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いざ、夢の園(冒険者ギルド)へ

「ルシアナ、これを着なさい」


 アーノルが用意した服を見て、ルシアナは「うっ」と唸り声を上げそうになった。

 というのも、アーノルが用意した服は修道服だったのだ。

 彼女が前世で公爵家を追放されるとき、爵位を継いだ実の兄から渡された最初で最後の品だった。

 もっとも、そのときに貰った修道服よりは上質な布でできていて、時折、公爵家を訪れては神の教えを説いて下さる司祭様の着ている服にも劣らないように感じた。


「この服を着ていたら、よほどの不心得者でない限り襲ってきたりはしない。それと、これは首からぶら下げておくように」


 そう言ってアーノルが渡したのは、腕輪のようなものがぶら下がっている首飾りだった。

 首飾りにしては酷く不格好だし、古びていて格好が悪い。


「これはもしかして魔道具ですか?」

「ああ、本当は腕輪なのだが、ルシアナの腕には少々大きすぎるからね」


 本当に腕輪だった。

 彼女が首から下げると、アーノルは腕輪を手に握り、魔力を流した。

 すると、ルシアナの髪の色が金色から灰色へと変わっていく。


「凄いです」

「ルシアナの髪の色は目立つからね。トーマス、ルシアナを頼んだよ。一応遠巻きに護衛に見張らせているから、何かあったら彼らに助けを求めるように」

「かしこまりました、旦那様」


 トーマスが頭を下げる。

 ルシアナは護衛が他にもいることに対して少し窮屈かと思ったが、その護衛というのは三人いて、全員、先日馬車が襲われたときにアーノルを護衛していた男たちだったことで、考えを改めた。

 彼らならいくらでも口止めできると。


 公爵邸の正門から出たら目立つので、ルシアナとトーマスは裏口から貴族街に出た。


「それで、お嬢様。どちらに参りましょう? 一応下調べをしまして、街で人気の雑貨屋がございますが、それともお食事になさいますか?」

「トーマスさん。私は冒険者ギルドに行きたいんです」

「冒険者ギルドは危険な場所ですからお勧めできません」

「危険な場所なのですか?」

「粗暴な人間が多いですから」


 間髪入れずにトーマスは言った。


「でも、トーマスさんも冒険者だったのですよね? トーマスさんは粗暴のようには見えませんが。恋人を取られた報復も、発情した猫を庭に放つ程度ですし――」

「なっ――」


 トーマスは慌てて周囲を見回し、誰にも聞かれていないか確認した後、


「お嬢様、そのことは言わないで下さい」


 と焦って言った。


「全員がそうとは言いません。そういう人間が多いと申しているのです」

「そうなのですか? 冒険者様は民のために戦う貴族のような方たちでは?」


 貴族であったときも、修道女であったときも、冒険者と関わる機会はほとんどなかった。

 ただ、民の依頼を受けて魔物や盗賊たちと戦う者であることは知っていたので、騎士の延長上にいる人間だと思っていた。


「確かに依頼を受けて戦いますが、冒険者が戦う理由は、基本、金のためで、名誉はその次です」

「生きていくためにはお金は必要ですからね」


 貧しかった修道女時代を思い出したことで、トーマスの話を聞いてもルシアナの冒険者への評価は下がらない。むしろ、金の本当の価値を知らない貴族だったころの自分に比べ、生きていくための手段を知っている彼らのことを立派にさえ思えた。


「これは決定事項です、トーマスさん。それと、私のことはルシアナお嬢様ではなく――そうですね、シアと呼んでください。設定は、辺境の修道院で基礎回復術式を覚え、修行のために王都に来た修道女で、トーマスさんとは遠い親戚ということでお願いします」

「はぁ……わかりました。まぁ、いくら冒険者でも、いえ、冒険者だからこそ、修道女を襲ったりはしませんでしょう」


 過酷な環境で戦う冒険者ほど、時には回復魔法を必要とすることがある。

 貴族を治療するような治療院で治療するにはお金が足りないので、基本、修道院で、それでも安くはない寄進を支払って下級、もしくは中級回復魔法で治療してもらうことになるのだが、仮に修道女に悪事を働いたという風評が広まれば、その回復魔法ですら掛けてもらえなくなるかもしれない。

