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スラム街の調査(後編)

 バルシファルが言う人身売買の組織というのは、裏通りの中でもさらに奥の奥にあった。

 人身売買の顧客は富裕層の人間だと聞いていたけれど、果たして、こんなところにお金持ちが来るものなのか?

 そんな疑問に、バルシファルが答える。


「ここで、直接取り引きされることは滅多にないよ。王都のどこかで行われているという裏オークション会場、そこに連れていかれて売られるらしい」

「裏オークションですか? ……あれ?」

「どうしたんだい、シア」

「いえ、少し気になったもので」


 ルシアナはどこかでその裏オークションというものについて聞いた覚えがある。

 しかし、それがどこで聞いたのかは思い出せない。

 恐らく、前世での記憶なのだろう。

 ただ、ルシアナが行ったことがあるオークションは、国に認められた商会が開催している正規のもので、人身売買や禁制の品が並ぶような裏オークションではない。

 ちなみに、その時ルシアナが落札していたのは、貴金属類であり、一回の落札で、公爵邸に仕える使用人の数年分の給料が吹き飛んだこともあった。

 今思い出すだけでも、恐ろしい散財ぶりだ。


「公爵家も追い出されても仕方ありませんね」


 ルシアナは前世を思い出して、自嘲の笑みを浮かべた。

 あの時のルシアナは、宝石などで自分を着飾る事で、シャルドを振り向かせることに必死だった。いくら宝石を身に纏っても、殿下に会えなければ意味がないというのに。

 いっそのこと、婚約者であることを言い訳に城に乗り込んで、無理やりシャルドの前に行ったほうが遥かに効果的であったことだろう。

 もっとも、プライドの塊のような前世のルシアナに、そこまでなりふり構わない行動ができたとは思えないが。


「人身売買の組織の場所なんてよく見つけましたね」

「そこは、俺がいるから」


 サンタが自慢げに言う。

 情報収集は彼の役目であった。


「サンタさん、スラム街が怖いのによく情報なんて集められましたね?」

「いやいや、さっきのは不意を打たれたからで、普通にしてたらこんなところ俺の庭みたいなものだって」


 サンタはそう言って、後ろに指で石を弾く。

 その石はシアの横を通り過ぎ――


「ちっ」


 舌打ちの音と、金属が落ちる音が聞こえて振り向くと、そこには逃げていく男と落ちているナイフが見えた。


「とまぁ、こんな感じでね」

「サンタさんって強かったんですかっ!?」

「本当にシアちゃんが俺のことをどう思ってるかわかるよ。まぁ、ファル様には絶対敵わないけれどね」

「え?」


 そう言えば、さっきまで隣にいたはずのバルシファルがいつの間にか居なくなっていたことに気付いた。

 いったいどこに?

