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第三話

皆様の応援のおかげで100話目となりました!

ありがとうございます!

「エリアス」


 名を呼べば、お忍び用の服にも関わらず完璧ないでたちの彼は、爽やかに……いえ、眩しいくらいの満面の笑みを浮かべて返す。


「おはよう」

「おはよう……って、そうだけどそうではなくて!

 いつも思うのだけど、あなた待ち合わせの時間より来るのが早すぎない?」


 約束の時間は11時。だけど、今はそれよりも30分早い10時半。

 エリアスがいつも早く来て待っているから、今回は誕生日プレゼントを選ぶために彼を付き合わせてしまうのだし待たせないよう先に来ないと、と思っての時間だというのに、結局いつも通り彼は既に玄関ホールにいて。

 そんな私に、彼はなぜか照れくさそうに笑う。


「君と出かけるのが楽しみで。つい早く来てしまった」

「つい!? ……ちなみに、いつからここに?」

「10時にはいたな」

「……」


 思わず遠い目になってしまう私に、エリアスは首を傾げる。


「そういう君だって、こうして待ち合わせより早く来てくれたじゃないか」

「あなたをいつも待たせてしまうのは悪いと思って早く来たの!」

「そうか。……でも、それなら気にしなくて良い」

「え?」


 思いがけない言葉に顔を上げた私の手を、不意に彼に取られる。

 しかも、繋ぎ方がエスコートでも恋人繋ぎでもなく、自然と手を握られたものだから驚いてしまう私に、彼は見るからに機嫌の良い笑みを浮かべて告げた。


「君を待つことも俺の自己満足なのだから」

「……へ!?」

「後お忍び用の服も似合っている。特にその左右にまとめている髪型も新鮮で可愛い」

「っ、ツ、ツインテールのこと?」

「ツインテールというのか、覚えておこう。その髪飾りも付けてくれているんだな。よく似合ってる」

「あっ、あなた毎回毎回わざと言っているでしょう!?」


 エリアスの口から飛び出る甘い言葉と怒涛の褒め言葉の数々に耐えきれなくなり声を上げると、彼はわざとらしく口角を上げて首を傾げる。


「何のことだ?」

「と、とぼけても無駄よ! 私の反応を見て面白がっているんでしょう!?」

「面白がっているんじゃない。……君が俺のことを意識してくれている姿が可愛らしくて、つい」

「それを面白がっているって言うのよ!」


 やっぱり今日のお出かけはなしにすれば良かったわ!

 と付け足すと、彼は慌てたように謝罪する。


「ご、ごめん。君が嫌だと言うのならもう口にしないから」

「……嫌だとは言っていないわよ」

「へ?」


 馬車の前まで来た私達は立ち止まる。

 私は彼の顔を横目で見て、小さく呟くように言った。


「心臓に悪いから加減してって言っているの」

「それって……」


 エリアスが何かを言う前に、彼の手を借りずに馬車に乗り込む。

 その後から乗り込んだエリアスの吹き出したような笑いを聞き逃さず、顔を見られないようにしながら反対側の窓の外から視線を晒さずに聞く。


「……何かおかしい?」

「いや、幸せだなと思って」

「っ……」


 気が付かれないよう盗み見た彼の顔は、本当に嬉しそうで。


(もう、本当に調子が狂う……)


 こんな調子で今日は大丈夫なのだろうか、となぜだか騒がしい鼓動の音を聞きながら、誤魔化すように窓の外、流れ始めた景色から視線を逸らすことなく眺める。

 

