。
だから自分の代わりにと騎士達に頼んだと言うのに、その騎士全員を帰してしまうなんて。
「後でカミーユに怒られても庇ってあげられないわよ?」
「大丈夫だ。これで邪魔者なしで君と二人きりでデートが出来ると思えば、それくらい」
「!?」
まさかの言葉に息を呑む私の手を不意に持ち上げたかと思えば、その腕に何かをつける。
それは、先程私の目に止まって購入したもの……髪飾りとお揃いのブレスレットで。
彼は私の手を握る手とは反対の手で、私の髪につけていた髪飾りに触れると、満足そうに笑って言った。
「うん、やはりよく似合っている」
「〜〜〜のっ」
「の?」
焦った私は咄嗟に口にする。
「喉が渇いた! エリアス、何か飲み物を買ってきて!」
「え?」
「さ、さっき果実飲料が売ってて気になってたからあれが飲みたい!」
「それなら一緒に行った方が良いんじゃないか? 一人で君を置いて行くわけには」
「子供じゃないんだし大丈夫よ! ここで待っているから」
頑として譲らない私を見て、彼は何度も私の方を振り返りながらも果実飲料を売っているお店へと向かって走って行く。
その後ろ姿を見送ってから、熱い頬を抑えた。
(ど、どうすれば良いの……!?)
この気持ちを抑えようとすればするほど、溢れ出しそうになる。
誤魔化そうとすればするほど、不自然になる。
惜しげもなく私に愛情を注いでくる真っ直ぐな彼を見ているだけで、胸がギュッと苦しくなる。
(分かっている。私のこの気持ちはもう誤魔化せないほど大きくなっていると)
『恐れず素直に認めてあげればきっと、自ずと自分がどうしたいか、答えは見えてきますわ』
そうミーナ様は言ってくれたけれど。
「……彼と向き合えば向き合おうとするほど、苦しい……」
一歩を踏み出すのが怖い。
自分の想いとは裏腹に歯止めがかかるのには明確な理由がある。
それは、私が“アリス”であり、小説中で彼を間違いなく傷つけた人物であること、そして。
(それが、ただの物語ではないとしたら……)
そこまで考えた私は、不意に視線を感じたために考えることを中断して顔を上げる。
すると、そこにいたのは。
「……魔物!?」
見たことのないほど小さな、子犬の姿をした魔物だった。
そんな魔物が、ベンチに座っている私の足元で座った状態でじっとこちらを見つめていたのだ。
(どうして街中に魔物が!? それに魔物は暗闇の中でしか現れない……つまり、夜にしか現れない存在じゃ)
もしここでこんな小さな魔物でもその姿が見えない人間相手に騒ぎを起こしたら……!
と考える間もなく、子犬はタタッと駆け出す。
「待って!」
飲料を買いに行ってくれたエリアスを待つと約束したものの、何をするか分からない魔物から目を離すわけにはいかず、魔物に導かれるようにその小さな姿を慌てて追ったのだった。