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第二話

最後の方でエリアス視点に切り替わります。

「明日一日時間が取れた」


 開口一番にそう告げたエリアスに対し、私は目を瞬かせてから言った。


「そ、そう。わざわざ伝えに来てくれてありがとう……」


 つい先程もララから同じ報告を受けたことで明日エリアスと街へ出かけることが決定したため、早めに寝ようとベッドに横になった矢先続き部屋の扉がノックされ……、現在に至る。


(既に伝言を託しているのに自分からもわざわざ言いにくるなんて)


 あなたの方が断然律儀だわと思い笑ってしまうと、エリアスは言う。


「君に直接伝えたくて。明日がとても楽しみだ」

「……!」


 そう言って笑う彼の笑みは、無邪気な少年のように見えて。


「そ、そんなに楽しみなの?」

「もちろん。君が俺のために時間を作ってくれているということが何より嬉しい」

「……っ」


(またすぐそういうことを)


 時間ならエリアスの方がよほど作るのが大変なはずだというのに、私が彼のために時間を割くだけで嬉しい、なんて。


「……私のこと、好きすぎじゃない?」

「!」


 思わずポツリと呟いてしまった言葉は、しっかりとエリアスの耳に届いたらしい。

 驚いたようにこちらを見る氷色の瞳と目が合ってハッとする。


(私、なんてことを……っ)


 墓穴を掘った、と慌てて撤回しようとしたのも束の間。


「あぁ、そうだな」

「!?」


 彼は私の手を握ると、甘やかな笑みを湛えて言った。


「俺は君のことが好きすぎるらしい」

「えっ!?」

「だから君と話す時も、一緒に過ごす時間も……、何一つ取りこぼすことなく大切にしたいと、そう思う」

「……!?」


(今目の前にいるこの人は一体誰!?)


 本当にあの“氷公爵”と呼ばれたエリアス・ロディンなの!? と動揺を隠せずにいる私に、エリアスはクスッと笑って言った。


「少しは意識してくれているのだろうか?」

「っ!」


 今度こそ耐えられなくなった私は、その問いについては答えることなく早口で告げる。


「あっ、明日は11時に玄関ホールに集合!」


 それだけ言って踵を返して逃げ出そうとした私の腕を、エリアスに掴まれる。


「え……?」


 後ろを振り返ると、制した張本人であるエリアスがなぜかハッとしたような顔をして頬をかきながら言った。


「あ、いや……、そう、魔法の特訓はいつから再開するか?」


 魔法の特訓。その言葉に、あぁと思い出して答える。


「そうね、少し考えさせて」

「えっ」


 エリアスが驚いたように目を丸くする。


(だってまだ分からないもの)


 エリアスの誕生日パーティーの準備にどれほどの時間がかかるか分からないから何とも言えない。


(エリアスには内容が伝わらないよう秘密裏に進めなければならないから……、そういう時は何かと夜も動けた方が効率が良いと思うのよね)


 だけど、それを直接エリアスに伝えるのは今更だけど恩着せがましいかなと思い、他の口実を思いついて言う。


「それに、魔法の特訓を全くやっていないというわけではないのよ?

 天界にいる間、妖精さん達と一緒に過ごす時間が多かったから、一緒に特訓に付き合ってもらっていたの。

 だから、エリアスに最後見せた時よりは格段にこの魔法を扱えるようになったと思うわ」

「天界でも魔法の特訓をしていたのか!?」


 なおも驚いたように声を上げたエリアスに向かって頷き、自身の掌に視線を落として言う。


「えぇ。……あの時のように、魔物を倒す度に自分まで暴走して倒れていたら、貴方を含め色々な人に迷惑をかけてしまう。次はもうそんなことになりたくないし、いざとなったら私も一緒に戦える力が欲しかったから」

「そんなこと」

「あるわよ。この力がもし本当に特別で危険な力なのだとしたら、私はそれをコントロール出来るようにならなければいけない。

 それにね、天界にいる間に結構コツを掴めるようになったのよ!」

「え……」


 今度は唖然とした表情をするエリアスにも伝わるように説明する。


「天界はやはり不思議なところね。過ごしているだけで力が湧いてくる気がするの。

 それと、何というか、エリアスに以前手を繋いでもらって魔力の流れを感じ取る特訓をしてもらったでしょう?

