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if 雪と光る君へ~聖女候補の最終学歴~ 1

もしもこの話が乙女ゲー転生の小説だったら、

というif小説です

本編と互換性はありますが、ネタとして読んでいただけたらと思います。

 物心ついたときから彼女はアリアという名前の自分の他に、別の自分がいることに気付いていた。

 もう一人の自分ではなく、同じ自分。ただ、記憶が足りていないだけの自分。

 彼女の成長は、アリアの成長の他にそんな足りない自分を補うという意味での成長だった。

 ようやくその自分を理解できたのは、彼女が十五歳になったときだった。


(そうか、私って日本人だったんだ)


 その自分の正体を思い出したのは前世の記憶だった。

 生まれるよりも以前の記憶のはずなのに、やけに鮮明に残っていた。

 記憶の中の自分は二十七歳のOLだった。

 死んだ原因を考えるも、靄が掛かってよくわからない。

 事故死なのか、それとも病死なのか?


(今更記憶が戻ってもなぁ)


 というのがアリアの正直な感想だった。

 ここは日本ではない。というか、地球ですらない。

 科学技術はあまり発達していない。ちょうどルネサンス期から大航海時代にかけてのヨーロッパくらいの文化だろうか? 科学技術が発展していない代わりに、この世界には魔法と呼ばれる技術がある。

 手から火を出したり、水を出したり、はたまた傷を回復したり。

 もっとも全員が使えるというわけではなく、魔法を使えるのは才能のある限られた人間で、私もその優れた才能の持ち主らしい。

 彼女の魔力は聖属性の単一魔力。

 この世界では、魔法は複数の属性を持っていれば持っているほど扱いにくく、そして魔法の威力が落ちると言われている。

 そんな中、アリアの聖属性の単一魔力は回復特化のとても貴重な魔力だということだ。

 田舎でのんびり畑を耕して一生を終えるアリアは、その魔力のお陰でトラリア王立魔法学院『ターゼニカ』(この国の古い言葉でたける者という意味らしい)に授業料その他生活費全免除の奨学生として入学することが許可された。

 そんな矢先の記憶の補完。

 正直、これから向かう学院生活だけでもアリアの頭は手いっぱいなのに、そこまで考える余裕はなかった。


「大丈夫かい? アリア。ぼーっとしてるけど」


 そう言ったのはアリアの幼馴染のアーサーだ。

 銀色の髪の素朴な雰囲気の少年。アイドルグループだったら癒し担当になるくらいにはカッコカワイイ。

 村の村長さんの親戚で、幼い頃に療養のときに村に来たときに一緒に過ごした仲。彼が九歳のときには実家に呼び出されて離れ離れになってしまったけれど、彼もターゼニカの入学を許可されたらしく、六年ぶりにアリアと再会した。

 はずなのだけど――


「ねぇ、アーサーと会ったのって村で会ったのが初めてよね?」

「うん、そうだよ?」

「だよね?」

「うん――あ、ちょっと衛兵さんに学院までの道を聞いてくるよ」


 とアーサーが衛兵を見つけて道を尋ねにいった。

 アリアは記憶が戻った頃から妙な感じがした。

 この世界もそうだけれども、アーサーについてもどこか既視感のようなものを感じていた。

 そして、その既視感は魔法学院に入学するために王都に来て強くなる。 

 トラリア王都。

 トラリア王国の王都で、私の村からは徒歩、乗合馬車を含めて三週間はかかる距離にある。

 そのため、当然来るのは初めてなのに、この景色をどこかで見たことがある。

 馬車が向かってきた。

 貴族の乗る馬車だ。

 あれも見覚えがある。

 確か、私はその馬車を避けようとして、そうだ、石畳に小さなくぼみがあって、それに躓いて転んで――


「あっ」


 気付いたときには転んでいた。

 頭打った。

 そして、アリアは思い出した。

 これまでずっと頭の中に引っかかっていた記憶。

 トラリア王国という地名、ターゼニカという学院の名前、そしてアリアやアーサーという名前。


(もしかして、これって『ユキヒカ』の世界っ!?)


