清く正しい悪役令嬢の始まり
「お嬢様、とてもよくお似合いです!」
「あら、それは私には平民が着るような惨めな服がお似合いということかしら? 言うようになったわね、マリア」
「そ、そういうわけでは――申し訳ありません」
「今日から寮で二人きりになるわけだし、しっかり可愛がってあげないとね」
マリアが攻められ、周囲の侍女の半数は同情する目で彼女を見て、残りの半分はルシアナの怒りの矛先がいずれ自分たちに向くのではないかとビクビクしている。
どちらもルシアナに知られないように表情は取り繕っているが。
王立魔法学院の入学式の日。
ルシアナは学院の制服に袖を通した。
さすがの前世のルシアナも、学院の制服を着て似合っていると言われただけで、ここまで侍女に当たったりはしなかった。
むしろ、前世では、学院ではシャルド殿下に会うことができるとウキウキしていた。残念なことに、学院でもシャルドと顔を合わせることはほとんどなかったが。
特に入学前のシャルドのデビュタントパーティに招待されなかったから猶更だ。
(あれは酷かったですね)
前世でルシアナはシャルドのデビュタントパーティに招待されなかった。
婚約者がパーティに招待されないなどあり得ない。伝達係が手紙を送り忘れたのだと決めつけ、全員を解雇し、招待状を持たずに王城に乗り込もうとして門番に止められた。
いくら公爵令嬢でも招待状もないのに中に入れるわけにはいかないと。
結果、ルシアナは門番もクビにしてやる! と言い放ち(そんなことできなかった)、侍女たちに八つ当たりして料理人に八つ当たりした。
自分がシャルドに嫌われているせいだとは思いもしなかった。
ルシアナは前世を思い出し、深いため息を吐く。
そのため息を聞いて、周囲の侍女たちの間にどよめきが広がった。
「そういえば、お兄様も今日の入学式には出席するのよね」
馬車に乗り、マリアと二人で王立魔法学院を目指す。
「はい。カイト様は生徒会の副会長ですから」
「そうでしたわね」
例の魔物大量発生の騒動の後始末を終えたカイトは同年代の貴族たちから半年程遅れて王立魔法学院に入学した。
前世でも公爵家の当主としての役目を果たすために入学が遅れて、そしてその立場のために生徒会の副会長に推挙されていた。そして翌年には生徒会長になっていた。
立場は違っても、結局彼は入学が遅れて、そして副会長になる。
まるで運命かのように。
(私が婚約破棄されるのが運命だというのであれば嬉しいんですけど、殺されるのは嫌ですね)
前世でルシアナを殺したのはキールだ。
現世において、彼がルシアナを殺すことはもうないだろう。
しかし、キールは誰かに雇われている感じだったので、その雇い主の方を突き留めない限り、ルシアナの命が狙われる事実は変わらない。
もっとも、前世ではあちこちに恨みを買っていただろうから、犯人を特定することはできない。
ルシアナ被害者の会が存在して、全員で話し合って殺し屋を差し向けた可能性さえ考えられる。
「見えてきました、ルシアナ様」
嬉しそうに王立学院を見るマリア。
前世では、マリアもここの生徒で、ルシアナの取り巻きの一人であった。
しかし、一年通ったところで、モーズ侯爵の悪事が露見した。それはもう取返しのつかないところまで発展していて、娘であるアネッタも処刑になった。
「……どうしました、ルシアナ様」
「いいえ、なんでもないわ。あなたには不自由をかけるわね」
「とんでもありません。ルシアナ様を支えるのが私の役目ですから! どうぞいつでも脱走なさってください!」
さて――とルシアナは二本の薬を取り出す。
それは過去の記憶を呼び戻す薬と、味覚を反転させる薬だ。
改良に改良を重ね、前世の狙った時間の記憶を呼び戻すことができるようになった。
大きな事件などはだいぶ思い出せたが、些細な記憶は思い出せない。
例えばルシアナは入学式の日に奨学生に対して嫌がらせをした記憶があるのだけれども、具体的にそれが何か思い出せない。
なので、ここで薬を飲んで思い出さないと。
「ルシアナ様、また例の実験ですか?」
「ええ……誰もいない馬車の中だからこそできるのです。それに、今飲んでおけば、夕食時までに味覚改変ポーションの効果が切れますから」
前に味覚改変ポーションの効果が残ったまま夕食を食べたことがあり、そのあまりの不味さに悶えたことがあった。口の中の甘味が残っていて、口直ししようとした結果だったから猶更だ。
あれから、味覚改変ポーショを飲む時間にも注意している。
「では、いきます」
味覚改変ポーションを飲み、記憶を呼び戻す薬を飲んだ。
口の中にいっぱい広がる甘味ととも、前世の記憶が鮮明に蘇る。
(そうでした――私はあんなひどいことをしていたのでしたね)
それは、まさに小説の中の悪役令嬢と言われる行為に等しい。
となれば、することは一つ。
前世の記憶をたどって悪役令嬢をしつつも、しかし周囲を正しい方向に導く。
ルシアナの思い描く「清く正しい悪役令嬢」の第一歩の始まりだ。