初めての弟子
「ジーニアス・ロドリゲスと申します。ポーション作りの天才、シア殿とお見受けします。どうか、俺を弟子にしてください!」
「…………はい?」
前世で散々ルシアナに対して嫌味を言っていた元同級生、というか未来の同級生のジーニアスが、現世では弟子入りを志願した。
そんな状況に、ルシアナは思わず聞き返してしまう。
だが、その言葉をジーニアスは肯定と受け取ったのか、
「ありがとうございます」
そう言って、深く頭を下げた。
「ま、待ってください! 急過ぎて話についていけません。なんで弟子入りなんですかっ!?」
「それは、あなたのポーションが素晴らしいからだ。是非、私にポーション作りの何たるかを教えてください」
「困ります! ジーニアス様は伯爵家のご子息なんですから、家庭教師を雇うなり、専門機関で学ぶなり方法があるはずです」
「師匠は俺が伯爵家の人間であることをご存知なのですか?」
「え……えっと、ロドリゲス家は名家ですから」
ルシアナは視線を逸らして言う。
焦ったとき、余計なことを言ってしまう癖をなんとかしたいと思った。
あと、いつの間にか師匠と呼ばれていた。
「ロドリゲス家は冒険者ギルドにも多大な出資をしていただいているからね。冒険者であるシアくんが知っていても不思議ではありません」
ルークの助け舟により、なんとか辻褄が合った。
「そうでしたか。家庭教師や専門機関と言うが、そもそも、師匠以上のポーション作りの名人は私の知る限り、この国、いや、この世界にはいないのだから、師匠の弟子になるのが一番だ!」
そう言ったジーニアスの言葉を聞きルシアナは――
(なるほど――意味がわかりません)
頭が痛くなった。
前世のジーニアスは他人を見下す態度であったが、しかし言っていることは今のルシアナには理解できた。
だが、今のジーニアスの言っていることはルシアナには理解できない。
「ええとですね、ジーニアス様。私はただポーションを作っている修道女で、教師でもなければ専門家でもありません。他人に何かを教えるような技能は持ち併せていません」
「いえ、師匠がポーションを作っているところを見せていただけるだけで構いません」
「ポーションを作っているところを見たいのであれば、薬師ギルドの方がいいのでは?」
「薬師ギルドにも行きました。そこで、師匠の事を知ったのです」
「薬師ギルドで?」
「はい、こちらの制作者だとか」
そう言ってジーニアスが取りだしたのは、一本のポーションだった。
ラベルには、「ミストポーション【試作品】」と書かれていた。
「ミストポーション? これをシアくんが作ったのかい?」
「え……えっと、私が作ったわけではありません……使い方を教えただけで」
ルシアナはそう言って、ルークにミストポーションについての説明をした。
「ポーションは飲むもの、掛けるものであるという概念を打ち崩し、蒸気にして使用するなんて発想、凡人には思いつかない。さすが師匠だ」
「でも、蒸気だったらミストではなくてスチームではないのかい?」
ルシアナは泣きたくなった。
薬師ギルドには、ルシアナが作ったことは秘密にしておくようにって言っておいたはずなのに、何故、ジーニアスの耳に届いているのか?
「あの、私が作ったことは口止めしておいたのですが、なんでジーニアス様がご存知なのですか?」
「確かに口止めされていると言っていたが、俺の頼みが聞けないのかと言えば、教えてくれたぞ?」
「ロドリゲス家は薬師ギルドにも支援しているからね。彼にそう言われたら断れないよ」
「それって、ほとんど脅しじゃないですかっ!」
前世でルシアナが司書の先生にやったことと同じだ。
あの時、散々ルシアナに対して文句を言ったジーニアスが、現世では同じことをしている事実に驚愕した。
こんなことなら、契約魔法を使って口止めしておくんだったと思ったが、この様子だと伯爵家の力を使って契約も無効化していたかもしれない。
「脅し……言われてみれば。ミストポーションという画期的なポーションが開発されたことに焦ってしまった。薬師ギルドのギルド長には後日謝罪しておく」
どうやら、ジーニアスは本当に無意識に脅していたらしい。
「改めてお願いする。これは脅しではない。伯爵家なんて関係ない。一人の男として頼む。いや、頼みます。師匠、どうか俺を弟子にしてください。傍で作業しているところを見るだけでいいのです」
ジーニアスのその真剣な表情に――ルシアナの頼まれたら断れないスキルが発動する。
「わ……わかりました。見ているだけ……なら」
こうして、ルシアナに伯爵家の弟子が産まれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
もちろん、ただ見ているだけということはなかった。
「師匠! 紅茶をお持ちしました」
「師匠! こちらの魔石は何故今入れないのでしょう?」
「師匠! 新しいポーションの考察をお聞きしたいのですが!」
「師匠!」
やたらとルシアナに呼びかけるジーニアスに気を取られ、作業のペースが遅れ気味。
このままでは、マリアのお土産を買って帰るどころか、帰ってくるのが遅いと怒られてしまうくらいになっていた。
「あの、ジーニアス様。静かにしていただけませんか?」
「これは失礼しました。あまりにも師匠の力が凄いもので。しかし、師匠の魔力は凄いですね。一体、どのような修行をなさったのですか?」
「……毎日神に祈りを捧げています」
実際は、生まれ変わったら魔力が上がっていたのだが、そんなこと説明することはできない。
神に祈りを捧げることで聖属性の魔力が上がると言われているので、その通りに説明する。
「やはりそうですか。私も祈りを捧げているのですが、思ったより魔力が上がらず、偽りかと思っていましたが、師匠がそう仰るのであればこれからも神に祈りを続けます」
「え……えぇ(ごめんなさい、神に祈りを捧げれば魔力があがるかどうかは私にもわかりません)」
師匠として事実かどうかわからないことを教えてしまったことに対する罪悪感から、ルシアナは今日のノルマの達成を諦めた。
「ジーニアス様、ポーションを作ってみてください」
「見ていただけるのですか?」
「はい。聖魔法は使えますね」
「使えます」
ジーニアスが頷く。
「ルークさん、ギルドの備品を使ってもいいですよね?」
ルシアナの問いに、ルークは笑顔で頷く。
ジーニアスが準備をする。手際がとてもいい。普段からポーション作りをしている証拠だ。
「はい、では魔力液に回復魔法を。とりあえず、ヒールの魔法を注いでください」
(流石ですね。そういえば、ジーニアスさんは王立学院でも成績優秀でした……あれ?)
ふと、不思議なことを思い出す。
王立学院において、薬学は選択授業で、ルシアナも受講していた。その時は、(公爵令嬢として点数上乗せしてもらって)合格ギリギリだったが、その時ジーニアスは――
「……あっ」
ジーニアスが回復魔法を込める。
(そういえば、ジーニアス様……薬学だけは二年連続不合格でした)
思い出した時には、ポーションの原液となる魔力液が真っ黒に染まっていた。
「師匠、ここからどうすればいいでしょうか?」
「えっと……どうしたらいいんでしょうね」