ルシアナの役割
「クッツフォルト子爵、バッサ・ロッテリート、ジーク・ドーク……」
「「え?」」
ルシアナの突然のつぶやきに、思わずバルシファルとサンタは耳を疑った。
何故なら、その三人、クッツフォルト子爵家の当主と、ガランドー男爵家の嫡男、マッハトール伯爵家の次男はバルシファルが裏オークションの顧客であろうと目星をつけていた貴族に入っている三人だったから。
「シア、もしかして、暗号の解読ができたのかい?」
「え!? ええと……はい!」
サンタが驚き言った。
ルシアナは、思い出した。
裏オークションについて、どこかで聞き覚えがあると思っていたが、やはり前世での記憶だった。
ルシアナは王都にいる公爵家令嬢として、犯罪者の貴族を裁く貴族裁判の陪審員として出席したことが何度かあった。
その裁判の一つが、裏オークションに関する裁判であり、被告人がバッサ・ロッテリートとジーク・ドークの二人だった。クッツフォルト子爵は既に国外に逃亡していて裁くことができなかった。
そして、この暗号化された顧客名簿は、裁判の証拠として提出されたもので、暗号の解読法とともに証拠品としてルシアナも目を通していた。
「この暗号の解読には聖典を使うんです。三文字で一つの文字に対応していて、本の一番左の文字三つに対応しているページを見つけ、そのページの一番右下の文字が暗号の答えになります」
「そういえば、やけに読み込まれていた聖典があったな。でも、え? 今一瞬見ただけで解読できたの?」
「えっと、職業柄、聖典はよく読むので――」
前世の記憶があるとは流石に言えないルシアナは、そう言って誤魔化した。
サンタはそう言って奥の部屋から、ボロボロになっている教会の聖典を持ってきて、ルシアナの言った通りに解読を始める。
一文字ごとに(暗号文では三文字ごとに)該当するページを探していくには時間がかかる。
気絶している組織の人間も目を覚ますのではないかと思うくらいに時間がかかる。
そのため、バルシファルとキールが気絶している人間を縛り上げ、地下の空いている部屋に押し込めた。
その間に、ルシアナは一階の部屋で料理を作る。
もちろん、自分が食べるためのものではなく、捕まっていた人達のための食事だ。捕まっている人たちは餓死寸前とまではいかないが、それでも空腹のように見えた。食事は最低限度しか与えられていなかったらしい。
建物の中の食材や薪を勝手に使ってもいい物だろうかと思ったが、
用意されていた食材は質のいいものではなかったが、元々ファインロード修道院では孤児院のために質の悪い食材で料理を作ってきた。大勢の人の料理を作ってきた。
修道院での三年の経験はルシアナの中でしっかり培われており、絶品とは言えないまでも、食材の割には美味しい食事を作ることができた。
「もうすぐお迎えが来ますから、これを食べて待っていて下さい」
暗号を一瞬で解読したことに対し、バルシファルたちはどう思っているのだろうか?
そんな不安を押し隠しながら、ルシアナは料理を提供する。
彼らは黙って――長い間、私語を禁止されていた後遺症だろう――食事を食べ始めた。
ただ、味が良いのか、量に満足したのか、彼らの顔色は軟らかくなった。
「皆さんもどうぞ」
犯罪者のため契約魔法を解除できなかった人たちにも食事を提供する。
彼らは渋い顔をして食事を始めた。
暫くして、バルシファルが手配したと思われる衛兵がやってきて、組織の人間と捕まっていた人たちを連れていった。
シアとしては無実でありながら捕まっていた人たちには、この後は幸せな人生が待っているように祈ることしかできないが、公爵令嬢のルシアナとしては後で彼らのその後の処遇について調べ、不遇な扱いを受けているようであれば、ルシアナの命令だと知られないように援助をしようと思った。
どうやら、バルシファルは最初から衛兵と連携して行動していたらしく、衛兵がルシアナたちの取り調べを行うことはなかった。
今回の調査の報酬は三人で金貨二枚だった。調査依頼としては破格だが、調査どころか犯罪組織の壊滅という(本来なら数十名の規模の衛兵が犠牲を覚悟で行う)仕事とすれば、格安とも言える。
そして、その報酬は、キールを含め四等分となった。
「そんな、私は何もしていないのに――貰い過ぎですよ」
「いや、むしろ今回の仕事、シアがいてくれなかったら困ったことになっていた。捕まっていた人の契約魔法の解除、そして精神の安定、暗号の解読。どれも私やサンタではできない、シアにしかできない仕事だった。君が一緒にいてくれてよかったと確信しているよ」
「私にしかできないこと……」
ルシアナはずっと考えていた。
バルシファルと一緒に冒険者として活動するとして、自分の価値はどれほどのものなのだろうかと。
回復魔法や破邪魔法にはそれなりの自信はあるが、しかし、普通の敵相手に、バルシファルが怪我をするとは思えないし、不死生物相手であっても、しっかりとした装備があれば苦戦することはない。
サンタのように、情報収集や索敵に長けて、バルシファルにできないことを補えるとは思わなかった。
だが、今回、バルシファルに『シアにしかできない仕事だった』と言われて、やればできるんだと嬉しくなった。
次の遺跡調査も、できることを頑張ってみよう――そう思うのだった。
「ファル様! 私、頑張ります!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルシアナと別れたバルシファルは、サンタとともに拠点にしている宿に戻った。
二人になったところで、バルシファルはサンタに尋ねる。
「サンタ、暗号の解読は?」
「確かにシアちゃんの言う通りにしたら解読できました。これが名簿です」
本来、貴族の犯罪証拠である重要な書類を勝手に持ち出してはいけないのだが、バルシファルは特別な許可を得てそれを可能としていた。
名簿の中には有力貴族の名前だけでなく、貴族に顔の効く商人や他国の要人まで含まれていた。
「さっそく王妃様に報告だな」
「ファル様……シアちゃんのこと、どう思いますか?」
「どうとは?」
「いや、おかしいでしょ。いくら聖典を読み込んでいたからって、暗号の解読はできません。そもそも、内容が同じ聖典でも、転記する人によっては単語がずれたりするんです。暗号解読用に特別に用意された聖典がないと、まず解読することはできないんですから」
「うん、そうだね。それで、サンタはシアが何故知っていたと思っているの? 例えば、彼女も組織に関わっているとか?」
「いえ……それは思いませんが……」
彼女が犯罪組織に関わっているとしたら、あんな風に目の前で解読したりしない。
よほどの間抜けでない限り。
「でも、何かを隠しているのは――」
「何かを隠しているのはお互い様だろ? 私だって、シアに秘密にしているじゃないか」
「それはそうですが――」
「シアにも何か事情があるのだろう。無理に聞き出す必要はない」
バルシファルが言っていることはわかる。
秘密を持つことが悪に直結するわけではないことは理解しているが、しかし、バルシファルの安全を最優先にするのなら、些細な不安の芽だけでも摘んでおきたい。
「ファル様――あなたには目的があることを忘れないでくださいね」
「確かに私には目的がある。だが、今の私は自由な冒険者でもあることも忘れないでくれ」
バルシファルがそう言って、一枚の紙を窓辺に置いた。
すると、一羽の鳥がその手紙を鷲掴み(鳩だけど)にすると、王城の方へと飛んでいったのだった。