 と思ったら、屋根の上から男たちが落ちてきた。

 ちょうど草地になっているところだったのと、落ち方がよかったので、命に別状は無さそうだが、全員見事に気絶していた。

 そして、バルシファルが降りてくる。


「後ろの男が気を引いて、上から襲い掛かるつもりだったらしいから、ちょっとね」


 バルシファルは事もなげに言うが、屋根までの高さは二メートルはある。

 それをルシアナが気付かないくらい一瞬で飛び移り、男を気絶させて殺さない程度に下に落とすことなど簡単にできるとは思えない。


「私、全然気付きませんでした。一緒にパーティを組んでいるのに」

「そこは役割分担だよ。私もサンタも敵の気配を読むのには長けているが、実際はパーティに一人いれば十分だ。シアにはシアにしかできないことがあるから」

「私にしかできない役割……」


 ルシアナは考えるが、回復魔法と破邪魔法以外、特にそれらしい役割は思い浮かばない。


「大丈夫、シアにはわかっていなくても、私にはちゃんとわかっているから」

「そう……でしょうか?」

「うん」


 そう言って微笑むバルシファルに、ルシアナは恥ずかしくなって俯き、はにかむように笑った。

 どうやら、今、襲って来たのは人身売買の組織に雇われている人間のようで、常連の顧客以外でアジトに近付く者を襲うように命じられていたらしい。

 そして、三人は目的の建物にたどり着く。

 人身売買をしている建物にしては小さい気がするが、地下に空間があり、そこに多くの人が囚われているらしい。


「私とサンタは正面から入る。シアは、私が中に入ってから五分後裏口から入ってくれ」

「え? 私一人でですか?」

「いや、君の護衛と一緒に」


 そう言ってバルシファルが上を見上げると、屋根の上からキールが降りてきた。


「まったく、うちのシア様をあんまり危ないところに連れまわさないでほしいんだが」

「キールさん、そんなところにいたんですね」


 キールは普段は隠れて護衛をしているため、彼がいたことには驚かなかったが、屋根の上にいたとは思わなかった。


「もしかして、さっきも屋根の上でファル様と一緒に戦ってくれたんですか?」

「まぁな」


 ぶっきらぼうな感じでキールが答える。目では、「いつも守ってるに決まってるだろ」と語っているようだ。

 バルシファルと別行動ということで不安になったルシアナだったが、キールが一緒なら大丈夫だと心強く思った。 


「――で、キールさん。うちのシア様ってなんですか。私、キールさんのものになった覚えはないですよ。むしろ逆じゃないですか」

「あんまり騒ぐな。気付かれる」


 建物の中から喧噪が聞こえてくる

 どうやら、バルシファルが戦っているようだ。

 裏口から誰かが逃げてくる様子はいまのところない。


「そろそろ五分経つな。お嬢様、ちゃんと俺についてくるんだぞ」

「わかりました」


 キールが裏口を開けようとしたその時、扉から一人の男が飛び出してきたので、キールは剣の柄で首の裏を殴りつけ、昏倒させる。服装を見ると、どうやらこの組織の下っ端のようだ。


「さて、行くか」


 中にいた人の数はそれほど多くないのか、気絶している人が二人いただけだった。

 一部の床板がはがされていて、地下に続く階段が露わになっている。

 バルシファルは地下に降りたらしい。

 どうして、悪人は地下に何かを隠すのが好きなのだろうか? と思いながら、シアはキールと一緒に階段を降りていった。


 数人の男が倒れていたが、戦った痕跡というものはほとんどない。


「バルシファルに一方的にやられたみたいだな」

「サンタさんも一緒にいましたけど」

「考慮する必要あるか?」

「いえ、失言でした」


 どうやら、地下にも数人しかいないらしい。

 人身売買を行うような大きな組織だって聞いていたから、てっきり十人以上の男たちが詰めているとルシアナは思っていたが、結局三人程度しかいなかった。裏口で気絶させた男を含めても四人のみ。