 ユキヒカとは、『雪と光る君へ~聖女候補の最終学歴~』という乙女ゲームの略称だ。

 乙女ゲームでありながら、育成シミュレーションの要素が強く、ハッピーエンドを迎えるためには、一年後の進級試験で上位十位以内の成績を修めなければならないのだが、そのための条件がシビアで、別名『落ちゲー(試験に落ちるから)』と言われている。

 アリアはそのユキヒカの主人公で、アーサーは攻略対象の一人だ。

 確か、アーサーは村長の親戚だったが、ゲームの中での設定はヒューズ伯爵令息で、家庭にいろいろとトラブルを抱えている。

 アリアに恋心を抱いているが、そのトラブルを解決しないとアリアと結ばれることはない。

 アーサーが本当に伯爵令息かどうかはわからないけれど、それ以外はアリアの知っている『ユキヒカ』の世界に酷似していた。


(あれ? ってことは)


 馬車が停まり、そこから一人の赤い髪のカッコいい青年が降りてきた。

 カイト・マクラスだった。

 王立学院では一つ先輩の彼は、子供の時に公爵であった父を失い、八歳という若さでヴォーカス公爵家の当主になった。

 攻略対象の一人でもある。

 クールでどこかミステリアスな雰囲気もあって、アリアの推しの一人でもある。


「大丈夫か?」

「は、はい。すみません、転んでしまいまして」

「額から血が出ているな」


 カイトはそう言って、一本の小瓶を渡す。


「顔に傷が残ったら大変だ。これはポーションだ。使うといい」

「ありが……とうございます。でも、よろしいのですか? このような貴重な品」

「問題ない」


 カイトはそう言うと、馬車に乗り、去っていった。

 アリアは妙だと思った。

 ゲームの中でカイトはアリアの制服を見て、「ターゼニカの新入生か。学校まで案内するが?」と言うはずだった。

 その時、『馬車に乗る』と『アーサーを待つ』の二つの選択肢が与えられるのだが、馬車に乗るを選んでも、結局御者に注意され、アリアは馬車に乗る事ができず、まだチュートリアルも終わっていないオープニングのため好感度もフラグも変化はない。

 そのシーンも選択肢も丸々カットされた。

 それに、カイトがアリアに渡すのはポーションではなくハンカチのはずだった。

 

「アリア、頭から血が出ているけど、大丈夫っ!?」

「え、ええ。ちょっと馬車を避けようとして転んだの。その馬車に乗ってた貴族様からポーションを貰って――」


 ポーション。

 ゲームでは自分で作ることもできるけれど、売れば結構なお金になる。

 かすり傷に使うのは勿体ないとアリアが思っていたら、アーサーが嘆息とともに言う。


「貴族様から貰った薬を転売して、お金に換えようだなんて思ってないよね? 次会ったとき、傷が治ってないところを見られたら怒られるよ」

「まさか――」


 でも、かすり傷に全部使うのは勿体ないから半分くらいにして――と思ったらアーサーがジト目で言う。


「アリア、薬は全部飲むか傷口に全部掛けるかしないと効果がでないよ」

「え、私、口に出てた?」

「出てなくてもわかる」


 アリアは自分の顔を引っ張って「顔に出るなー」と念じた。

 そして、ポーションを飲む。

 ゲームだとマズイって言っていたけれど、飲みやすくてジュースみたいな味だ。


「どう? 大丈夫?」

「うん、美味しい」

「じゃなくて傷口……大丈夫みたいだね」


 確かに痛みが引いている。

 傷口も無くなったみたいだ。

 さすが魔法が実在する世界だとアリアは感動した。

 ポーション作りは、とある攻略対象とのフラグイベントでもあるから自分で作ってみたいと思う。


「はい、アリア。これで拭いて」

「ありがとう……あれ? なんで濡れてるの?」

「なんでって、水魔法だよ」


 アーサーは水魔法が得意だったことを思い出す。

 ふと、カイトからハンカチをもらわず、アーサーからハンカチを貸してもらう違和感に気付いた。


(ってあれ? アーサーからハンカチを貰ったってことは、もしかして彼とフラグが立ったの?)