 城下は馬車で一時間ほどの場所にあるため、二人きりの馬車の中はなんだかとても……、こそばゆい。


「……あの」

「なんだ?」


 居た堪れなくなった私が口火を切ると、エリアスは嬉しそうに笑う。

 そんな彼に向かって口を開いた。


「席、隣に移動しても良い?」

「!」


 驚いたような顔をするエリアスに、誤解を生んだことに気が付き頬が紅潮していくのが分かって。

 慌てて誤魔化すために言葉を付け足した。


「だってあなた、私のことをずっと見ているでしょう?」

「ずっとは見ていない……多分」

「何その返答!?」


 分かりやすく目を逸らす彼に、私は視線を落として言う。


「……言ったでしょう? “もう少し待って”って。

 あなたに積極的に来られると冷静に考えられないから、本当に待って……」


 自分でも驚くくらい最後は小さな声になってしまって。

 そんな私に、エリアスは言った。


「……分かった。俺も君が答えを出すまで待つ、と言いたいところだが」

「!」


 エリアスが席を立つと、私の隣に移動してから妖艶に笑って言った。


「君がそばに居ると、時々抑えが効かなくなることがある。それは許してほしい」

「はっ、はぁ!?」


 何を許せと!? と怒る私に、エリアスが耐えきれないと言った風に噴き出す。

 どうにかこの空気を変えなければ、と意味なく視線を彷徨わせてから、ふと自分が持ってきたものの存在を思い出し、彼に向かって視線を合わせることなく尋ねる。


「……エリアス、着く頃には丁度お昼時だけど、何を食べる?」

「あぁ、そうだな、特に何も考えていなかったが……、いくつか店を知っているから着いてから紹介しよう」

「それも気になる、けど、その……」

「ん?」


 意を決して、持ってきた籠のバッグをエリアスに押し付ける。

 そして、驚く彼に向かって口を開いた。


「お、お昼時はお店が混んでいると思うから作ってきたの」

「作ってきた……、君が!?」

「も、もちろん料理長の手も借りて一緒に作ったわ! あなたの口に合うかどうかは分からないけど、でもサンドウィッチだから失敗はしていないと思」

「嬉しい」

「え?」


 エリアスの口から溢れ出た呟きに瞬きをすれば、彼は私と視線を合わせる。

 その頬がほんのりと赤く染まっているのも気のせいなんかでは決してない。

 そんな彼は、甘やかな笑みを湛え、籠を大事そうに抱えながら言った。


「ありがとう、アリス。これが誕生日祝いと言われても良いくらいに嬉しい」

「いくら何でもそれは言い過ぎでは……」


 とツッコミを入れたけれど、彼の心から嬉しいというような表情を見て、早起きをして作って良かったと自然と笑みが溢れる。

 その笑みを浮かべたまま、私は口を開いた。


「せっかくだから、噴水がある広場で座って食べましょう?」


 そう提案してから、エリアスの方を指さして呪文を口にする。


「“順応”」

「!」


 呪文を口にした私の指から、桃色の光が彼と私を包むようにして降り注ぐ。

 これまた驚きに目を見開く彼に向かって、悪戯っぽく笑って言う。


「お忍び魔法。私も使えるようにしたのよ。

 あなたみたいに無詠唱とまではいかないけれど」


 エリアスから学園時代に使った教材を借りて自主勉強をしているうちに、いくつか呪文を使いこなせるようになったため、今日披露しようと思っていたのだ。

 そんな私に、エリアスは微笑んで言う。


「そうか、やはり君は努力家なんだな」

「! そ、そうかしら……」


 多分褒められているのだということに気が付き、少し俯けば、彼はしみじみと口にした。


「あぁ。昨日見せてくれた魔法もお忍び魔法も。俺が見ていない間に沢山練習したんだろう?」

「……っ」


 エリアスの言う通り、自分で言うのもなんだけど人一倍努力していると思う。

 学園に通う年齢をとうに過ぎている上、現時点で学園を卒業した人達に比べたら……、ましてやエリアスの足元にも及ばないことも理解している。

 それでも、私に与えられた魔法は善と悪、両方にもなり得る大きな魔法だというから……。


「焦らなくて良い」

「え?」

「無理をせず、自分のペースでやれば良い。大丈夫、俺がついているから」

「……!」


 そう言ってくれたエリアスの言葉に、不意に泣きそうになる。

 彼はそんな私に気付かぬふりをしてくれているようで、笑みを浮かべて口にした。


「とにかく、今日は久しぶりの城下だ。一緒に楽しもう」

「……一緒に楽しむというよりは、あなたのお誕生日プレゼントを選ぶためなのだけど」

「はは、そうだったな」


(……エリアスには、何でもお見通しなのね)


 やっぱり、私は……と、隣にいる彼の笑みを見て、その笑顔をずっと見ていたいと、漠然とそう思った。

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