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バルシファルへの調査依頼

 生徒指導室までやってきた。

 本来はバルシファルと二人切りのはずだが、遠巻きに生徒たちが見詰めている。

 二人のことが気になっているようだ。

 ルシアナは気にすることなく、生徒指導室に入る。

 そして、一つの魔道具を取り出して机に置いた。

 防諜の魔道具だ。

 秘密の会話をするために使われる。

 ルシアナがその気になれば、外にいる生徒たちを職員棟の外に追い出すことすら可能だったけれど、それは辞めた。

「ファル様、覗いている生徒はいらっしゃいますか?」

「ああ、複数名、カーテンの隙間から中の様子を見ているね」

「よかったです。これで、私とファル様がよからぬ関係にあると噂される心配はありませんね」

 教師と生徒とはいえ、男女が二人切りで一つの部屋に入る。

 当然、男女の関係を勘繰る者が現れるだろうと思っていた。

 ルシアナが公爵令嬢の地位を使って教師を篭絡しようとしていると。

 前世でもしたことのない所業―ー前世のルシアナはシャルド殿下一筋だった――だが、ルシアナとしてはそれでも構わないと思っていた。

 彼女にとって悪評は望むところだし、そういう噂話が婚約破棄の言い訳に繋がる。

 だが、バルシファルに迷惑が掛かることはルシアナの本意ではなかった。


「急にお呼びたてしてすみません。どうしても伺いたいことがあったので………………あの、ファル様、どうなさったのですか?」

「さっきまでの君の演技が少しおかしくてね」

「すみません……下手な演技で」

「いいや、そんなことはないよ。それで、用事っていうのはなんだい?」

「実は、ある女性のことが気に成りまして。ミレーユという生徒なのですが、ファル様は御存じありませんか?」

「ミレーユ……私の知る限り一人いるね」

 バルシファルがその生徒の特長を語る。

「その人です! 詳しく知っていますか?」

「ああ。フルネームはミレーユ・マルティン。シュミット伯爵家の令嬢だよ」

「シュミット伯爵家は確か御子息が五人いらっしゃいましたが、御息女は一人もいなかったと聞いていましたが」

「養女らしいね」


 養女。

 ということは、元々は平民だったのか? やはり、聖女ミレーユ様?

 しかし、何故平民から聖女に認定されるはずだった彼女が伯爵家の養子になったのだろう?

 歴史が変わった原因がわからない。


「気になるのかい?」

「…………はい、少し」

「わかった。サンタに調べさせよう」


 そこまではしなくていいと遠慮しようと思ったが、その言葉が出ない。

 何かがずっとルシアナの中に引っかかっていた。

 少し逡巡し、バルシファルに礼を言って調べてもらうことにした。


「……その対価は――あまりお支払いすることができませんが」

「いいよ。サンタも暫くは暇だろうしね。諜報活動の腕が鈍らないように何か任せようと思っていたんだ」

「それは。では、今度会ったらサンタさんにお礼を言わないといけませんね」


 ルシアナは笑った。

 ちなみに、彼女は窓に背を向けているので、外にいる人たちからはルシアナの表情は一切見えない。

 

「ところで、その……チリアット先生とファル様はお知り合いなのでしょうか?」

「そうだね。彼女は私の師匠なんだよ」

「え?」

「ああ。彼女の父はトールガンド王国の騎士団長でね。その時は彼女はまだ一介の騎士だったが、私に戦いの基礎を教えてくれた。さっきはフレイヤ王妃が彼女に会いたいらしく、その橋渡し役を担っていたんだ」

「そうだったのですか」


 チリアットはだいたいフレイヤ王妃と同じ位の年齢なので、もしかしたら王妃の護衛をしていたのかもしれない。

 だとしたら、今でも交流があってもおかしくはない。

 もっとも、王妃という立場のせいで簡単に動けないのだろうとルシアナは考える。

 まさか、彼女は結構好き勝手に動いていて、自分の試験で面接官をしていたとは思いもせず。


「話は終わりかい?」

「はい。ありがとうございます」

「そうそう、話は変わるけど、もうすぐ舞踏会があるね。シアは参加するのかい?」

「はい、シャルド殿下に誘われました。一応婚約者ですから。ファル様は参加なさるのですか?」

「いいや、私はその日は用事があるからね。参加できないんだ」


 ルシアナは少しだけ残念に思った。

 もしかしたら、バルシファルはルシアナをダンスに誘いたかったのかもしれない――なんて少しだけ期待したからだ。

 しかし、バルシファルにダンスの相手がいないことに安堵した。

 彼の人気を考えると、パートナーのお誘いの一つや二つあってもおかしくない。

 用事が終わったので、帰ろうとすると、ルシアナは一つ思い出す。


「そうでした。ファル様。もし、サンタさんがお手すきのようでしたら、フランド男爵家のミレーヌ様についても調べていただいてよろしいでしょうか? 実はミレーヌ様は私の昔の友人なのですが、ミレーユ様とよく似ているのです」

「フランド男爵家のミレーヌ嬢だね。わかった、調べておくよ。」

 

 ルシアナは礼を言って、生徒指導室を出る。

 彼女が廊下に出たときには、その気配に気づいてか、外にいた生徒たちは煙のようにいなくなっていた。


   ※ ※ ※


「ファル様、ただいま参りました」


 サンタがバルシファルの部屋に入ってきた。

 その手には箒とチリトリが握られている。

 彼はバルシファルの傍にいられるように、普段は用務員として学院に潜伏していた。


「サンタ、二つほど調べてほしいことがあるんだ」

「よろこんで」


 サンタは、用務員としての生活が自分にとって役不足だと思っていたので、久しぶりの諜報の仕事に二つ返事で引き受ける。


「一つはミレーユ・マルティンについて」

「シュミット伯爵家の御令嬢ですね。どうしてまた?」

「シアが気になるって言うんだ」

「シアちゃんが? もしかしてシアちゃん、そのミレーユって子に因縁を付けられてるんでしょうか? だとしたら弱みを見つけて学院にいられなくしますよ」


 サンタはなんだかんだ言ってシアのことを気に入っている。


「いや、シアとは関わりはないよ。いまのところはね。それともう一つ、フランド男爵家のミレーヌについて」

「ミレーヌ嬢ですか? 彼女は確か――」

「ああ、先日亡くなった。ところで、サンタはミレーユとミレーヌについてどう思う?」

「名前はよく似ていますよね。外見は似ても似つかない(・・・・・・・・)ですが」


 バルシファルは頷いた。

 フランド男爵家はモーズ伯爵家を寄り親としていた貴族である。

 かつてモーズ伯爵家について調べていたバルシファルはフランド男爵家についても調べていた。

 当然、ミレーヌについても知っている。

 だが、彼女はどう考えてもミレーユとは結び付かない。

 髪の色も肌の色も体系も何もかも。

 女性であり、年齢が同じという共通点を除いて。


 そして、ミレーヌが亡くなった時期にミレーユが侯爵家の養女になっている。

 それを偶然だと片付けることは、バルシファルにはできなかった。

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