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第四話

 城下に着き、広場で昼食を摂ってお腹が満たされた私達は今、メイン通りを歩いているのだけど……。


「どうして君とのデートでリオネルやファビアンの元へ行かなければならないんだ」

「あなたのお誕生日を皆でお祝いするためよ」


 先程リオネルさんのお家へ寄ってから、エリアスはこんな感じで不貞腐れ気味になっている。

 なぜリオネルさんやプチット・フェに寄るかというと、彼らに直接エリアスの誕生日会の招待状を渡しつつ、話しておきたいことがあったからだ。


(特にリオネルさんと二人きりで話がしたいと言った瞬間、エリアスが怒り出したのよね……)


 確かに二人きりは良くないかもしれないけど、何もやましいことはないし、第一エリアスのためだからと何とか説得して二人で少し話をさせてもらえた。


(外で待ってもらっていたら、窓からじっとこちらを見つめているんだもの、本当にびっくりしたわ……)


 そんなエリアスに向かって私は呆れ気味に尋ねる。


「だって私だけでリオネルさんの元に伺うのは絶対に駄目なのでしょう?」

「当たり前だ! 一人暮らしの男の元に君一人を向かわせるやつがどこにいる!」

「……私そんなに信用がない?」


 浮気なんて絶対にしないのだけど、と呟いた私に、エリアスが違う、君の問題じゃないと喚いているのを無視して口にする。


「そういうあなただって、リオネルさんから何が欲しいか聞かれて答えたのが“私を守るための魔道具”って! どういうつもり?」

「どういうつもりも何も、そのままの意味だが」

「〜〜〜あぁもう! あなたと話していると私がおかしいことを言っているみたいな雰囲気になるのやめてくれない!?」

「俺が口にしているのは本心であって、嘘偽りのない自分の気持ちだから仕方がない」

「だからそれがタチが悪いって言っているの!」


 それだけではない、今日一日エリアスはずっと私のことを見ている……そんな気がして。

 しかも、文句を言おうと視線を合わせる度嬉しそうに笑うものだから、怒るに怒れなくて。


(本当に調子が狂う)


 だけど、そんな彼を見てどこかホッとしている自分がいて。


(私は、知っているから)


 エリアスは、誰より孤独だということを。

 きっとそれは、血の繋がりがある家族のいない私よりも。


(だからこそ、私は)


 彼と握った手に力を込める。

 それが伝わったのか、エリアスが驚いたような顔をして私の名前を呼ぶ。


「アリス?」


 視線が合った彼に今度は笑みを浮かべ、言葉をかける。


「……皆、あなたのことを思っている」

「え……」

「あなたが一番、それをよく知っているでしょう?

 だから、少しだけ付き合って」


 そう口にすると、エリアスは少し考えた後やがてふっと笑みを溢して返した。


「……正直、アリスが祝ってくれるだけで俺は十分幸せだと思っていた。だが」

「!」


 エリアスが私の手を引いて少し前を歩き出しながら言葉を続けた。


「君のいう通り、友人達と過ごす時間も大切にしなければな。

 君のおかげで、学園時代よりも友人達と親しくなれた気がする。

 ……それに、こうして誕生日を当たり前のように祝ってくれる人達がいてくれるようになるなんて、昔では思いもしなかった」


 そう言って半歩先を歩き始めた彼の表情は、笑っているのにやっぱり泣きそうにも見えて。

 エリアスから直接聞いたことはないけれど、小説中に描かれていた彼の生い立ちを知っている私は、そんな彼の表情に胸が締め付けられるような感覚に囚われたのだった。





「……と、こんな感じでお願いしたいのですが」


 そこまで誕生日会のための説明し終えてから顔を上げれば、向かいの席に座り驚いたような顔をしているミーナ様と目が合う。


「ミーナ様?」

「……ふふっ」


 名前を呼べば、不意に笑みを溢すミーナ様を見て、何かおかしなことを言っていたかしら、と首を傾げた私にミーナ様が口を開いた。


「お会いしていない間に雰囲気が変わられたなと思いまして」

「雰囲気が?」

「えぇ。柔らかくなったと言いますか」

「そうでしょうか……?」


 天界へ行っていたせい? と思いながら、淹れていただいた紅茶が入ったカップに口を付ければ、ミーナ様がふふっと笑う。


「ここまでアリス様がロディン様のことを想われているなんて、ロディン様は幸せですね」

「っ!」


 思いがけない言葉に、一瞬吹き出しそうになったのを何とか堪え、紅茶を飲み込む。

 そして、慌てて口を開いた。


「わ、私のお誕生日をあれだけ派手にお祝いしてくれたんですもの、頑張らなくてはと思っただけで」

「ふふっ、そうなんですね?」

「っ……」


 なんだかミーナ様には見透かされているような気がして俯けば、ミーナ様は静かに口を開いた。


「……以前にもお話ししたかと思いますが、ロディン様はアリス様とご結婚なさってから変わられました。

 学園時代に私達の前で笑顔を浮かべられることはあっても、それが心からの笑みには見えなかった。

 だからといって、私達に心を許していないという風には思いませんでしたが、ファビアンでさえもロディン様はいつも何かを抱えていらっしゃると……、それを分かってあげられず見ているだけの自分が申し訳ないと、そういつも言っていました」


