美白クリーム
薬学の講義は実技のため、調合室にて行われるためルシアナは先に行って準備をしていた。
冒険者ギルドの調合部屋の三倍くらいの広さがあるけれど、それでも生徒たちが入ったら窮屈に感じることだろう。
予算が少ないのか、学院の設備にしては調合器具が少し古い気がした。
薬学の講義を受ける生徒は平民であり、受講する貴族もたまにはいるが、もしくは単純な好奇心で受講する者くらい。
本気で薬師を目指す貴族などジーニアスくらいだろう。
ファインロード修道院時代のボロボロの器具を使って調合していた時に比べればマシ――というより天国のような環境なので不満はない。
一応掃除は行き届いて埃などは溜まっていないが、誰がどのように扱ったかわからないので、これから使う器具を熱湯消毒することにする。
「お湯が沸きました、師匠」
ジーニアスがぐつぐつと煮立っているお湯の入った鍋を持ってきた。
彼が魔法で沸かしたお湯だ。
ルシアナは聖属性の魔法しか使えないので非常に助かる。
お湯を沸かすための器具もあるのだが、魔石を使うため申請が面倒なのだ。
「ありがとうございます、ジーニアス様」
「私は師匠の弟子ですから“様”はやめてください」
「そうはいきません。私は平民ですから。貴族であるジーニアス様を呼び捨てしているところを誰かに見られたら面倒なことになってしまいます」
「それもそうですね。この学園には規律や規則、伝統ばかり語る面倒な人が多いですから」
ジーニアスが深く頷くように言う。
前世でのあなたもそうでしたよ――とルシアナは思った。
「シアさん、頼まれていたもの持ってきましたよ」
ロレッタが今日の実技で使う素材を持ってきた。
それをそのまま使うのではなく、机の上に広げて素材を調べる。
まだ講義まで時間があるので、ジーニアスに素材の良し悪しを見極める方法を教える。
「師匠、この葉は使い物にならないのでは?」
「それは日焼けしてるだけなので問題ありません。それより、この白い斑点は病気ですね。特徴としては――」
「なるほど、流石師匠です。では、これは破棄ですね」
「いえ、薬効成分は十分ですから練習用に使いましょう」
「なるほど――ところで、こちらに用意しているのはヨーグルトにレモン汁、豆……アーモンドでしょうか? 師匠の昼食ですか?」
「いいえ、今日の調合の素材ですよ」
「……え?」
※ ※ ※
「ということで、今日は美白化粧品を作ろうと思います。これはとにかくお金になります! 皆さん、これからお金を作る気持ちで調合にいそしみましょう! お金は大事です! お金を稼ぎましょう!」
「シアさん、あなた聖職者ですよね? お金お金とあまり言うのは――」
「いえ、地方の教会はお金が常に不足しています! お金があれば隙間風の吹きすさぶ部屋の中でも温かい毛布で寝ることができるのです!」
「まず穴を塞いだ方がいいと思うわよ」
ルシアナが前世でお金が無かったファインロード修道院での記憶を呼び起こして言う。
それを聞いた生徒たちの中でも大きく頷く子がいた。
「いま貴族令嬢の間で美白のために行われている行為が大きく分けて二つあります。皆さん知っていますか?」
「おしろいですか?」
「はい。こちらのおしろいです。ただし、これに使われている鉛白には毒性があります。一度や二度の使用ならともかく常時、何度も使うと死に至る危険もあります」
ルシアナの言葉に生徒からどよめきが起こった。
実はルシアナも前世ではこのおしろいを結構使っていたが、ファインロード修道院に行ってから毒性について教わり驚いた。
「これについては薬師ギルドからも注意喚起が行われています」
ロレッタが補足を言う。
決して放置しているわけじゃないと言いたいのだろう。
「師匠、なぜそのような危険なものが今でも使われているのでしょう? 禁止にするべきでは?」
「貴族婦人会の圧力でしょうね。女性の中には命よりも美を追求する女性が多いです」
「大袈裟な――」
