聖女ミレーユと男爵令嬢ミレーヌ
彼女は本当に聖女ミレーユなのだろうか?
治療を施されながらルシアナは考える。
回復魔法の腕前はかなりのものだった。
聖女と呼ばれるほどの実力はないが、しかし周囲の学生と比べれば頭一つ抜けている気がする。
逸脱し過ぎず、だが非凡な実力。
それがルシアナを混乱に陥れる。
その時、一つの仮説が思い至った。
(もしかしてミレーヌ様?)
かつて、マリアがまだアネッタだったころ、その誕生日に訪れたフランド男爵家のミレーヌ。
彼女はミレーユそっくりだった。
もしかして、彼女はミレーヌではないだろうか?
だとしたら、ルシアナとは顔見知りだ。
もう昔の話だし、髪の色も変わっているのでバレないと思うがルシアナは不安に思う。
「ミレーユ様、そちらが終わりましたらこちらの治療もお願いします」
「はい」
そう言われて彼女は去って行く。
(やっぱりミレーユ様っ!? なんでここにっ!?)
だが、不思議だ。
先ほどミレーユを呼んだのは身なりからしてどこかの令嬢だ。
ミレーユは突然現れた聖女であり、その出自は不明――少なくとも貴族令嬢ではなかったはず。
教会が予言を受け、ミレーユを聖女として認めるのはあと一年以上先、ルシアナが一年間学院に通って卒業した後の話だ。
そして、彼女はルシアナを悪と断罪し、公爵家から追放する一役を担うことになっている。
現時点で彼女が貴族令嬢たちから敬われる理由がない。
これは調べる必要があるとルシアナは思った。
まずはマリアに相談をする必要がある。
ルシアナは急いで更衣室で変装を解き貴族寮の自室に向かった。
「ただいま、マリア」
「お嬢様、お帰りなさいませ。今日は帰らないと伺っていましたが」
「ミレーユという女子生徒について心当たりはないかしら?」
「ミレーユですか? すみません、私は食事の時間以外は部屋に籠って恋愛小説を読み――こほん、お嬢様の悪役令嬢に至る研究をしているので他の生徒についてはあまり。少なくとも私の知る限り、同年代の貴族令嬢にそのような名前の生徒はいなかったと思います」
「そう……見た目はミレーヌ様に似ているんだけど」
「ミレーヌ様? どなたでしょう?」
「え? 覚えてないの?」
「はい、申し訳ありません」
まぁ、幼いころの記憶は曖昧だし仕方がないかもしれないとルシアナは思った。
かくいう、ルシアナもアネッタの誕生日の席で彼女に会ったとき、ミレーヌのことは綺麗さっぱり忘れていたのだから。
もしかしたら、印象に残りにくい子なのかもしれない。
「まぁ、いいわ。どう? 何か変わったことはあったかしら?」
「そのことなのですが、シャルド殿下より、舞踏会について問い合わせが来ています。婚約者としてエスコートをしたいと」
「舞踏会?」
そういえばそんな行事があったかとルシアナは考える。
参加するのは貴族だけ――本当は参加自由なのだが、慣例上そうなっている――なので寮生活の中では話題にすら上がっていなかった。
前世ではシャルド殿下と踊るのだと意気込み練習していたが、最後までシャルド殿下から誘いはなく、結局参加できなかった。
(まさか、シャルド殿下に興味のなくなった現世で誘われるとは)
ルシアナは理由はわかっていた。
そもそも、シャルド殿下が好きな女性は別にいる
シャルド殿下のことを愛し、婚約者として振舞っていたルシアナは邪魔な存在だった。
しかし、現世ではルシアナはシャルド殿下に興味がないし、シャルド殿下もルシアナに興味がない。
だったら、婚約者としてエスコートすれば、他の女性たちに言い寄られる心配なく舞踏会に参加できる。
ルシアナの頭の中でピースが嵌った。
「わかりました。シャルド殿下にエスコートをお任せします」
「かしこまりました。では返事の手紙を用意致します」
