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第九話

「伺っていないのですが」


 私は分厚い紙束、もといエリアス様から頂いた契約書を他ならぬ本人の前に突きつけてそう口にすれば、彼は手元から私に視線を移して口を開いた。


「白い結婚だということは明記したはずだが?」

「それは聞いておりましたが、どうして契約結婚だというのに、公爵夫人の部屋が私のお部屋なのでしょう?」


 エリアス様の私室、それから共同の寝室に繋がっている部屋といえば、公爵夫人の部屋しかない。

 そんな私の問いかけに対し、彼は答えた。


「侍従達には契約結婚だということを知らせていない。

 だからバレないよう、君も俺の妻だというアピールの一環として付き合ってほしい」

「……ではせめて、共同寝室の鍵を私に下さい。

 そして、貴方もご自身の部屋と寝室を繋ぐ鍵を互いにそれぞれ持つということでしたら、契約に反しないかと思います」


 私の提案に、彼はすぐ「分かった」と頷きながらも呟くように言った。


「そこまでしなくても、あの扉を開けることは一切ないのだが」

「それでも一応、私の心の安寧のためだと思ってください。ただでさえ、エリアス様の私室の近くになるとは思っていませんでしたから」

「……そうか」


 彼はそう言って腕組みをしてから頷くと言った。

 

「確かに説明が不足していた。すまない」

「いえ……と言いたいところですが、一つ貸しということで、お願いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「邸内のカーテンを取り替えさせて頂きたいのですが」


 その言葉に、エリアス様がポカンと一瞬呆けた後、口にする。


「……カーテン!?」

「はい」

「邸内の、というのは?」

「言葉通り目のつくところ全てです」

「正気か!?」

「はい」


 私が頷けば、エリアス様はこめかみに手を当てながら尋ねる。


「どれだけあるか知っているのか?」

「ロディン公爵家ですから、広さは相当あるだろうと理解はしております」

「そもそもどうしてカーテンなんだ……」

「エリアス様はこのお邸を見てどう思われますか?」

「は?」


 突然の私の問いかけに、エリアス様は腕組みをすると答えた。


「考えたことがないな」

「では、黒いカーテンについては?」

「黒は遮光性が高いと言うから良いんじゃないか?」


(……ダメね、これは)


 自分で気付いて頂こうと思ったけれど、これでは気付きそうにないわね。


(今彼は私より4歳年上の27歳、だったかしら? 27年住んでいるからもはや違和感がないと)


 分かりました。


「エリアス様」


 彼の名を呼び、にこりと笑うと尋ねた。


「このお邸、巷で何と呼ばれているかご存知ですか?」

「?」


 案の定首を傾げて答えられない彼に向かって、私は笑みを浮かべたまま爽やかに現実を突きつけた。


「幽霊屋敷♡」

「……!? な……っ」


 あまりの衝撃に言葉を失ったのであろう彼に向かって、私は笑みを消すと更に続けた。


「当然ですわ。邸内全体のカーテンは黒、そして極めつけは部屋の中にガーゴイル! どういうご趣味をしていらっしゃるんですの!?」

「ガ、ガーゴイルはその……、魔物避け、と思って」

「つまりそれは、私のためだと?」

「!」


 エリアス様はそれに対し虚を衝かれたように黙り込んでしまう。

 そんな彼を見て息を吐くと、口を開いた。


「もし私のためならば、それはありがとうございます。

 ですが、ガーゴイルは基本外部からの侵入を防ぐために庭に飾るものであって、部屋に置いておく物ではありません。あれでは夜も眠れませんわ」

「そ、そうなのか?」

「えぇ。それに一目見た時、最初は私を()()()()している新手の嫌がらせかとも疑いました」

「!? そ、それは違う!」


 彼の食い気味な否定に、思わずクスッと笑ってしまってから言った。


「分かっております。貴方のその顔を見たら悪気はなかったのでしょう。

 ……ですが、それでもガーゴイルはガーゴイルですので、お庭に飾ってもよろしいですか?」

「君の好きなようにしてくれて構わない」

「ありがとうございます。それからカーテンも、出来れば別の色に変更させて頂いてもよろしいでしょうか? お金は……、私からも出しますので」


 自分でそう申し出ておいてハッとした。


(そうだわ、肝心のお金よ! ここは公爵邸だもの、私が出せるほどの安物のカーテンで済まされないのでは)