「大袈裟ではありませんよ。先ほど美白のために行われている行為が二つあると言いましたが、もう一つが瀉血――つまり血を抜いて肌を白くしているのです。まさに命を削っているわけですね」
ジーニアスは信じられないという顔をした。
彼の生まれのロドリゲス家は武――とくに攻撃魔術に特化した家系だ。
その家柄、妻として迎える女性も魔術に秀でた者を迎えることが多く、美にそこまで意識を向けることは少ないのだろう。
「今回作るのは、おしろい、瀉血に代わる新たな美白化粧品――アーモンド美白クリームを作ります!」
「美白クリーム? シアさん、聞いたことがないんだけど」
「そうでしょうね」
これはこの世界にはない美白化粧品だ。
というのも、前世でルシアナはおしろいの使用を禁止された。
『子どもが粉を吸い込んだらどうするんだい? 自分で使って死ぬのは勝手だが他の子に迷惑をかけるんじゃないよ』
と言われて修道長に取り上げられたのだ。
それでもまだ貴族の生活から完全に抜けきらなかったルシアナは、なんとか白粉に代わるものを考えた。
小麦粉や塩を顔に塗っても効果はなく、食べ物を粗末にするなと怒られた。
それでも諦めきれないルシアナは、周囲を説得し、
「お金になるから!」
という理由で、周囲の調合が得意な修道女を集めて研究。
そして開発されたのが美白クリームだった。
その効果は高く、ルシアナが死ぬ直前には俄かにブームになっていた。
ルシアナが死ぬ前はスピカ男爵家と共同研究として本格的に研究もしていた。
アーモンドが美白クリームうの効果を高めることを知ったのもこの時だ。
ここでルシアナが美白クリームの作り方を開発して販売することになったら、ファインロード修道院の未来の収入がなくなることになるが、それ以上にヴォーカス公爵家から寄付しているので差し引きでは大きくプラスだろう。
ルシアナは美白クリームについて説明をした。
これから作るのが美白クリームだと聞いたときの反応は三通りに分かれた。
まず、全体の三分の一、女性生徒の半数以上は自分で使ってみたいという願望。
さらに半分が、美白クリームを売ってお金を稼げることへの期待。
そして残りは、美白クリームを作ることを嫌だと思っているようだった。
「ジーニアス様、美白クリームを作る事は不満ですか?」
「いえ、師匠、そのようなことは――」
「正直に言ってください」
「……はい。正直。薬は誰かを守るために作る物だと思っています」
その考えは間違ってはいない。
他に不満に思っている生徒も同様の意見のようだ。
中には地方の医師も薬師のいない小さな村から来ている者もいて、ここで薬の調合を学んで病で苦しむ人を癒そうとしている者がいるのかもしれない。
「そうですね。確かに美白クリームには病気を癒す力はありません。ですが、病気を予防する効果はあります」
「予防?」
「はい。太陽の光から肌を守り、皮膚の炎症を防ぐ効果も使います。皮膚の炎症は様々な皮膚病の元になりますからね。それに、先程言った通り、現在この国で使われているおしろいは危険なものです。今は貴族の間でしか使われていませんが、大量に作られるようになればこの先私たち平民の間にも多く浸透するかもしれません。安全なおしろいが開発される前にそんな事態が起これば、おしろいの毒により多くの人が命を失います。そうなる前にこの美白クリームのブームを作ることで、未来に失われる命を守れますよ」
ルシアナはジーニアスたちがやる気に出るように言う。
さらに――
「自分は関係ないと思っている男性生徒の皆さんも。これが開発された直後は女性生徒の間で美白クリームブームが来ます。その時に自分で作って意中の女性にプレゼントしたら、きっと相手は喜ぶでしょうね」
とルシアナが言うと、一部の男性生徒も目の色を変えた。
「最後に、美白クリームを最初の課題に選んだ理由は――この調合であれば仮に失敗したとしても、それを使って誰かが死ぬことはありませんからね。皆さん、気楽にやりましょう」
お金、美容、恋愛、病気予防、リスク回避。
五つの線が重なり生徒たちがやる気になったところで、ルシアナは早速実技の練習を始める。