 あの時の感覚を魔法の発動時に感じられるようになったというか」

「……凄いな」


 エリアスは呟くと、小さく笑みを浮かべて続ける。


「君は正真正銘、自分の力でその力を手にしたんだな」

「……それは違うわ」


 エリアスの言動に違和感を覚えた私は、彼の瞳を真っ直ぐと見て言葉を紡ぐ。


「この力を授かったのは妖精さん達が力を貸してくれているおかげだし、魔法をコントロール出来るようになったのはエリアスが夜中まで特訓に付き合ってくれたおかげ。

 私はただ花が好きなだけで……、皆がいなければ私は魔法を一生使えることはなかった。だから」

「!」


 私はエリアスに、自分用にと思って作っていたサシェを差し出しながら紡ぐ。


「ありがとう」

「……!」


 そうして目を見開くエリアスに、私は笑みを浮かべてそのサシェを彼の手に握らせてから尋ねた。


「この後仕事は?」

「も、もう終わらせたが……」


 何故そんな質問を、という風なエリアスに向かってもう一度笑みを溢すと、胸の前で手を組み言った。


「それなら丁度良かった。……見ていて」


 目を瞑ると、神経を集中させる。そして。


「……幻の花よ、現れて」

「!?」


 そう祈りながら口にし、目を開ければ、エリアスが驚いたように目を丸くして部屋の中を見渡していた。

 その視線の先には、無数の色とりどりの花々がふわふわと宙を漂っていて。


「……成功ね」


 ふ、と息を吐くと、エリアスが近くに漂う花を目で追いながら尋ねる。


「これは……」

「幻影の花よ。だから触れられないし、香りもない」

「どうしてこの魔法を?」

「癒されない?」


 尋ねながら目が合った彼に笑いかけると、宙に浮かぶ花々に手を伸ばす。


「最初は、以前習得した“観察魔法”を使って見たい時に花を見ていたんだけど、ある時タイミング悪く花の妖精さん達が眠っている最中に呼び起こしてしまったみたいで。

 それで改めて、観察魔法は妖精さん達が花畑にいないと成り立たない……、彼らをその度呼び出すのは迷惑なのでは、と思って編み出したのがこの魔法なの」


 バラ、チューリップ、マーガレット、アネモネ……、自分が見たい花々を季節問わず変幻自在に想像すれば出せる。


(触れられないし香りも嗅げないけれど、花を見て癒されたい時にいつでも使えるから、私のお気に入りの魔法)


 だから、と私はエリアスに向かって言う。


「この魔法を習得したら、あなたに一番に見せようと思っていたの。どう? 癒されない?」

「……」


 なぜだか無表情で固まっている彼から返答がないことに気が付き、慌てて口にする。


「ご、ごめんなさい! 迷惑だったかしら!?」


 そうよね、男性が花を好むとは限らないし、これでは私の趣味の押し付けよね……! と焦る私に、エリアスがようやく言葉を発する。


「いや、まさか。……俺に一番最初に見せようとしてくれたということも相俟って、嬉しくて感動してしまっただけだ」

「え……」


 それは言い過ぎでは、なんて口にすることは憚られる。

 だってエリアスが心の底から嬉しそうに笑うものだから。そして。


「ありがとう、アリス」

「……っ」


 視線を合わせ、真っ直ぐと告げられた言葉が心に響いて音を立てて震える。

 さすがに限界だと思った私は、動揺を悟られないよう早口でまくし立てるようにして告げた。


「こっ、この魔法は一度使うと三時間ほど持続するの。

 だから、もし良ければ今日はこの部屋で枕元にサシェを置いて寝ることをおすすめするわ。

 そ、それじゃあおやすみなさい!」

「アリス!?」


 エリアスの声を背に、振り返ることなく扉を閉める。

 そして、扉に背中を預け、ズルズルとその場に座り込んだ。


(なっ、何て顔をするの……っ)


 そのせいで鏡を見なくても分かる熱を持った頬に手を当て、呟く。


「これでは、私が眠れなくなってしまうじゃない……」


 しかも、明日は二人きりでお出かけする日なわけで……。


(〜〜〜あぁ、もう! こんなの私じゃない……!)


 エリアスの表情が、言葉が、浮かんでは消えて。

 暫く私はそのまま身悶えてしまうのだった。




(エリアス視点)


 一人部屋に残されたエリアスは、幻の花々を見て思う。


(本当に、これを妖精の力を借りずに一人で?)


 この魔法は幻影魔法といい、学園で習う属性問わず使える魔法なのだが、非常に高度で使える者も少数だ。

 実際には幻影を見せて相手を錯乱させるという危険な魔法でもあり、術者本人も代償として魔力、及び集中力が膨大に使われるはずなのだが、アリスはそれをこともなげに行った挙句、一度発動してしまえば三時間ほど持続すると言い放った。


(……天界で魔力がパワーアップした?)


 そんなの。


「特別以外の何者でもないじゃないか」


 彼女が一体何者なのか。そう考えると、末恐ろしくなるのだが。


「……今は考えるのはよそう」

『この魔法を習得したら、あなたに一番に見せようと思っていたの』


(……そうだな)


 今はそう言ってくれた彼女が、幸福でいられる未来を願おう。


(そして、願わくば)


 そんな彼女が、俺の手を取り一緒に歩む道を選んでくれたら。

 それが自分にとって都合の良すぎる願いだとしても願わずにはいられず、彼女が作り出した、まるで彼女を想起させる美しく愛らしい花々が消える瞬間まで、時間を忘れて見入ってしまうのだった。





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