 ただ、それも絶対ではないため、トーマスは少し不安であった。

 だが、彼は、これ以上ルシアナを止めようとは思わなかった。

 先日から、どうもルシアナの様子がおかしいことにトーマスは気付いていた。

 おそらく、聖クラスト様からお告げを賜ったのがその原因だろうと思い、それなら、この突然の視察も何か意味があるのではないかと思ったからだ。


「では、シアさんとお呼びさせていただいてよろしいですか?」

「はい、ありがとうございます。トーマスさん。でも、敬語は不自然では?」

「心配ありません。シアさんは修道女ですからね。子供に敬語を使うのが多少不自然であっても、修道女が相手ならその程度で納得されます。貴族だとは誰も気付かないでしょう」

「そうですか」


 むしろ、修道院の暮らしなど知らないであろうルシアナが、本当に修道女の真似をできるのかどうかの方が不安だと、トーマスは思っていた。


「わかりました。では、南側の冒険者ギルドに参りましょう」

「冒険者ギルドは王都に複数あるのですか?」

「ええ、北門近く、南門近くの二箇所です。ですが、北門の方はスラムに近いので、品の無い奴が多いんですよ」

「そうなのですか」


 ルシアナはそう聞いて、金の貴公子に思いを馳せる。

 自分のために戦い、涙を流した彼は、品があるかないかで言えば、当然、品のある人間だ。

 だったら、金の貴公子に関する情報が集まるとすれば、南門近くにある冒険者ギルドだろうと思った。

 教会の人間が貴族街を出入りすることはよくあることなので、貴族街の正門は、アーノルが用意した通行証により、すんなり通ることができた。


「これが貴族街の外ですか。貴族街とは全然違うのですね」


 王都の大通りは多くの人が行き交っていた。

 静かな貴族街と違い、活気に溢れている。


「当然です。このトラリア王都は、八万五千人もの人間が生活していると言われていますから」

「ヴォーカスは二万人二千人ですから、約四倍ですね」


 ヴォーカスとは、ヴォーカス公爵領の領主街の名前である。この国では、領主の住む都市をその領地の名で呼ぶのが慣習になっていた。

 そのヴォーカスはトラリア王国第二の都市と呼ばれており、その人口の四倍という数にはルシアナも驚きを隠せない。ちなみに、前世でルシアナが住んでいた街の人口は千人程度なので、八十分の一である。

 もっとも、この一極集中ともいえる人口の増加により、食料不足、住居不足、仕事不足の三つの不足が加速し、治安や衛生面の悪化による様々な問題を抱えている。先ほどトーマスが言ったスラムについても、ほんの数十年前まではなかった都市問題の一つだった。

 もっとも、そのことをルシアナはあまり知らない。

 前世では、この時代は平民の暮らしに全然興味がなかったし、修道院に入ってからはとある理由により、その問題の一部が解決していたからだ。


 大通りの端を、トーマスとルシアナの二人は歩いて進む。

 当然、その前後には、アーノルが用意した護衛が遠巻きに見守っているが、二人の会話の内容までは聞こえないため、二人がどこに向かっているかはわからなかった。

 雑貨屋では、様々なアクセサリーが売られていたり、美味しそうな屋台からの匂いに足を止めそうになったりしたが、ルシアナは強い意思で冒険者ギルドへと向かった。


「シアさん、あそこが冒険者ギルドですよ」


 そう言って、トーマスが二階建ての建物を指さす。

 あそこが――


 トーマスから離れてはいけないというアーノルとの約束を思い出したルシアナは、(はや)る気持ちを抑えながらゆっくりと冒険者ギルドに近付く。


(ここが、冒険者ギルド。金の貴公子様のような素敵な冒険者様たちがいらっしゃる夢の園――)


『あぁんっ?』


 いかにも強面の冒険者が、入ってきたルシアナを見下ろして怪訝そうな声をあげた。

 その恐怖に、ルシアナはトーマスが入る場所を間違えたのではないかと本気で疑った。

お読みいただきありがとうございます!

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[一言] 「トラリア王都第二の都市」 王国第二の都市では
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