 ミーナ様の言う通り、学園時代のエリアスは心に傷を抱えたまま誰かに……、ヒロインであるヴィオラにさえも、その傷を直接話したことはなかった。


(それでも、エリアスの周りにいた友人達は、エリアスが何かを抱えていることに気が付いていたのね……)


 そんなことを考えている間にもミーナ様の言葉は続く。


「でも、アリス様がいらっしゃってからそれが目に見えて変わった。

 今日だって、あんなに幸せそうに笑う姿をお見かけ出来るとは思いませんでしたわ」


 そう言われ、今エリアスとファビアン様がいる2階へと続く階段に目を向ける。

 そんな私にミーナ様は言った。


「それは、アリス様もですわ」

「……え?」


 ミーナ様に視線を向けた私に、彼女は微笑みを浮かべて静かに口を開いた。


「私達とお会いした時にはなかった“感情”が芽生えていらっしゃるでしょう?」

「……!」


 会った時にはなかった“感情”。

 その言葉が指している意味を理解して思わず息を呑めば、ミーナ様は小さく笑って言った。


「初めてお会いした時から不思議に思っていたのです。

 なぜ接点のないアリス様とロディン様がご結婚されたのか。

 夜会でお二人の姿をお見かけしていたら納得したのでしょうけど、アリス様もロディン様も夜会を好まれない方々ですから、私とファビアンは結婚のお話を聞いて不思議に思っていたのです」

「……」


 否定も肯定も出来ず、言葉に詰まる私にミーナ様は慌てて言った。


「困らせたかったわけでも、もちろん他の誰かにそれを言うことなどいたしませんわ!

 けれど、その心配は杞憂だったなと……、アリス様といらっしゃるロディン様の表情や今のお二人を見て、あぁ、お二人の出会いは運命なのだと今日改めて思いました」

「……運命?」

「えぇ。お二人を見ていれば分かります。

 アリス様とロディン様は、結ばれるべくして出会ったのだと。

 互いを想い、支えたいと願う。

 アリス様とロディン様は、同じ想いを抱えていらっしゃるのだということが側から見て分かります」

「同じ想い……」


(エリアスと私が抱えているこの想いは、やはり同じなの?)


 でも、とその想いに歯止めをかけようとする自分がいて戸惑っていると、ミーナ様は口にした。


「大丈夫ですわ。その想いは、相手と一緒にいれば自然と大きくなっていくもの。

 恐れず素直に認めてあげればきっと、自ずと自分がどうしたいか、答えは見えてきますわ」

「!」


 ミーナ様はもちろん、私が彼と契約結婚をしていることも、私の過去の記憶に何があったかも知らない。

 けれど、かけられた言葉は迷いがあった私の心にストンと落ちた気がして。


「……ミーナ様」


 私は名前を呼ぶと、心からの礼を述べた。


「ありがとうございます」

「ふふ、友人として助言しただけですわ。いらぬお節介かもしれませんけれど」

「そんなことはありません。おかげさまで心が晴れたような気がいたします」

「それは良かったですわ」


 そうして二人で笑い合うと。


「話し合いは終わったか?」

「ファビアン」


 上の階にいたファビアン様が顔を出し、困ったように肩をすくめて言った。


「エリアスがとにかく落ち着かなくて。

 一刻も早く奥方とのデートを再開することをご所望で」

「余計なことを言うな、ファビアン」


 その後ろから聞こえてきたエリアスの声に、ドキッと心臓が跳ねる。

 そして階段を降りて姿を現した彼を見て思った。


(……あぁ、やっぱりミーナ様の言う通りだわ)


 エリアスの姿を目にしただけで、鼓動が加速してしまうのは……。


「……アリス?」

「!」


 思考に耽りすぎて、気が付けば彼を凝視してしまっていたらしい。

 名前を呼ばれて我に返った時には、エリアスの顔が近くにあって。


「っ!」


 バッと効果音がつきそうなくらい早く席を立つと、彼の腕を引き、ミーナ様とファビアン様に向かって言った。


「本日はお時間をいただきありがとうございました! 当日もよろしくお願いいたしますね!」

「ア、アリス?」


 そう言って踵を返し、戸惑う彼の手を引いて扉へ向かう。


(〜〜〜こ、この気持ちを今更になって改めて自覚するなんて!)


 これからどんな顔をして彼と過ごせば良いの!? 

 と、掴んだ腕から伝わる彼の熱と早鐘を打つ鼓動の音を聞いて、内心悲鳴を上げる私だった。

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