プロローグ
第三章開始です
「……貴様、何故俺が騎士団にいたことを知っている」
ルシアナの不用意な一言により、カールが彼女に詰め寄る。
そして、カールはルシアナの顔をじっと見たことにより、あることに気付く。
本来ならあり得ないであろう話だったが。
「まさか――お前――」
「カールくん、ちょっとこっちに!」
正体がバレそうになったことに気付いたルシアナは、カールを引っ張っていく。
「ファル様、ちょっとカールくんの怪我の治療がありますので、そこで待っていてください!」
「え? カールの治療は終わらなかった?」
「急を要するんです」
ルシアナはそう叫ぶ。こんなところで騒がれたら、バルシファルにまで知られてしまうからだ。
茂みの陰に連れ込んだルシアナは、頷き、
「どうぞ」
「お前――もしかして、ルシアナか」
「…………チガイマス」
ルシアナが視線を逸らし、少し顔の形を変えようと変顔もどきをはじめ、なんとか誤魔化そうとする。
すると、カールは諦めたのかため息を吐く。
「そうか、人違いか」
「はい、人違いです」
「ところで、今日はいつものスコーンはないのか?」
「すみません、今日は用意してないんです。また今度――はっ!? 誘導尋問――っ!?」
「随分と雑な誘導尋問だったが、まさか引っかかるとはな……」
カールはため息をつく。
ルシアナは「しまったぁぁ」と頭を抱えた。
そのとき、ローブの袖がはだけ、腕に装着していた魔道具が露わになった。
「なるほど、それで髪の色を変えていたわけか」
「……はい。でも、カールさん、良く気付きましたね」
「俺も使って……ごほん、で、なんで公爵令嬢のお前がここにいるんだ?(聞かなくても想像は付くが)」
「お忍びですよ。ほら、いま流行ってるじゃないですか! 『トラリア王都の休日』――お姫様がお忍びで街に出かけて、冒険者と出会い、一日限りの身分違いの恋を繰り広げる恋愛小説。あれを真似てみたんです」
「大衆文学は読まないからわからないな。そもそも、トラリア王家に現在王女はいない――いや、だからこそ本が出回っているのか。だが、一日限りにしては、随分と冒険者の姿が板についているようだが? 聞くところによると、師匠とは四年前に正式に冒険者パーティとなったと聞くが――?」
「そ……それは……それを言うならカールさんこそ何をしてるんですか? 騎士訓練生としてお城にいたはずなのに、冒険者になって。強くなって一人前の騎士になっているとばかり思っていましたよ」
「それは……そうだ、修行だ! 一人前の騎士になるためのな」
「ファル様にはまだまだ敵わないようですが」
ルシアナが先ほどの動きを思い出して言う。
「ぐっ……(だから、困ってるんだよ)」
カールはそう言いたいが、言葉を呑み込んだ。
彼の目標はバルシファルより強くなり、それをルシアナに証明し、正式にプロポーズをすることだった。
待っていてほしいという期限から既に二年が経過し、焦りはじめ、冒険者として共に行動することにした結果がこれだ。
「(というか、ルシアナは知っているのか? バルシファルが俺の叔父であることを――くそっ、こんなことなら、叔父上からシアについてもっと詳しく聞いておくんだった。いつも話題に上がっていたのに、他の女に興味を持ったらルシアナに悪いと思って極力聞かないようにしていたのが仇になった)」
カールは頭の中でいろいろと考え、パンク寸前になっていた。
それを見て、ルシアナは思った。
「なるほど……(カールさんは本当に騎士になったんですね。でも、修行のために冒険者として活動していると。これはチャンスです)」
ルシアナはある計略に気付いた。
「カールさん、まだ騎士を続けているのに、冒険者としてさらに修行を積んでいる――そういうことですか?」
「あぁ、そうだ。そういうことだ」
「でも、騎士って、確か冒険者としての活動は禁止でしたよね? それがバレたら大変じゃないですか?」
「うっ……それは――」
本当は騎士でないから問題ないのだが、騎士と名乗ってしまった手前、反論できない。
「安心してください、黙っておきます。その代わり、私が冒険者をしていることを、他の人には黙っていてください」
「ルシアナ、お前、悪賢くなったか? なんか悪い評判ばかり聞くようになったが……」
「ふふふ、まぁ、そこは努力の賜物です(カールさんの耳に届いているということは、シャルド殿下にもきっと届いてるはずですね)」
「一体何を考えてるんだ……(まぁ、こいつが何を思って行動しているかは、考えるだけ無駄だと諦めているけどな。何か事情があるんだろ。何かあったら俺が守ってやればいいだけのことだ)わかった、黙っておいてやる」
カールは立ち上がり、ルシアナにそう言い放つ。
そして、カールは思い出す。
さっき、ルシアナに頭を撫でられたときのことを。
変な女だとしか思っていなかったが、あれがルシアナにやられたことだと思うと、急に恥ずかしくなってきた。
「くそっ(あいつは本当に何も変わってないなっ!)」
カールは真っ赤になった顔を隠すようにして悪態を吐く。
そして、七年前――シャルドが十三歳の時、バルシファルに冒険者として活動しないかと誘われた時、断っておいてよかったと心から思った。
こんな恥ずかしい思いを、七年間もせずに済んだのだから。
ただ――
「七年前のあいつの姿も見てみたかったな――」
やはり後悔も込み上げてくるのだった。