「ありがとう、マリア」
マリアに礼を言ってから、ルシアナは舞踏会について考える。
学院の舞踏会は年に四回あるのだが、学院に通う貴族令嬢にとっては一大イベントだ。
この日のためにドレスを用意し、装飾品を買い、ダイエットにいそしむ。
中には少しでも肌を白く見せようと瀉血をした結果、体調を崩して舞踏会に出られなくなる本末転倒な令嬢もいた。
それを思うと、舞踏会に向けて化粧品の販売を早めた方がいいかもしれない。
「そういえば、食事中、他家の従者からの噂で聞いたのですが、バルシファル様が剣術の講師をしているそうですよ」
「話はできませんでしたが見ましたよ。剣術の講師――なるほど、そうだったのですね……ファル様ならミレーユ様のことを知っているかもしれません! 今すぐシアに変装して会いに――」
「お待ち下さい、お嬢様。現在、バルシファル様は女子生徒に大変人気らしく、この時間は女子生徒たちが教員棟にまで押し寄せてきているとか。平民に変装して行けば――」
「面倒なことになりますわね」
仮にバルシファルに会えたとしても、そうなったら彼目当てで集まっていた貴族令嬢たちから目を付けられる。
そうなったら、シアとしての生活が不便になる。
「こうなったら仕方ありません。ルシアナとして参ります。ファル様にはシアの正体がバレていますから問題ありません。それに、ルシアナとしてなら嫌がらせを受けても問題ありません」
「公爵令嬢であるお嬢様に嫌がらせをするような貴族令嬢がいるとは思えませんが……」
「では、行ってきます!」
ルシアナはバルシファルに会える喜びで笑顔で部屋を出ようとして――
「お嬢様、その顔では――」
「そうでした。私はルシアナ――もっと不敵な笑みを浮かべなければ」
前世の記憶を頼りに、かつての自分を演じながらルシアナは部屋を出て教員棟を目指す。
途中、すれ違った女子生徒から、「ひっ」という悲鳴のような声が聞こえたので、些かやりすぎな気がするが、気にせず進む。
教員棟のバルシファルの部屋の前はマリアから聞いたように女子生徒たちでごった返していた。
これでは廊下をまともに歩くこともできない。
仮にシアとしてここに来ていたら、この人の壁に阻まれてバルシファルに会うことはできなかっただろう。
だが――
「あなたたち、誰に断ってこのヴォーカス公爵令嬢、ルシアナ・マクラスを行く手を阻んでいるのかしら?」
彼女がそう言った瞬間、人の壁が崩れた。
「邪魔よ、どきなさい」
「ル、ルシアナ様。廊下は公共の場所で私たちは――」
「私の声が聞こえなかったのかしら? 私はここの教員に用があるの。あなたではないわ」
ルシアナが扇を取り出し、文句を言ってきた令嬢の顎を少しだけ撫でる。
すると彼女は恐怖で顔を青くさせ、その場に座り込んだ。
その時だった。
部屋の扉が開き、バルシファルが出てきた。
「おや?」
「お久しぶりですわね」
「これはルシアナ様。再びお目にかかれて光栄です」
「あなたに用があるの。どこか静かな場所で話ができるかしら?」
ルシアナがそう言うと、
「ルシアナ様! シャルド殿下がいらっしゃるのに殿方と二人キリというのは――」
「あら、じゃああなたが私と二人きりで相手をしてくださるのかしら?」
とさっきと同じように扇で撫でると、またもその令嬢は腰が抜けて座り込んでしまう。
少し申し訳なく思うが、こうでもしないとバルシファルと話せそうにないとルシアナは心を鬼にした。
「かしこまりました。教員用の部屋で二人きりというのは流石にできませんが、生徒指導室ならば空いています。そちらでよろしいでしょうか?」
「仕方ありませんわね。では、エスコートをお願いしますわ」
「よろこんで」
ルシアナはバルシファルと伴に生徒指導室に向かった。