 これから彼にハンカチを返すために――


「まだ拭き残してるよ」


 呆けていた私からハンカチを取り、額を拭く。

 そして、彼は自分の鞄の中にハンカチを入れた。


「え?」

「どうしたの?」

「あ、えっと、私がハンカチを洗って返した方がいいのかな? って思って」

「別に気にしなくていいよ、そのくらい」


 どうやらフラグは立たなかったようだ。


「じゃあ、ターゼリカに行くよ」

「うん」


 アリアは今更ながら周囲を観察する。


(ゲームだと学院が休みの日には城下町に行ってアルバイトしたりデートしたりできるのよね。あ、あのお店見たことがある)


 とか考えていたら、


「アリア、ターゼリカが見えてきたよ」


 アーサーが前を指さす。

 トラリア王立学院『ターゼニカ』――ユキヒカの舞台、アリアがこれから学ぶ場だ。


(一緒だ、オープニングシーンで見たターゼリカと)


 正門の色や形、奥に見える噴水に校舎も。

 アリアは感動し、門から一歩、敷地内に足を踏み入れた。


(ってあれ? 何か大切なことを忘れているような……これが初めてターゼリカを訪れたシーンだとしたら)


 アリアは気付き、振り返る。


「――っ!?」


 思い出した、この時、現れるのだ。

 主人公アリアにとって、学園生活を脅かす強大な敵。

 カイトの妹であり、そしてこの国の王太子の婚約者である――見た目は美人だが、性格はドブスの性悪女である――


「あら、門の前にぼーっと立ち尽くすなんて、どこの貧乏人が迷い込んだのかしら?」


 思い出したときにはどうやら手遅れだったようだ。

 突然の声に私は振り返る――現れたのだ。

 あの悪役令嬢ルシアナ・マクラスが――


 私は恐る恐る振り返り――


「え?」


 思わず声を上げた。

 何故なら、そこにいたのは見た目だけは美人のルシアナ・マクラスとは似ても似つかぬ、ちょっとぽっちゃりめの――ううん、かなりお太り気味のお嬢様だったから。


「あら、貧乏人は耳も遠いのかしら? まぁいいわ、誰か、貧乏人が迷い込んだみたいよ! 早くこの不届きものを摘まみだしなさい、学院の品位が下がるわ」


 お嬢様が騒ぎ出すと、門で警備をしている衛兵に命令する。

 やっぱり、オープニング通りの展開になった。

 ふざけるなと言いたい。


「待ってください、僕たちはここの生徒で――」


 アーサーが必死になって正論を述べるけれど、お嬢様にはそんな言葉は通じない。

 そもそも、アリアたちはこの学校の制服を着ているのだから、彼女は最初から言われなくても知っている。

 知っていて嫌がらせをしているのだ。

 でも、アリアは知っている――ここで現れるのだ。

 レジー子爵令息が。

 レジー子爵令息は、攻略対象ではないものの、人気の高い眼鏡万能くんである。

 彼は実はとある攻略対象の側近であり、友人である。

 彼はルシアナの命令で学校からつまみ出されそうになる私を見つけ、


『何をしているのですか、ルシアナ様。彼女は見ての通り、この学園の生徒です。それを勝手につまみ出すなんて、王子の耳に入ったらどういたします?』


 と脅して、ルシアナを退散させる。

 そして、レジー子爵令息に救われたアリアは、その直後、シャルド殿下と出会う。

 とその時、足音が近付いてくる。

 アリアはシャルドよりレジー推しだった。

 彼に会えるという歓喜と共にアリアは振り返った。


「何をなさっているのかしら、セオドシア様?」


 だが、振り返ってそこにいたのは、レジー子爵令息ではなかった。

 アリアは彼女を見て、思わず呟いてしまう。


「ルシアナ……マクラス……」


 やってきたのはレジーではなく、まさかの悪役令嬢ルシアナ・マクラスだった。


(あれ? レジー子爵令息は?)


 周囲を見るも、遠巻きにこちらの様子を窺う生徒はいたが、レジー子爵令息も、シャルド殿下の姿もない。


(……もしかして、私、いきなり大ピンチ?)

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