 カーテンを替える未来が絶望的になったその時、小さくエリアス様が笑った。


「!?」


 驚く私に、彼は笑みを浮かべたまま言った。


「そんなに黒いカーテンが嫌なのか」

「……嫌ですね」

「分かった。カーテンは全額こちらが負担する」

「え!?」

「当然だ。公爵家の物だというのに、君にお金を出させるわけがないだろう。

 それに、先ほど言ったように、君には侍従達の前でも俺の妻を演じてもらうことになるから、出来る限りの要望は聞きたいと思う」


 そんなエリアス様の言葉に、私は礼を述べる。


「ありがとうございます」

「あぁ。それも一応、契約書に追加しておかなければな。

 君も、他に何か追加したいことがあったら随時申し出てくれ」

「分かりました」


 私は頷き、一礼して部屋から出ようとした……瞬間に思い立って振り返り、口にする。


「あの!」

「!? な、何だ?」


 思ったより大きな声が出てしまって、エリアス様だけでなく自分まで驚いてしまいながらも、少し声を落として言った。


「て、庭園に伺ってもよろしいでしょうか?」

「……」


 そんな私の問いかけに対し、彼は黙ってしまった。


(あれ、ダメなのかしら?)


 一応念押しを、と言葉を続ける。


「お花を見せて頂きたいのですが、その、ガーゴイルの置物もどこに飾ろうか、下見も兼ねて」

「ふ、ふふっ……」

「!?」


 押し殺している笑い声が耳に届き驚くと、彼の肩が震えていることに気が付く。


(もしかして)


「からかっていらっしゃいますね?」

「っ、すまない、君の必死な顔が面白くて、つい」

「なっ……!」


 淑女に向かって面白いとは何だ。聞き捨てならない言葉にキッと彼を睨みつけ、言葉を返す。


「面白いはどうかと思いますわ! そんなことを仰るのでしたら、勝手にお庭も覗かせて頂きますから!」


 ふんっと顔を背け、扉を開けて部屋の外に出ようとした寸前で声をかけられた。


「敷地内だったらどこを歩いても構わない」

「えっ?」


 その言葉に再度振り返る。彼は微笑みを浮かべて言った。


「邸の敷地内だったら魔物が来ることはないからな」

「……お言葉ですが、エリアス様。私は魔力を持っていないので、ご心配には及びません」


 失礼致します、と今度こそ彼の部屋を後にした。


「……本来ならばそのはず、なんだがな」


 そう彼が呟いたことに気が付かずに。





「素敵ね……!!」


 早速庭園に訪れた私は、色とりどりの花を前にテンションが上がっていた。


「クンシラン、チューリップ、アザレア、ユリ、スイセン、ベゴニアにアジサイ……」

「アリス様はお花がお好きなのですね」


 そうにこにことしながら言うララに向かって、「そうね」と口にすると、下を向いたことで落ちてきた髪を耳にかけながら言った。


「えぇ、好きよ。花を見ていると落ち着くから」


 花を見つめている時間が、私の唯一の心の拠り所だった。


(……ダメね。まだまだ昔を思い出しているようでは)


「行きましょうか」


 そう言って立ち上がると、ララから驚いたように尋ねられる。


「もうよろしいのですか?」

「良いの。花を見ていると、つい時間を忘れてしまうから。

 それに、各部屋のカーテンの色も決めなければいけないでしょう? ララももちろん、手伝ってくれるわよね?」

「はい! お任せ下さい!」


 意気込む頼もしい返事をした侍女を見て、私は笑顔で頷いたのだった。



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