「こっちに来てくれ」


 奥の部屋からバルシファルの声が聞こえた。

 奥には六つの部屋があって、全部の扉が開いていた。

 一番奥の部屋は執務室のようで、サンタが書類を調べている。

 他の部屋には、二人から三人程の男女が入っていた。

 恐らく、組織に捕まっていた人たちだろう。

 全員、手枷や足枷を掛けられている様子はないが、何故か誰も出てくる様子はない。

 左奥の部屋で、七歳から十歳くらいの女の子三人と一緒にいたバルシファルに事情を尋ねた。


「ファル様、どうしたんですか?」

「どうも、契約魔法で余計な事を喋ってはいけない、部屋から出てはいけないと命令されているらしい」

「契約魔法ですか――」


 恐らく、掛けられている命令は主に歯向かってはいけないという命令も掛けられているだろうとルシアナは思った。


「ああ、解除できる人間を呼んでこないといけないね。シアの知り合いに契約魔法の解除をできる人間はいるかな?」

「わたしができます」

「本当かい?」

「はい、ファインロード修道院で契約魔法と一緒に教わりました」


 正規の手続きで契約解除を申し出た人と、不当に契約魔法を掛けられていると判断できる人に対しのみ、契約魔法を解除してもいいという契約をさせられたうえで覚えた魔法だ。

 教会や王城で正規の手続きして契約魔法を解除してもらうことも可能だけれども、この部屋から出られないのであれば、ここで解除したほうがいいだろうとルシアナは思った。


「シアができるなら助かるが、先にどんな契約を掛けられているか調べてもらうこともできるかい?」

「はい――」


 とルシアナは少女に微笑み、「もうすぐ自由になれるからね。これ舐めて待っていてくれる?」と知り合いの冒険者から貰った蜂蜜飴を子供たちに渡すと、子供たちは笑顔で飴を口の中に入れた。

 そして、魔法を使って契約魔法の内容を探る。


「えっと、『主の許可なく喋ってはいけない』、『主の許可なく部屋から出てはいけない』、『自分も他人も傷つけてはいけない』、『建物を傷つけてはいけない』『魔法を使ってはいけない』、この五つですね」

「そんな面倒なことせずに、普通に主の命令に従えって言えばいいんじゃないか?」


 キールが尋ねた。


「契約魔法っていうのは結構シビアなんです。『部屋から出るなよ』と言われたとき、それが命令なのか警告なのかは個人の判断になり、魔法を掛けられた人が警告だと判断したら、勝手に部屋を出ることができますし、何もするなって言われたとき、個人によっては息をすることすらダメだと判断し、死んでしまうこともあり得ます」

「それに、ここでの主っていうのは、彼らを世話していた者に設定しているだろうからね。その世話係が裏切った時の事を考えると、個人に力を持たせすぎるのは怖かったんだろう。うん、シア、契約魔法の解除を頼む」

「わかりました」


 シアは頷き、「キャンセレーション」と魔法を唱える。

 淡い緑の光が少女の周囲に浮かび上がり、それが石を投げ込まれた薄氷のように砕け散った。

 だが、少女は喋ろうとはしない。

 もしかして、契約魔法の解除に失敗したのかと思ったが、ただ、飴玉を舐めることに集中して喋ろうとしていないことに気付いた。


「ねぇ、飴玉美味しい?」

「うん」


 少女が頷いたので、ルシアナは安心し、彼女の頭を撫でた。

 部屋にいた残りの二人、さらに他の部屋の人の契約魔法も解除した。

 そして、最後の部屋に行こうとしたが。


「あぁ、シア。そこはいいよ」

「え?」


 中には目つきの悪い男が四人入っていた。

 他の人と同じように、喋れないし、部屋から出られないようだ。


「彼らは元盗賊らしい。ここで自由にして暴れられたら困るからね。後から来る衛兵に任せた方がいいだろう」

「……はぁ」


 ルシアナは不思議に思った。

 人身売買組織に捕まっている人は全員、罪なき人だと思っていたが、犯罪者もいるということに。

 そして、バルシファルが部屋の中にいる男たちに向けた視線が、あまりにも冷たかったことに。


「ファル様、書類を調べましたが、どうやら俺たちが捜してたやつらは捕まってないみたいですね。それと、これが裏オークションの顧客名簿ですが、どうも暗号が使われているようで、解読に時間がかかりそうです。気絶してる支配人を尋問して吐かせた方が楽そうですね」


 サンタがそう言って紙の束を見せた。

 そこには意味不明な文字の羅列が並んでいるようにしか見えない。


「そうか……せめて関わっている貴族だけでもすぐに断定したかったんだが……残念だ」


 バルシファルが残念そうに言う中、ルシアナはじっとその書類を見て呟くように言う。


「クッツフォルト子爵、バッサ・ロッテリート、ジーク・ドーク……」

「「え?」」



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― 新着の感想 ―
[一言] このお嬢が一番野放しにしてはいけないのではw
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